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9.神獣にまで下僕はやきもちを妬く

 

 ◆◆◆


「ふぅん?」


 水晶に映る男たちの影。

 見たこともない男たちだが、最近この付近でよく見かける。


 魔女クロエの家はがん壁に囲まれている。さらに結界が張られているため、人間の目には映らない。

 ただ、例外もある。例えば、クロエの結界を壊すだけの力のある者には見ることは容易い。

 それから、ルディのように匂いを嗅ぎ分けられる者がいれば、建物を視界に捉えなくとも、場所を特定することは可能だ。



 水晶を棚に置き、私はルディに来るように呼び鈴を鳴らした。すぐに私がいる書斎に現れた彼に、今見たことをすべて話す。


「──追手が?」

「恐らく懸賞金目当てだろう。個々の力は大してないが、ここはクロエの家だから、万が一ここが戦場になっても困るから離れる。お前も来い」

「はい、勿論です」


 ルディは表情を引き締めて、いつ発つかと聞いてくる。


「出発は明日の朝だ。今後も面倒くさいことに関わりたくないから、大陸から離れる」

「海を渡るということですか?」

「あぁ、目指すは南の大陸、アルマンド国」


 シャフール国とアルマンド国は、今は互いに友好的な関係にあるが、長きにわたり争っていた歴史もある。

 元は人間国シャフールと獣人国アルマンドと言われていた。

 戦争や移民により、今はどちらの国にも人間と獣人が入り混じっているが、シャフールでは人間の方が多い。


「アルマンドですか……」


 聞き返すルディの表情に動揺が走ったのを見逃さなかった。


「私の生まれ育った国です」

「あぁ、そうだろうと思っていた」

「……そう、ですか」


 ルディの出生は聞いたことはないが、手錠にかかっていた術はアルマンドの言葉だった。

 それにルディ自身も、この国にはない独特のマナーを知っている。

 頭を下げる時、腰に手を置く。食器の並べ方、ノックの仕方、あらゆる語学を使い分けられること……

 それらを奴隷生活で身に付けたとは考えにくい。

 第一、手錠ありではたいした給仕は出来ないだろう。

 だから、元々は高貴な家の者だろう。

 私はそれらに関しては一度も教えたことがないのだから。


 ──もっと喜ぶと思っていたのに、表情が曇っているな……

 しっぽをブンブン振ってくれると思っていたから、肩透かしを食らった。


 そして、ルディは険しい表情を変えないまま、頷いた。


「分かりました。ここにいることがエリ様の危険になるなら即刻出ましょう。これから私は出発の手筈を整えます」

「あぁ」




 ◆◆◆



「あぁ、よく呼びかけに応じてくれました」


 まだ夜の暗さを残した中、私は神獣を召喚した。

 美しい白い艶やかな神獣は私が十二の年に、呼びかけに応じて私の元に来てくれた。

 私が寿命を全うする際に、魂を明け渡すこと。それが神獣との契約であった。


「美しい私の使い魔。今日はどうぞよろしくお願いいたします」


 神獣は声を出さず、私の頭の中に直接伝えてくる。短く『御意』と。

 私はその冷たくつるつるした鱗に頬ずりすると、乗りやすいように神獣は身体全体を低くする。


「さぁ、お前も来い」


 私のうしろに立つルディに振り返って声をかけると、なんともじめっと陰々とした表情をしている。 

 ──大抵、美しい神獣の姿を見れば逆の反応を見せるというのに。


「なんだ?」

「エリ様。私にはそのようなお顔は見せてくださいませんね。それに『私の下僕』や『私のルディ』などは言ってくださったことありません。直ちに私もそう呼ぶべきではありませんかっ!」


「呼び方などどうでもよかろう。さっさと乗れ」

「……」


 命じれば、ルディは「どうでもよくありません、大事なことです。特に“私の”を主張して頂くことが重要なんです」とぶつぶつと文句を言いながらも、私が乗るための手助けをした。そのあと彼は軽々とその背に乗りこむ。


