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6話 掃除と彼のエキストラ


 屋敷の門に立っていると、コツコツと、一人の男がやってきた。


 男は漆黒のフードを身にまとい、片目には眼帯のような白い星の紋様の描かれた仮面をつけていた。背丈は160センチ中間で、腰には剣が刺さっている。


 別に不思議な格好ではない。


 ここに来る者は皆、闇の住人だ。仮面はおろか、武器の一つや二つ携えているのは当たり前だった。


 そんな中、仲間の一人がふと、眉を上げた。


「待て。ここに入りたいなら会員証を見せろ。なければここには入れないぞ」


 そう言って彼は少年の前に鉄の棒を横切らせた。


 ここに入るには会員証がいる。なければ入れない。それがここのルールだ。


「……」


 しかし、少年からの返答はなかった。


 沈黙だ。


 まるで答える気はないと言った風に、視線をこちらに向けず前を向いていた。不思議な感じがした。


「おい聞いてんのか? さっさと会員証見せろって言ってるだろ」


 門番の声があきれたものになった。


 しかし尚もフードの男は沈黙していた。


 少年はただ遠くを見て目を細めていた。


 目線の先にあるものは大きな屋敷だ。中には大勢の裏社会の要人が話し合っている。


 窓の奥からでもその様子は見ることはできた。


 何を話しているのかはわからない。門番如きではそれを聞く権限はない。


 しかし門番には想像のつかない深い闇が話されているのはたしかだ。


「どうやら会員証は持ってねぇみたいだな。テメェ、何の用でここにきた?」


 横切らせていた鉄棒は少年へと差し向けられた。


 空気が一変する。歓迎する空気ではなく、牽制する空気へと。


 しかし、


「掃除」


 今度は返答があった。


 しばし沈黙があった後ではあるが少年は言った。


「そして選別」


 小声で言ったその一言に仲間の男は眉を顰めた。


 掃除と選別。


 その言葉が何を示しているのかは分からない。聞いたことのない言葉だ。もちろん、そう言った合言葉が存在するというのも聞いていない。


 しかし、それらしい意味は何となく察せられる。


 光の住民は偶にこの屋敷へやってきて同じことを言うのだ。


 掃除をしにきた、と。


 その意味は『お前らを殺しにきた』という意味だ。つまりこの少年もそうなのだろう。この屋敷に攻撃を仕掛けてきたのだ。


「そうか」


 男の顔が和らいだ。


「つまりテメェは敵ってことだな」


 その目つきは動物を狩るように細く怪しく睨め付けるようなものになり、手には僅かに力が入っていた。


「最近はお前のような奴が多くて助かるぜ。わざわざ気を使う必要がなくて済むからな」


 そう言ってニヤニヤと笑った。


 少年は僅かに男の方へ顔を傾けて男の顔を一瞥する。


 フードを被っているため彼の顔はよく見えなかった。


 背丈は小さく見えるがそれだけだ。それ以外の情報は汲み取れない。


 しかし、敵だと睨みつけられた少年の次の言葉は、畏怖ではなく、恐怖でもなく、小さなため息と、


「…随分と違うな。あの笑顔とは」


 そんなため息混じりの一言だった。


「あぁん!? 何言ってやがる!」


 侮蔑らしき感情のこもった言葉。


 それに男が怒り、しゃくりあげるように少年を威嚇し、そして首元を掴み上げた。


「テメェ、調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 っと門番が顔を近づけた。その顔には今にも殴りかかりそうな殺気が込められている。


 あーあ。死んだな…こいつ…


 男はフードを被ったそれに向けて心の中でぼやいた。


 次の瞬間。


「愚かな…」


 そんな少年の言葉と同時に、キーンッと金属が空を切る音がその場に響いた。


 砂埃が遅れて二人の間を通り抜ける。


 その瞬間、声が消えた。


 先ほどまで男の声が響いていたそれが聞こえなくなった。


「え?」


 不思議に思い、そちらを見た。


 すると、そこには粉々に消し飛んだ仲間の男の血溜まりが地面に広がっていた。


 まるでそこには最初から誰もいなかったように、跡形もなく、風だけが通り過ぎていく。

 

 一瞬の出来事だった。


 瞬きすら遅れをとるほどの速度でその剣は人体に何度も刃を許した。


 跡に残すのは血飛沫のような赤い霧。そしてその血飛沫は少年のフードに付着し、僅かに赤く色づける。


「なっ!? 何がどうなっーー」


 仲間の男がそう言った瞬間。


 その言葉は最後まで続くことはなかった。


 反射的に武器を少年へと向けようと男が判断したその時。


 少年はすでに男の目前に立っていた。


 そして、男がフードの奥から僅かに漆黒の剣を見た刹那。


 先ほどと同様、彼もまた血飛沫となって消し飛んだ。


 また一瞬。今度はいくつかの肉塊は残っておりフードはいっそう赤く染まった。地面には赤いシミが作られていく。


 その赤い血は屋敷の光と反射して鏡のように少年の顔を晒していた。血濡れた少年の顔だ。


 少年は無表情だった。


 楽しそうでもなく、悲しそうでもなく、罪悪感を感じているようにも見えない。


 その様はアリを殺した人間のように、さも何も感じていないような残忍さを感じさせるものだった。


 彼は剣を空に切り血を飛ばすと鞘へと戻し、屋敷に向かって歩き始めた。


 もうそこに先ほどまで騒がしくしていた二人はいない。


 あるのは二つの血溜まりと風に巻かれた血飛沫だけ。


 少年はその死体を一瞥すると興が削がれたように門を潜った。




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