3。邂逅
「んんっ・・・・」
朧げな意識をなんとか奮い立たせて、ゆっくりと瞑っていた瞼を僕は開けた。
悪い夢を見ていたようだ。
「ここは・・・」
僕は今の状況を把握しようとした。窓の外をふと見ると・・
・・・どこだここ・・
見たことのない景色が広がっていた。
・・・眠ってたのか・・・
・・・・・・
僕はすぐに理解した。この状況を。
・・・これ・・・寝過ごしってやつじゃあ・・
次第に僕はことの重大さを理解し始める。
僕はバスに乗っていたのだ。
今までも寝過ごしたことはあったが、それとはわけが違う。まだこのバスは慣れていないどころか、初めて乗ったバスだ。一帯には見知らぬ建物が並び立っている。もうだいぶ外は暗くなりつつある。通り過ぎる全ての建物が暗く大きく見える。錆びた標識、古民家、ビル。
僕の頬に、一滴の汗が垂れたのを感じる。
胸が急激にその鼓動を早める。
考える余裕はなかった。ただ焦りだけがあった。まずは降りなければ。これ以上行ってしまったらもっと家から遠くなり、より辺境の地へ行ってしまうかもしれない。
僕は今までの半端な睡魔を無理やり吹き飛ばし、席を立った。
もちろん、このままいけば家の近くへ行くかもしれない可能性もあるのだが、僕は何より今何か行動しなければならないという意志だけが僕を動かした。
僕は、次のバス停で降りた。
外はすっかり夕暮れ、沈みかけている不変の太陽からの今まで以上に輝く黄金色のもやが、あたり一体を照らし、僕の目、顔、髪の毛、頭を全てを照らしている。
そこには、見知らぬ街があった。商店街のようなところがすぐ近くにあり、一本道の両脇に飲食店、スーパー、服屋、があり、一部街灯もつき始めている。人が多くそこにはおり、制服を着た僕と同じような高校生の姿も少なくはない。思わず、僕はその場所へ駆け込んだ。知らぬ土地で知らぬ人がただ彼らの人生を歩んでいるだけなのだが、それでも安堵が確かにそこにはある。日は沈みかけているが、人は活気で溢れていた。その活気ある商店街の大きな一本道を、多くの人が歩いている。帰宅のもの、遊びにきたもの。でもなんだろう。何か、僕だけこの通りから省かれているような気もするんだ。
けれど、その光景に、僕は感慨に浸りかけてしまった・・とは言いつつも、すぐに僕は今ある状況を再び理解した。それどころではない。
僕は簡単に言えば、迷子、になってしまったのだから。ここで、ずっと待っているのもいい。バスが再び来るのも。けれど、まずは、先ほどと同様、少し探索してみよう。ここがどこかわかるかもしれない。
バス停の名前を先ほど確認したが、よくわからなかった。大きな駅があればいいのだが。
僕は、その商店街に入った。
周りを見渡しながら、ゆっくりと足をすすめる。
わからない。そもそもここの近くに駅はあるのか。完全に失態だ。あの時、調子に乗ってバス停に行くべきではなかった。いや、違う。バスの中で眠ってしまったのが悪かったのか。いや、どちらにせよ、起こってしまったことは変えられない。何とかしないと。
僕は、さらにその奥へ足を歩ませた。人の数が先ほどと比べて少なくなってきた。建物が両端を囲いまるで僕がこの街全体にとらわれているような感覚に襲われる。日もだいぶ沈み、太陽と対立しているかのように思える闇も、辺りを支配してきた。
街灯は完全に灯り、その暗闇を優しく照らし、まだかろうじてある店の光も、同時に僕の心を和ませてくた。
けれど、僕は完全に路頭に迷っている。物理的に迷ってしまっている。
くそ、散々だ。学校では自己紹介でやらかし、今度は迷子か。幸先悪いにも程がある。
愚痴が溢れるが、それでも、さらに適当に、ただ手当たり次第に歩いた結果。
「本当に、ここはどこなんだ?」
ほとんど人のいない街に出た。
周りには閑静な建物が並んでいるが、どういった建物なのかはわからない。何せ、その建物からは全く光が発せられていないからだ。閉店した店なのか、はたまた廃墟なのか。街灯は一定の間隔で設置されているものの、先ほどのように僕の心を和ませてくれるようなものではない。むしろ、この焦燥に火をつけるかのようだ。薄暗いこの通りに不安を覚えざるを得ない。
一部、僕と同じような高校生が道を歩いていることが安心の種であったが、時間はどんどん経過していく。
今、もう人とだいぶあっていない。これは、街のはずれの方に来てしまったのかもしれない。
喉の奥で焦燥の怪物が唸っている。
僕は、疲れ切った足を休ませるため、近くの歩道の隅の段差で一休みした。頭を下にしながら、どうしようかと悩む。
「こんな日に限って、携帯を忘れてしまうとは・・・」
僕は、街灯に照らされながら、息を吐く。なんとも言えない暗い感情が僕を包んでいた。
その時だった。
「あれ、佐久間くん?」
そんな声が横から聞こえた。僕は、その疲れた目をその方向へやると・・・
やると・・・
「ねえ、やっぱり佐久間くんじゃん」
僕はその見開いた目を閉じることはできなかった。できるはずがなかった。思わず胸を手で押さえる。
彼女がいた。
彼女が。
七瀬さんが。