1。新生活の幕開け
今日は、新しい高校生活初日の、入学式だ。周りには目がぐるぐるするほど人がいる。
ここの高校は、僕の住んでいる家からは少々離れているため、知り合いなんているはずもない。だけど、逆に言えばこれが、また新たなる生活の幕開けとも言えるんだ。これから先の生活を思ってみれば、ドキドキが止まらない。
桜が暖かな風で散り舞う中、僕は校門を希望を胸に跨いだ。
その後、人集りができている場所へ向かった。クラスの割り当てが掲示されているようだった。僕はそれを見に行ったものの、もちろん周りに誰がいるなんてわかるはずもなく、僕がどのクラスにいるのかだけ確認した。周りは、もともと中学の時の同級生とも思われる人でいっぱいで、話をしながらこのクラス表を見ている。ああ、いいな、周りに知り合いがいるのは。今の自分は完全にぼっち状態だ。正直不安もこのワクワクの中に確かにある。でも、これを選んだのは自分だ。それにこのことは僕だけじゃないはずだ!
クラス表を凝視し、ようやく発見した。
「佐久間久斗」
僕は、B組だった。
その後、案内に沿って新入生全員体育館に集まり、入学式が行われた。退屈なもので、正直寝てしまったが、周りも同じような人がいたため、少し安心した。そこそこ頭のいい学校だけれど、やはり僕みたいな人もいるんだ。入学式後、そのまま教室へと移動した。周りが一体どんな人たちなのか、色々確認しながら。時折可愛いと思う子を数人見かけた。
ああ!これは幸先良さそうだ。
一同が教室に入り、それぞれの席へとついた。そして、扉から若く、そこそこ美人である女性が入ってきた。新入生だけが話す時間はなかったが、それは正直自分にとっては好都合だった。そして、その女性は教壇の前へと立つと、輝かしい笑顔へと顔が変わり。
「はい!みなさん。おはようございます!私の名前は、佐藤美希と言います。みなさんの担任で、初めてクラスを持つことになりました。私も新参者ですが、これからよろしく!」
明るい声でそう語りかけた。やはり担任だった。非常に接しやすそうなマイルドな人だ。これからが楽しみだな〜。だって考えてみれば、一応彼女も女性。これから禁断の恋へと・・・
いやいや、ありえないし考えたらダメだ!。
「みなさんも、互いにわからないことが多いだろうし、折角なので自己紹介、でもしちゃいましょう!」
やはり、僕が一番危惧していた自己紹介も行われることになった。僕の席は、横二列目の一番最後の席だ。どのようにして、挨拶をすればいいかわからないが、とりあえず前の人たちの挨拶を真似すればいいだろう。初日ぐらいしっかりといい感じに決めたいところだ。
早速、自己紹介が始まった。
「私は、坂野崎中学からきました、安藤咲って言います。趣味は音楽を聴くことです。よ、よろしくお願いします」
すると、おどおどながらも拍手が教室内で起こった。周りの生徒、担任も。
なんだ、王道だ。
その後も流れるようにあいさつとやらは進み、僕の番が来た。
僕の番が来るや否や、席を立ち、紹介を始める。緊張ながらも、周りとただ同じようにするだけだと自分に言い聞かせる。
「ぼ、僕は高崎中学からきた、佐久間久斗っていいます。趣味は・・・」
その時、僕の視点は窓の外に映った。二つの雲が浮かんでいた。その雲が、青い暖かな風により、一部繋がった。二つのおぼつかない丸のような形と、一部管のように朧げに繋がる。まるで女性の・・・
・・・
少し錆びつつあった何かが、再び解き放たれかけた。
趣味は・・・なんなのだろう。
「うん?佐久間くん?どうしましたか?」
俺は、その視線を再び教室内に戻した。クラス中のみんなが僕を見ていた・・・って、当たり前か。
「い、いえ、少し緊張しちゃって、記憶が飛んだっていうか・・・」
すると、一定の間がたったあと。
「ハハハハハハハ・・・!」
クラス中に、笑いが起きた。
顔が真っ赤に焼け、血が煮立っているような感覚を肌で感じ、思わず席に座った。
くそー、やらかしたー
その後、その挨拶の流れは再び進み、そのまま何もなかったかのように最後の人まで無事終わった。それにしても、いきなりだったな。ついつい空を見て黄昏てしまったのだろうか。いや、どちらにせよ、悪い意味で目立ってしまったことに変わりはない。
挨拶が終わったのち、学校についての説明が新担任の方から再度行われ、そして、学校の方も少しばかりみんなと回り、もう時間は四時。
今日はやけに時の流れが速く感じられる。
終礼も終わりに近づいている。ぶっちゃけ、僕は担任の言葉は全く聞いていなかった。ただ、先ほどの挨拶、自己紹介の時を何度も頭の中で再生していた。あの窓の奥の空の景色。あれは・・・
僕は、心の奥が、ものすごく高温な熱湯で、浸され、煮られているような感覚に襲われた。この感覚、どっかで味わったものと近い。
・・・・・
「あの、罪悪感とも言えない、偽善心の成れの果て・・・」
そのとき。
「佐久間さん?」
そんな声が聞こえてきた。担任の声だった。
「い、いえ、ひ、独り言です。申し訳ありません」
「は、はあ」
クスクスという、小さな笑いが、教室内で局地的に聞こえてきた。くそ、これじゃあ、今日一日の僕に対する評価は最悪すぎる。
でも、それはそれだ。僕は生まれ変わらなければならない。そのために、こうして新しいこの地で改めてやり直すんだ。
僕は、生まれ変わったんだ。生まれ変わったんだ・・・
それすらも、どこかで感じた心情のように思えたが、それでも・・・
考えれば、「あの出来事」が紛れもない事実で、自分が犯したことであると言うことはどう足掻こうとも変わらない。
僕は、少しずつ錆がついていた何かを、また認識し、その錆を払ってしまった。でも、それは、きっと生まれ変わるための最初のステップであるはずなんだ。
「では、さようなら」
たった今、終礼が終わった。非常に短くもあったが、少し疲労が溜まりやすくもあった。散々な目に僕はあった。それも無理はないことだろう。
僕は、颯爽と教室を出て、帰路へとついた。少しずつではあるが、火が沈みつつあった。
今日の入学式は、親はこなかった。たまたま外せない仕事が重なったそうらしいが、僕にとっては好都合。やはり、親が学校生活に干渉するのはなかなかいい気持ちはしない。
家からはそこそこ遠いこともあって、行きは送ってもらった。まあ、この辺は昔からよく来るところではないものの、大体の地形はわかるつもりだ。でも、こうして普段なかなかこないところを歩くというものは、普段失いかけている冒険心を引き出してくれるいい機会でもある。
普段慣れないが、ここであろうと察したバス停にまでついた。駅にいけば、戸惑う必要はないのだが、まあ、ここは冒険、経験だ。こうしてバス停から帰るのもいいだろう。
バスの時刻表を確認し、バスが来るの待った。
十分ほど経ったのち、バスが来た。一瞬迷いながらもバスに乗った。
普段よく知るバスでは、外の景色なんか全く見ないのに、今はこんなに景色をよく見ている。不思議なものだ。
その景色を僕は見ながら、今日のことを思い出した。あの場面が僕の頭の中に浮かんだ時、僕は怯みながらも乗り越えようとした。心の中が、不安に包まれ、これからの未来に対する焦燥感もあいまっている中でも、僕はその一寸先は闇かもしれないその道を進もうと、かろうじて輝いている光を手に進む。