10話 幹部と他部の部下のブッタ
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どうぞよろしくお願いいたします。
僕の話を聞いたブッタは頭に血管を浮かばせた。滲み出るその殺気は、先ほどよりも刺々しく明確なものになっている。
まさに鬼の形相。
勝負は唐突に始まった。
「舐めんじゃねえっタ!!」
最初にやってきたのは右拳だった。普通の人ならまるで巨大な撞木で叩かれるような緊張感が走るそれが僕に迫る。
僕は一歩、二歩と下がった。
拳は寸前のところで回避された。
続いて左ジャブ。
それを体を逸らし空を切らせる。
空を切った手はガラ空きだ。その手を切ることも握り潰すことも掴み上げることもできるだろう。もちろんそのままブッタを剣で切り殺すことも。
しかし攻撃はしない。
掴まない。
投げもない。
ただ少し嗤い、次の攻撃を待った。
「くっ…!」
右、左、右、左、横振り、アッパー、蹴撃、後ろ蹴り、振り向きざまに裏拳。
まともに当たれば致命的な連撃が僕を襲う。
単純な攻撃ではある。が、一応ブッタ流の型はあるようだ。シリウスから扱かれたのだろう、それなりの理は掴んでいた。
だが僕には当たらない。それをいなし、避け、次の攻撃を誘う。
そう、誘うように、隙を作るのだ。
隙とは自然にできるものだが、強者はそれを演じることで自然を作ることができる。
そうして追撃を案内し、ブッタの攻撃より早く僕が動く。
一歩。
ブッタが動いた。
僕はすでに三歩目。
一つの行動にかかる時間は僕の方が遅い。
なのに、ブッタよりも速い。
この芸当を理解できるものはそう多くないだろう。
ブッタもそのうちの一人だった。
だから、ブッタの攻撃がだんだん荒くなる。
遅い。だが、一撃一撃は重い。
そして、乱雑になっていく。
「あと三秒」
「あああああぁあぁぁぁぁぁ!!!!」
ブッタの汗が垂れた。
汗は彼の足元に落ちた。
何滴も。何滴も。
ポタポタと、ポトンポトンっと。
そうして水溜まりのように汗が溜まっていく。
「二秒」
僕が言うとブッタの拳にさらに力が入った。
焦っているのだろう。拳には闇エネルギーがこもっていた。
流石に期待の星と言われているだけはあり、その闇エネルギーは尋常じゃない。
ただ、一つ誤算があるとすれば、そもそも当たらない攻撃に闇エネルギーを込めたところで意味はないということだろう。
「一秒」
そう言ったところで、僕は最後の隙を見せた。
ここだとばかりに飛んでくる拳。
当然のように、僕はこれをブッタに近づくことで回避。
ブッタとの差はわずか数十センチ。
ギョッとするブッタ。
彼は距離を取ろうと一歩右足を後ろへ下げた。
ここだと言わんばかりに僕は彼の体を軽く押した。
「え?」
足元には溜まった汗が水溜りのようになっていた。
ブッタは足を取られ倒れる。
彼の視界は天井の明かりで煌々と覆われた。
何も見えない。予想通りブッタは反射的に目を細めた。
その姿は隙だらけだ。
いつでも殺せる。
僕は彼の体に跨った。
彼はそれに気づき腕を上げようとしたが、それを踏みつけ、磔のような格好にさせる。
「あがっ…!?」
強く踏まれた彼は顔を顰めた。
意識が僕から痛みの方へと変わった。
その瞬間、僕は左手は彼の体に添え、右拳はぎゅっと強く握った。
闇エネルギーは使っていないが、かなりの力がこもっている。
最後に彼の脳天めがけて、その拳を勢いよく振り下ろし、
「ま、待ってくれ! ちょっと話を……!!」
「0だ。ブッタ」
「っ!」
拳はブッタの少し右に振り抜かれ、地面が割れた。半数10センチのクレーターが彼の隣に作られる。
もし攻撃が当たっていればブッタも死ぬことはないにしろそれなりのダメージはくらっていただろう。
しかしやってこない痛みに、ブッタは恐る恐る瞑っていた目をゆっくりと開け、僕の顔を見た。
そして気づいた。
「……あ、あぁ?!」
その瞬間、ブッタは全身を震わせた。
まるで猫がライオンに会い身震いするように。
ブルブル、とリズムを刻んだ。
「ま、まさか!!」
「気づいたか、ブッタ」
「で、でも! どうしてこんなところに…!?」
「野暮用だ」
そう言うと僕は彼から手を離した。
まあ…あれだ。仲間だから殺すつもりはない。今回はちょっとした稽古のようなものだ。
人は見た目によらないから気をつけろよと。そんな感じである。
ブッタは何が何だかわからない様子でこちらを見ていた。
だがすぐにその態度じゃいけないと思ったのか、急いで土下座した。
「も、申し訳ありませんこのようなご無礼を! まさか貴方様がこちらへおいでなさっていたとはいざ知らず…っ」
