プロローグ:一目惚れとはこのことか
そのときを、僕はどうして忘れることができようか。あの、今までにない胸の高鳴り、それも今までのちょっとしたあの高揚感とはまるで違う「異質」な高鳴り。普段の煩悩に埋め尽くされた日常の中に、真の心の底からの「異質的」なあの幸甚感、思い出すだけで心の根底部分から優しい朗らかな空気に包まれる。他のことなんてもう頭にはない。ただ、その瞬間だけが、自分にとって大事なことなんだと痛感できる。そして、いつものようにその高揚の風が神経電気信号のように過ぎ去ることはなく、その余韻をはっきりと、そして薄れていきながらもその薄れたものがはっきりと、僕の心、体を包む。僕の意志は、その前では何も役に立ちやしない。その意志すらも僕の意志によって支配されているのだから。
中学二年の時、僕は「彼女」と出会った。僕はちょうど新しいクラスの割り振りを見ていた。一人でそれを見て佇んでいた時、彼女は僕の前に元気そうにその新しいクラスの二組のクラス表を指で指しながら友達と話していた。そのクラス表の目の前に、人影が映り込んだ。一瞬困惑したものの、それは一瞬にしか過ぎなかった。一瞬以上の刹那だった。
彼女は・・・美しかった。かわいかった。優美だった。雅であった。
それから、僕は彼女の、言葉通り、虜になったのだ。
僕は彼女しか見ていなかった。彼女が視界に入った途端、僕はその視線を外すことはできなかった。自分でも不思議でならなかった。視線を外そうとして外すも、なぜか視線は彼女の元へ行く。その事実が。