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8.エリの癒し

お読みくださりありがとうございます。

最初シリアスですが、途中からギャグです。


◆◆◆


『あーはははっ』

『きゃはは』


 私を指さして嗤っているのは、第三王女と第四王女だ。その姿は小さい。

 あれ、私も小さい。

 そっか、これは夢だ。

 

 そういえば、大昔、かび臭い物置部屋に何時間も閉じ込められたことがあったっけ。

 母はメイドだったから、周囲の当たりはきついものだった。

 ──今の私なら、彼女たちに往復ビンタの10回は食らわせてやるけれど。あぁ、10回では足りないわね。


 きゃはは……

 ふたりの笑い声が止まり、彼女たちは下を向いた。小さい私も同じように下を向く。


 向かい側の通路を通ったのは、王だ。

 煩い声など上げてはならない。

 王の声も振る舞いも凶悪で、なんでも、あっという間に消してしまえるのだから。

 だから、私はいつだって怖くて、怯えていた。

 ちらりと見れば、彼女たちだって、自分とそう変わらない。

 気づいていた。

 ──なのに、私は自分の力がとても強いことを知ったあとも、何も出来ずにいた。



『エリザベス、さあ来なさい』

 王の守護者となった私は戦場の真ん中に連れていかれ、王を守っていた。

 大悪女エリザベス、その名と悲鳴が轟くと王は高々に笑う。

『よくやった』

 大きな大きな王が、私の頭を撫でる。

 その手がいつ力を込めるのか。

 頭をそのまま押し潰されたらどうしよう。

 触れられるたびに肌が粟立ち、声を掛けられるたび息が詰まってしまう。


『この玉座のうしろがお前の席だ』

 第一王子を差し置いて、王が一番傍に私を置いた。

『さあ』『さあ』『さあ』


 ガンガンと頭が響く声。

 怖くて怖くて、悲鳴をあげたくて。

 震えを誰にも悟られないように、私は人形にならなくちゃ──





「──エリ様っ、大丈夫ですか?」

「──っ!」


 ルディの大きな声に、私はハッと瞼を開けた。

 三角耳、見慣れた彼の表情、それから見慣れた天井。クロエの部屋であることにホッと息を吐く。


「はぁ……」


 持ち上げた手が震えている。

 夢……そう。夢だと分かっていたのに……

「勝手に部屋に入り、申し訳ございません」

「……いや」

 この部屋にルディはむやみに立ち入らない。おかしな言動をしてもちゃんと弁えている。

 だから、彼が異常を感じるほど、叫んでいたに違いない。


「エリ様、今から私が行うことをお許しください」


 ルディは私の上体を抱えるように支えて、労わるような手つきで背中を撫ではじめた。大きな身体に包まれると、不思議なことに安心する。

 息を整えながら、間近にある顔を見ると、銀色の瞳が心配げにゆらゆらと揺れていた。

 大丈夫、そう言おうとして、自分の頬が濡れていることに気付く。


 涙──?

 もうずっと、そんなものを流していなかったのに。


「私は……何か言っていたか?」

「いえ」


 ルディのそれは嘘だ。私は確かに叫んでいた。だから、身の内を明かした。


「……時折、私は父の夢を見るのだ。ただ、囚われているのは父ではなく、過去の私だ」

「……」

「なぜ、もっと早くに勇気を持てなかったのだろう」



 今まで、誰にも自分のことを話したことはなかったが、簡単に口から出てきた。

 きっと、自分の方が苦しいと言わんばかりの表情をルディがしてくれるからだ。


 それを見ていると、自分の方が落ち着いてきて、思わず彼の頭を撫でた。

 今の彼は髪をひとくくりにしていなくて、もふもふの長い髪の毛をそのままにしていた。

 柔らかくて銀色の髪の毛が、自分は割と気に入っている。


 何度もその頭と毛を撫でながら、ふっと息を吐いたとき──

『エリザベス』

 と、夢で見た父の声が脳裏に響いた。


 大きな父の手が私の頭に伸びてきて、恐怖で身をすくんでいた時のことを思い出した。私にとって、父に撫でられることは恐怖以外の何物でもなく。

 ルディを撫でる手が止まる。私は何をやって……


「くぅん」

「……」


 心配げに揺れていた銀色の瞳は、心地よさそうに閉じられていて、そして喉を鳴らした。

 動きを止めた手をルディは自分の頬に持っていき、頬ずりする。


「エリ様の手、とても優しくて、大好きです……」

「……」

「こんなに細く小さい手なのに、一番優しいのを知っています」

「……」


 あぁ、そうだった。

 撫でられている時のルディは、いつも心地よさげに喉を鳴らす。うっとりと薄目を開いて私を見つめる瞳は蕩け切って、安心しきっていた。

 私の手をそう思ってくれる──

 頬ずりするその頬を撫でた。


「ありがとう」

「……っ」


 微笑みながら礼を伝えると、ルディの耳はピンとなり、勢いよくしっぽが左右に揺れる。

 犬獣人は喜びが分かりやすい。


 私はベッドの端に身体を移動し、ルディの願いを叶えることにした。



「ほら、来い──今日は一緒に寝てやろう」

「っ⁉ ──え、……えぇぇ⁉」


 ルディは誰もいないのに、なぜか、周囲を見渡す。その様子、え、自分に言っているのか? と確認しているようだ。


「ほら、来い」


 ぽんぽんとベッドを叩くと、ルディの顔が火がついたように真っ赤になった。口を開け閉めし硬直している。

 この様子では自分から来るのは難しそうだと、彼のシャツを捕まえて、ベッドに寝かせた。

 唾液が溢れるのか、何度もごくんごくんと飲み込んでいる。


「っ──、わ、私は……っ、エリ様のっ……下僕で……」

「煩い。黙れ」

「……っ」


 益々硬直する身体を宥めるようにぽんぽんっと撫でる。長い髪の毛を指に絡めて梳く。

「ふっ」

「──ひ……」

 ふわふわの髪の毛に頬を押し付けて、感触を楽しみながら眠った。


 




「エリ様っ!」


 朝、目覚めたら目の下にクマが出来たルディが、キャンキャンとわめく。


「私が理性の強い獣人だからよかったものの、エリ様は何も分かっておりませんっ!」

「……朝から煩い」

「煩い、ではございません! 私のシャツを掴んで離さないなどどこまで可愛らしいことをするおつもりですかっ。私がその手を拒める筈がないでしょう。悶え死にするかと思いました! それに、いい匂いも柔らかい肌も愛らしい寝顔や寝息、寝ぼけた今の表情も、そんなものを一気に与えられて、癖になったらどうするんですかっ! 永遠に離したくないって思うでしょう!」



 寝起きはあまり考えたくないが、ぼんやりしながら少し考える。私の手が少し唾液くさい……、舐めたのか?


「それは困るな」

「っ」

「もう二度としない」



 きっぱりと伝えると、突然ルディはびしゃびしゃと大量の涙を流し、部屋から去って行った。いつに増しても騒がしい……



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