そうして頭を擦り付けるブッタ。
僕はフッと鼻で笑った。
「別にいいよ。僕がここにいることは誰も知らないことだし。でもここに僕がいたことは誰にも言わないでくれ」
「は、はい!! かしこまりました! このブッタ、一生黙っておきます!」
そう言って改めて正座をする。
さっきの傲慢な姿からは想像もつかない口調だ。
これが強者への態度か。この切り替えの速さ、不思議だ。
「じゃあ頑張って。僕はもう行く。……って、そうだそうだ。なんで君が生きてるのかは知らないけど、魔王城に帰って生存報告くらいはしといた方がいいと思うよ。じゃなきゃみんな困るからさ」
「あ、は、はい。それは俺も思っているんですが……」
僕が踵を返そうとすると、ブッタは言いにくそうに顔を俯かせた。
「何かあったの?」
「実は俺が使ってる転移魔法陣がシャインスターの奴らに壊されたせいで帰れないんです。図体も図体だし街に出るとバレるって言うか…」
「あぁ」
それでこいつはこのスラム街で密かに身を隠していたってわけか。
僕はそれを聞き彼の後ろに立つ老人に目を向けた。
彼は先ほどから呆気に取られた様子でこちらを見ている。
「そこで、彼に会ったと」
「左様です」
ふむ。そうか。まあ元気そうだし、このまま闇のスカイピアに帰らしても問題はない。
問題はないが…
でも、待てよ?
このまま帰るとあの見るからに偉い人って感じの老人と縁が切れることになる。
それはどうなんだろうか。
「彼とは仲がいいの?」
「そうですね。これから色々と悪巧みを始めようと思っていたところです」
つまりあの初老の男とは仲間ってわけだ。
このままブッタが仲良くすれば後々何か役に待ちそうな気がする。
そう考えるとこの縁は続けておくべきじゃなかろうか。
こっちの偉い人とブッタと仲良しとなれば悪いことじゃない。この繋がりを壊すのは良くない気がする。
よし、決めた。
「君こっちで暮らしなよ。さっきのドンになるって言ったやつ。アレ進めてていいよ」
「え、い、いいんですか!?」
「うん。アルデバランとシリウスには僕から伝えとくよ。その調子で頑張ってね」
「あ、ありがとうございます! このブッタ! 必ずダークエクスプレスの一助となれるよう精神いたします!!」
ブッタは嬉しそうに何度も頭を下げた。
ま、具体的に何の話を進めていたのかはわからないけど、彼を引き剥がすのは悪手だ。
とりあえずこっちはこっちで進めて僕は僕のやるべきことをすればいい。
そうすることで闇のスカイピアはまた一歩力をつけることができるのだから……。
◇◆◇◆◇
フードの少年が屋敷を出るのを見送り、ブッタはすぐに尻餅をついた。
「ブ、ブハァ…し、死んだかと思っタ!」
自分の額から汗が滴る汗を手で拭いブッタはほっと胸を撫で下ろす。
「ブ、ブッタ様。失礼ですがあの少年は何者なんですか?」
尻餅をついたブッタにダーケンが後ろから声をかけた。
「それは言えない。だが、ダークエクスプレスの誰かとだけ言っておくっタ」
「ダークエクスプレスの!? か、彼がですか?!」
「ああ」
ブッタの答えにダーケンは驚いた。
あのフードを被った少年はどう見てもダークエクスプレスには見えなかった。
見た目は完全に普通の少年だ。顔は見えなかったが、目元や喋り方、仕草、体型。それらは全てダークエクスプレスというより光の住民の姿に近い。
だから知りたい。
彼が何なのか。
だが……。
「詳しい話を聞けば私も殺されそうですね」
「あの方との約束を破るつもりはないっタ。アレは関わるだけ命が足りない。俺にとってはシリウス様や他幹部よりも恐ろしい人っタ」
「あの方が」
そうなるとあの少年が幹部の誰かというのは想像がつく、とダーケンは推測するがすぐに首を振った。
関わっちゃいけない。
ブッタはそう言ったのだ。
ならば、どんな推測を立てるのも悪手だろう。
「幸い私たちの作戦は認められたようですね」
「運が良かっただけだ。あの方はダークエクスプレスの中でもトップクラスに慈悲深く優しい方だからな。もしシリウス様だったら死んでいたかもしれない」
ブッタは嫌な想像をすると震えながらそう言った。
その場にいるものならそれが本心からの言葉であることはすぐにわかった。
しかしダーケンはわからなかった。いったいあの少年がどんな人物なのか。
ブッタは先ほどは最も恐ろしいと言ったのに、今度は優しいと言った。
そこに矛盾を感じたのだ。
だから知りたいと再度思った。
しかしやはり詳しくは聞けなかった。
自分が踏み込めばいいことなどない。それを瞬時に悟っていたから。




