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12。忘却


「ん・・・」


 僕は瞼ごしに貫通してきた光に思わず目を開け体をゆっくりと起こした。

 僕は床にいた。

 外を見ると、明るい光が僕の部屋にさしており、鳥の囀りも聞こえてくる。窓から見える空は、快晴そのものだ。

 

・・・あ、なるほど・・・


 この時、初めて「あの時」に寝落ちしてしまったということに気がついた。時計を見ると、八時二十分を指していた。暗闇はもうどこにもなく、狂おしいほど明るいその日光が部屋全体に差していたのだ。雨が降っていたこともあり、空気はとても澄んでいた。窓の方へ移動し、窓を開けると日光が直接僕の顔に注ぎ込む。いい朝だった。ああ、癒されるな・・・


・・・・・・


 って。


「やべ!」


 何呑気なことやってんだよ。普通に遅刻するぞ、これ。


 僕は新たな制服を着て、準備の支度を急ピッチで進めた。

 なんとか十分かからずで準備ができた。


 ある程度心の整理もでき、同時に準備もほぼ終わった時、僕の目に例の箱が映った。清々しくも焦っていた日常の気分が、一瞬で剥がされた。

 最低なんだ。

 僕は言い訳のできないほどクズな野郎だ。僕が想定していた以上に最低なやつ。昨日は本来すべての悪と別れをするための大事な、決定的な日になるはずだったんだ。それが、別の意味で決定的な日になってしまった。なんと、残酷なんだ。

 この時、僕の心の中に再び、例の罪悪感とも言えない成れの果て、が悲劇なことに姿を現した。

 僕は、ゆっくりと、それをカバンの中へ押し込んで、学校へと向かった。

 なんだろう。この心のしこりは。

 あらゆる気持ちが僕の中を駆け巡る。

 それも、楽しいものなんかじゃない。

 憂愁そのものだ。


トボトボと、その明るい空とは対照に、暗い地面を見ながらひたすらに、意味をなすことなく歩いていた。バスに乗ろうが、歩こうが、そんなことは大した差ではない。もう、「その中」にいるという点においては一緒なんだ。


再び、学校へと続く道にまでついた。ほとんど生徒はいない。おそらく、もうみんな学校へ登校し終わったのだろう。その時、初めて僕は自分が遅刻の危機に存しているということに気づいた。

 気力のない走りで、僕は学校へと急いだ。

 靴を履き替えて、なんとか教室にまでダッシュした。

 なんとか間に合った。

 まだ、先生は奇跡的に教室には来ておらず、代わりに生徒たちがあちこちで話して、騒いでいた。 

 ゆっくりと、入り口の近くにある席へと座って、鞄を置き、ゆっくりと座った。


 僕は、ただただ驚いていた。

 こんなにも、僕は「心の穴」を実感することができたのかと。これは、今までのそんなものとは比べものにはならない。それと比が違うレベルだ。ただ、胸が苦しくなり、馬鹿みたいだが涙すらも出てしまいそうなのだ。


「佐久間くん、どうしたの?顔色悪いよ?」


 そんな僕の状況なんて委細構わず、僕の心情とは対照的な、その赤い髪をした、片木さんがそこにはいた。


 一瞬驚いたものの、平静を装って返事を返す。


「い、いや、特に問題ないよ。ちょっと、ここまで走ってきたから息が切れていたからだと思う・・」


「ふ〜ん。そうなんだ〜。寝坊なんてろくなことがないからね。昨日夜更かしでもしてたの?」


 その質問に、僕は胸が急に締め付けられるような感覚に陥った。そしてその直後昨日の記憶が再び一気に蘇る。自分の愚かさを改めて痛感した。そういえば、僕は最低だった。


「と、特に。ちょっと疲れが溜まってただけだよ」


 あの場面を僕は初めてみた、そしてそれに思わず触発されてやってしまった。いざ妄想だけの世界が目の前に本当に現れると、動転してしまう。

「まあいずれにせよ体調には気をつけないといけないよ」


「うん」


 僕はそう言った。

 こんなにも心が晴れないことが、この世にあるのか。ああ、なんと言えば・・・


「そうそう、私この高校のあたりに引っ越したんだけど、せっかく日本に来たんだし、いろんなところに行きたいと思っているの。どう?放課後、私と一緒にどこか行かない?」


 その思わぬ誘いに、僕は少々動揺した。

 彼女の顔を見ると、至って普通の顔をしていた。ただシンプルに、彼女の顔には好奇心が窺えた。

 女の子と二人で・・・これって、ニアイコールでデートと言えるんじゃないか。


「も、もちろん!行こう行こう。僕もこのあたりは未知の領域だし、いろんなところ行ってみたいわ」


「そ、なら決まりね」


「まずは、これからの過酷な授業を耐え抜かないとな」


「な〜に、そんなの聞かないに決まってるわ。私、学力には自信があるもので、聞く必要なんてない」


「ふん、口だけじゃないのか?」


「それはどうかな?」


 赤井高校は日本のトップレベルの高校だ。その高校の留学生制度は非常に困難であることは明らかだ。というか、その事実を僕は聞いたことがある。転校という形ならば、尚更難しいだろう。彼女は、僕たち一年、いやこの高校の中でも特に優秀なのは間違い無い。僕だって、あの過去から忘れようとわざわざ誰も来ない、いや来れないような高校でここを選んだ。数学だけでなんとか受かった。ほぼ奇跡みたいなものだ。きっと、片木さんは恐ろしいほど・・・


「は〜い。みなさん座って座って」


 すると、教室のドアからそう佐藤先生が入ってきた。その声を聞くと、まだ入学して間もなく知り合いも少なかったのにも関わらず、あらゆる方面で話していた同級生たちが一気に席へとついた。僕もいろんな人に話しかけないとぼっちになるぞ。

 徐々に危機感を抱きつつあった。


「それでは・・・」


 また、始まった。慣れないながらも頑張るしかない。今は一旦忘れるとしよう。

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