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4。確かな幸せ

 そうだ。

 これが、あの胸の高鳴りだった。

 いや、少しこれはいつもの胸の高鳴りじゃない。

 この辺境の地に一人残されている中で、僕は君と会った。

 君の目が、僕を照らし出し、君の全てが僕の嬉々の全てであるようだ。

 僕は、過去に現在ではあってはならないことをした。

 まさか、僕は君に出会えるとは思わなかった。

 君と出会った時、この高鳴りが起こるとは思わなかった。

 心臓が飛び出そうだ。

 全ての血液が煮沸しそうだ。

 心臓が今まで以上に仕事をしている。

 やはり、僕は・・・君の虜のままだった。

 過去から離れようと、僕は君のことをなるべく考えないようにした。

 でも、過去が僕の眼の前に姿を表す。

 現実でも、君は僕の目の前に姿を現した。

常に生きているのならば僕に躊躇なく攻撃するもの。

 それでも、そんな中でも、君はその運命を崩す。


 思わない再会。


ああ、かわいいな・・・


「どうしたの?こんなところで」


 僕は、七瀬さんを見つめている顔をゆっくりと下にして、立った。


「い、いや、あの・・・」


 僕は、再び、七瀬さんの目を見た。キョトンとした顔をしていた。

 やばい、声が・・

 七瀬さんは、僕の高校とは違う緑色の制服を着ていた。その艶のある髪を後ろで括っており、髪型はポニーテールそのものだ。顔立ちは、肌が白く、鼻も高く、ピンクの唇、美人とはまさしくこのことを指しているんじゃないのか。ああ、神様、ありがとう。


 僕は、「あの時」から彼女を見ないようにしてきた。見たとしても、僕は考えないようにして来た。彼女自身を。そんなことできないと思うかもしれない。僕自身も思っていた。しかし、一回大罪を犯すと、そんな予想は簡単に打ち破れる。罪悪感とも言えない、偽善心の成れの果てによって。


 落ち着け。一旦落ち着け。今は今なんだから。

 深呼吸してから、ゆっくりとまた僕は答える。


「ぼ、僕・・・迷子・・・になっちゃってて・・」


 濁すこともなく言っちゃった。


「ま、まいご?佐久間くん迷子になっちゃってるの?」


 僕はゆっくりと頷いた。


 ああ、情けない。ほぼ初めて話すというのに、そして僕はこんなにも彼女が好きだというのに、なぜこんな恥ずかしいのか。

 すると、彼女は僕を非難するわけでもなく、ただ、片手を口元にやって、クスッと微笑んだのだ。


「わかった、じゃあ近くの駅まで送ってあげるよ。私も、ちょうど帰っている途中だから」


 そう、屈託のない笑顔で、僕に言った。

 僕は、嬉しさのあまり、変ににやけてしまったかもしれない。でも、悔いはない。


「あ、ありがとう」


 僕は、彼女のいくままについていった。


 七瀬さんが、僕のすぐ近くにいる。


「というか、佐久間くんがこんなところにいてびっくりしちゃったよ。ここ、高崎からはだいぶ遠いけど、本当に遠くまで迷子になっちゃったんだね」


 彼女が何不自由なく僕に話しかける。

 そんな中でも、僕はその心臓音をこんなにもはっきりと聞いている。


 ドクンッ、ドクンッ・・・


「そ、そうなんだよ、ちょっとバスで寝過ごしちゃって、気づいたらわからない所に来ちゃってて、変に歩き回ったら、この状況」


「それは大変だったね。ちなみに、今どこの高校通っているの?」


「あ、赤井高だよ」


「えッ、すご、あそこめっちゃ頭のいいところじゃん。確かに、高崎からは少し遠いし、初日だし、迷子になりやすいかも」

 

 僕は軽く頷く。

 彼女とは、卒業式でも一切話すことはなかった。見ないようにしていた。でも、思いは残り続けていたんだろう。この矛盾が、僕を苦しめてきた。幸せでも、あったのかな。

 あれから、彼女はどこに進学したのだろうか。ここのあたりの高校であることは間違いないだろうし、かといって僕と同じ高校ってわけでもなさそうだ。

 彼女のことを知りたい


「ち、ちなみに七瀬さんは、どこの高校なの?」


 おそるおそる質問する。


「え、私?、北宮高だよ」


 そう彼女はキッパリと答えた。

 北宮・・・確か、俺の中学の親友の島村もそこだった気がするな。

 島村とも・・・いつかまた会いたいけど・・


「そ、そうなんだ」

 

