18話 なんかかっこいい名前じゃん
それから一週間。僕はリハビリとして、病院に併設された運動グラウンドを軽く走る。
夕日に染まった遊具を抜けて人の数が減ると、ふいに物陰にいた女性が近づいて来た。
魔法学園一年生の制服、紫紺の髪を団子にまとめて、同色の瞳に丸メガネをかけている。
だが僕にはわかる。
一見地味だがそのプロポーションは見惚れるほど美しく綺麗だ。
「ねぇ君、ちょっといいかな?」
その声には見覚えがあった。
「ノクターナか」
僕が小声で言うと彼女はこくりと頷いた。
前とは見た目が違うが、雰囲気はそのままだ。
僕らはそのまま小声で話す。
「久しぶりだね。元気だった?」
「はい、お陰様で人生が楽しいです」
「そっか、よかった」
最近顔を見なかったからもしかしたら殺されたんじゃないかと思ってたけど、元気なら何よりだ。
「どこで話す?」
「ではあそこのブランコで」
ブランコには誰も座る様子はなく人気もない。
少し夕日が眩しいそこに、僕たちは座った。
◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇
「どうぞ」
「どうも」
ブランコに座ってすぐ、ノクターナが胸の谷間から出したのは一枚の紙だった。
「これは?」
「今後の作戦についての書かれています」
「へぇ」
僕は受け取った紙を黙読してみる。
紙には大きく分けて二つのことが書いてあった。
一つはノクターナが僕の助手をやめること。
もう一つは最近光のスカイピアではやっているという『オリオンの試薬』について情報が欲しいということだ。
「助手はずれるの?」
「はい、残念ですが。それが魔王様からの命令です」
「そっか」
たぶんそれは僕のせいだ。僕が「シャインスターに友達がいない」なんて言ったからノクターナと僕が今後接触するのは難しいと判断されたのだろう。
「なんか悪いね。僕が友達がいないなんて言わなければたぶん外されることはなかったのに」
「し、心配は無用です。ゼシル様が謝る必要はありません。あれはシャインスターの同情を誘うために必要なことだったんですから」
まぁそれはそうなんだけど。
でも、人生楽しいですなんて言ってる子の生活を僕が狂わせるのはさすがに気が引ける。
「次の仕事はもう決まってるの?」
「はい。魔王様からの勅命でブッタ様の助手に回ることになりました。そこで手助けと監視を行う予定です」
「そうか」
ブッタのほうか。たしかにアルデバランは千里眼を持ってはいるが見れるのは一部分だけだ。
ノクターナを置いておけばそっちの状況も探れるだろう。
「学校はやめるの?」
「いえ、続けます。学校に通うだけでお金がもらえるなんてとても楽でs……おほんっ。失礼。光のスカイピアで人脈を広げておくことはいつか役に立つ時が来るかもしれませんから」
「そっか。いいね、そういうの」
「はい。人脈は大切ですから」
「違うよ。前者」
「……」
ノクターナは黙った。
正直学校行くだけでお金がもらえるとかすごくうらやましい。しかも学校近くの寮に住んでるのにそれもタダだって話だし、食費も出してくれてるらしいし。そんな職場ほかにないだろう。
「わ、私も家族がいますからね?! 図太さは必要だと思うんですよ! ほら、人生楽したもん勝ちって言いますか…どれだけ簡単にお金を稼げるかを突き詰めるのも大切っていうか…そんな感じです!」
ノクターナは開き直った。
いい心がけだ。ちょっと僕に似てる気がする。
「それもそうだ。楽した奴が正義だよ。僕もそれには同意だ。もっとも、僕はそうもいかないんだけど。それで? このオリオンの試薬って何?」
僕は聞いたことのない単語について彼女に聞いた。
「知らないんですか?」
彼女は意外そうに眉を上げてこちらに顔を覗かせてきた。
僕はコクリと頷く。
「有名なの?」
「最近巷で流行っている薬です。別名オリオンの涙。それを飲むと忽ち光の住人は瞬間的に筋力や反射神経が通常の数倍に向上し、疲労や痛みを感じなくなるといった効果を得ることができます。他にも、精神的なモノだと集中力の向上や記憶や知識の開放、潜在能力の開放などがあります。ただ、飲んだ人によって効果は異なりますし、効き目も人によっては効きにくい人や効きやすい人がいるんだとか」
ふむ。話を聞く限り、覚醒剤みたいなものだろうか。
成分はよくわからないが、反射神経が数倍と聞くとかなりやばめの薬みたいだ。
「副作用として極度の疲労により数日間動けなくなったり普段の体力が落ちたりするそうです。中には精神的に不安定になって幻覚を見るようになった人もいるというデータもあります」
「ひどい薬だね。どうせ依存性とかもあるんでしょ?」
「え、えぇ。データにはそのようなことも……ゼシル様、知ってたんですか?」
「いいや。けどそういう薬は快感とか幸福感とかで縛り付けられるタイプが多いからね。よくあることだ」
「そうなんですね。頭に入れておきます」
ノクターナは真剣な顔でメガネをクイっとした。清潔感のある彼女から滲み出る美人オーラは、隠しきれないものがある。学校でも意外とモテるんじゃないだろうか。最近行ってないから分からないけど。
まあいいか。
それより……
僕は今一度その紙に目を通した。
「オリオンの試薬……か」
名前のカッコよさに騙されそうだ。僕も何も知らなかったら飲んじゃってたかもしれない。
いや、違うか、これは注射型の薬だ。じゃあないな。なんか怖いし。
「魔王様は一刻も早く製作者を処理するよう意思を示しておいでですが、未だにその足取りはつかめておりません。もし犯人がシャインスターと関わりのある人物であればゼシル様が見つけるだろうとおっしゃっていました」
「なるほど。それで僕に伝えに来たわけか。了解。そういうことなら一応探っとくよ。僕もちょうどこれからシャインスターの本部に行く予定だから、変な奴がいれば多分気づくだろうし」
「お願いいたします。では、私はこのあと学校がありますのでこれで失礼します」
「頑張ってね」
「はい。ゼシル様も早く復帰してくださいね。クラスのみんな待ってますから」
「…分かりやすい嘘をどうもありがとう」
「はい!! 嘘です! ではまた!」
彼女はそう言ってその場を去った。
元気な返事だ。そして現金なやつである。
僕のミッションが一つ増えた。
オリオンの試薬。それが何なのかまだよくわからないけど、それについて少しでも情報を集める必要がありそうだ。
一応、魔王城でもいくつかは手に入れたようで幹部の一人が研究中らしい。正体がわかるのも時間の問題だろう。
僕は僕で機会があったら調べてみよう。もしかすると、いつか副作用なしで使えるようになるかもしれないしね。