 まさか、神獣に跨って、ふくれっ面する者がいようとは。

 私は純粋に驚きながら、神獣に「私に免じて、この者の無礼をお許しください」とその背を撫でる。神獣は私以外の生き物に対して興味がないようで、何も反応を示さなかった。

 魔法で作った手綱をしっかり持った後、神獣が音もなく、ふうわりと地を離れる。

 空を飛ぶどんな動物や魔物よりも静かで美しい飛行だ。



 ルディと共に神獣に乗るのは二回目。一回目は互いに無我夢中であったから、飛行を楽しむ余裕は一切なかった。


 今回は切羽詰まった状況でもなく、私は神獣にゆっくりと飛ぶように命じた。

 空高くから水平線から赤い光が顔をだす。雲が近く、鳥が横を飛ぶ。神秘的で壮麗な風景は、息を呑むほどの美しさだ。


「凄い」


 うしろでルディが感嘆の言葉を漏らす。

 私と共に見る絶景、私の匂いを嗅ぎながら見る絶景、密着しながら見る絶景……が素晴らしいと独特の感想が彼の口から続く。


 いちいち反応することが面倒くさいので「あぁ」と短く返事をしていると、次第に陸地が見えてくる。



「もう陸が見えて? 早い、ですね……」

「あぁ。もうじき急降下するから、口は閉じておけ」



 通常ならば、船で一週間はかかる距離だから、短時間で着くことに驚愕していた。

 ルディは目的地である首都ハバランへ向かう為、地図を広げた。前日、どこへ向かうかは伝えてある。

 それらを確認したあと、神獣の姿を人々に見せないよう魔法を施した。



「着きましたね。まさか日中に付けるとは驚きました」

「あぁ……」


 私は活気あるハバランに驚いている。

 路上にはひしめくように露店が並び、人・獣人・獣人・獣人。

 今日は何かの祭りの日なのだろうか。歩けば人にぶつかり、音が四方八方から聞こえる。

 私の行動範囲はクロエの家と近隣の田舎町のみ。

 人だかりに一体どこを見ていいのかも分からず、埋もれてしまう。

 歩いているのに、何故か別方向に流されているではないか……


「エリ様、失礼します」


 人の流れに流されそうになっていると、ルディが私の腰を支え、リードしながら歩を進める。

 一度、休憩しようと茶屋に促され、勝手が分からない私の代わりに彼はあれこれ注文しはじめた。


「なんでしょうか?」

「いや」


 女性客がルディを見て頬を染めている。

 端正で優し気な顔立ちをしているから、モテていることは知っているが、ここまで大勢の視線を集めるとは。

 確かに先ほどすれ違った獣人たちより、ルディの容姿の方が優れている。


 観察していると、目の前にいる顔がだらしなく下がり、はぁ……♡ と吐息を漏らす。


「エリ様の美しい碧眼の瞳の中に私が映っている♡ なんてぞくぞくするのでしょう♡」

「……」 

「場所が違うと、私たちに流れる雰囲気もいつもと違うような気がしませんか? 胸が高まり息が荒くなるというか。デー、トみたいではありませんか……エリ様もいつもと違う()()を感じませんか?」

「あぁ、いつも外では老婆姿だからな。違うと感じるのはそのせいだろう」


 アルマンド国で老婆姿になる意味はないだろうと、そのままの姿だ。


「年を加えた貴方様も愛らしくとても愛おしいです。大好きです。その姿になっていく経過を想像するだけで胸アツでございます。ただ、私が言いたいのはそうではなく……」

「雰囲気だろう? 確かに私たちが着ている服ではどうにも目立つな」


 アルマンド国の服は前世でいうところの、サリーとかインド系の服に似ている。私はドレス、ルディは燕尾服を着ているため、目立って仕方ない。



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