・・・・・・・・・・


 少し沈黙の間があった。未だ、僕は七瀬さんと一緒に歩いて話していることを実感できない。本当に、これは、現実なのか。

 それに、何より・・・


「な、七瀬さん僕のこと覚えてくれてたんだ・・」


 そんな訳のわからないことを言ってしまった、が、彼女は横で軽く笑ってから答える。


「え、当たり前じゃん。中学二、三年同じクラスだったし、佐久間くん運動できたし、学級委員長してたし、それに卒業してから一ヶ月ぐらいしか経ってないんだよ。流石に同級生のことは忘れないよ」

・・・・・・・・・・


「え・・ありがとう・・・」


 しばらく間の後、僕はそんなことを言った。

 何を言っているんだ。なぜ僕は今感謝をしたんだ?何も文脈的に意味が通らない。ついつい心の気持ちを声に出してしまった。ああ、何を・・


「何ありがとうって、まさか覚えててくれたことにお礼したの?」


 ・・・


 当然の疑問だよな。それに図星だし。

 僕は、ゆっくりと頷くしかなかった。


「ふふッ、全く面白い人だね。何も感謝されることじゃないのに」


 ああ、その笑顔がまた、僕の心臓を締め付ける。


「そ、それに、僕そんな大した人じゃないよ。委員長だって、やらされただけなのに・・」


 人としての大罪人なのに。

 それでも、彼女は、こう続ける。


「そう?行事の時、ちゃんとみんなをまとめててくれてたのに?」


 ああ、僕・・なんて反応すれば・・

 彼女は、七瀬さんはそんなにも僕のことを見てくれていたのか・・

 「嬉しい」なあ・・・

 僕は、醜い人の見た目をした怪物なのに・・彼女の前では特に、僕は醜くなるのに。

 彼女は優しく続ける。

 

「ま、まあ・・言われてみれば・・確かに頑張ってた・・かも?・・・」



「本当、もっと佐久間くんと中学校の時話しておけばよかった。なんか、あの時は話しずらかったなと思ってたけど」


「・・・・・・・・」

 

・・・・・・・・

 さらに、時間がたった。沈黙の時間が。

 なんだ、この不思議な感覚は・・・

 今の言葉が僕の脳内で何回も再生される。

 ここでも、あの気持ち悪い感情とも言えるかすら危ういものが、僕の喜びを内含し、その感情を気持ちの悪いものへ変える。

 僕は、中学校の時・・


 もっと彼女と話していたとしたら、僕は・・


・・『どうなっていただろう』


・・『どういう顔をして、話せばよいのだろう』


 それでも、それでも、その言葉を聞けて・・・僕は嬉しかった。


「〜・・くん、佐久間くん、着いたよ」


「ん、あ、ごめん」


「何ぼーとしてたの?早く行かないと」


「ごめん」


 知らぬ前に、僕は駅へとついていた。先ほどまでとは異なり、多くの人がいた。先ほどから人の覇気に溢れていたことはなんとなく気づいていたが、もうここまでついていたとは思わなかった。


 僕は、過去ではなく、今を見てここまで来た。彼女と、初めて。初めて。僕は、今まででいちばんの幸せ者だ。


「きょ、今日は本当にありがとう。迷惑ばかりかけちゃって・・」


 僕は率直に感謝を述べた。

 すると、彼女は僕の前に一歩踏み出し、そのポニーテールを揺らせながらこちらを振り向き。


「いやいや、こちらこそありがとうだよ。佐久間くんと楽しい話もできたし、意外な佐久間くんの一面も見れたし。佐久間くんって面白い人だったんだね」


 ああ、その笑顔が、僕から全てを解放してくれる。

 その屈託のない笑顔が。


「私、これから待ち合わせがちょうどここであるから、帰っていいよ。私は残るから」


 僕は、今までの奇跡を感動し浸っていながら答える。


「うん。わかった。本当にありがとう。今日は」


「うん、また会えたら話そうね」


「命の恩人だよ」


「命の恩人って、言い過ぎでしょ」


「悪い」


 僕は、そういうと彼女に手を振ってバスの停まっている所へ向かった。

 彼女は、僕のことを全く知らなかった他人と言ってもおかしくないのに、こんなにも親切に、彼女の慎み深い慈悲溢れる広い心で僕を導いてくれた。

  今、この瞬間の事実に目を向けろ、佐久間久斗。これは、奇跡なんだ。もしかしたら、神からの僕への戒めなのかもしれない。これこそが。

 過去ではなく、今を見つめ直し、その過去すらも乗り越えるきっかけ。

 僕は両手を拳にして、強く踏み出して歩く。

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