7.悪女の懸賞金
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しわしわの肌に、長い爪。
私は今日も老婆に化けていた。
ルディの商談を持って来てくれるおかげで、店の客入りは悪くない。
接客のすべてをルディに任せて、私は店奥でごりごりと薬剤を碾き具で磨り潰していた。
人目があってもなくとも街ではいつも老婆姿だ。
「さすが、魔女の作る薬は一級品だ」
店にやってきた客の声が店内に聞こえてくる。
「他の店で同等の薬を買えば、間違いなく三倍はするだろう」
「はい。若旦那さまの言う通りでございます。魔女様は誰でも手には入れるよう価格を抑えているのです」
それからルディの愛想のよい声。客は色々な土地を練り渡る旅商人だ。以前、私の薬を買い付けにきたのは、5ケ月も前のこと。
だが、私は旅商人の特徴的なガラガラ声をよく覚えていた。
ルディ以外の者と関わりを持たない閉鎖的な自分にとって、旅商人の情報は欠かせない。
ルディにはその男が店に来たら、話を聞きだすように促していた。
私は棚にある水晶玉を手に持ち、台の上に置くと呪文詠唱する。
たちまち、ルディと旅商人の姿が水晶の中に浮かびあがった。
「北の地方は今ちょっとばかり情勢がよくないぜ。いやなに、関所での役人がなかなか入らせてくれないものでよ。俺は東へ向かったのさ。東と言えば王都があるだろう。今まで旅商人なんぞ入らせてもらえなかったんだが、政治が変わったからすんなり入れたよ」
東の地方、そこには私が生まれ育ち、壊したリリロネット城がある。
あの日、私は父の命を奪わなかったが、新たなリーダーが父を討ったことを後から知った。独裁者である父は、長く住民に高い税を課して苦しめていて反感が強いのは当然だった。私という父の守護者がいなければ、もっと早くこうなっていたように思える。
洗脳されていたとはいえ、私も同罪──……
「人々を恐怖の渦に陥れたエリザベス・ヘリディス。あの悪女に五億ゴールドの懸賞金がかかっているんだってよ」
懸賞金……
「へぇそれはおかしな話ですね。エリザベス王女がリリロネット城を壊したのは、もう随分大昔のことではありませんか。懸賞金をかけるにしたって時が遅すぎるでしょう」
「あぁ──」
商人は指を二本立てて話しはじめた。逃亡したエリザベス王女に高額懸賞金をかけられているのは、二つの理由が考えられると言う。
「新リーダーが即位して政権にばらつきがではじめた。だから国をまとめる目論見で、ひとつの敵を作ろうとしている。──もう一つは、他国に侵略するためにエリザベスの力を手に入れたい。俺は後者だと思っているぜ。なんてったって、条件は生け捕りだからなぁ」
商人は五億ゴールドもあったら、大豪邸が買えると大笑いしていた。
それを聞きながら背筋が凍り付く。
私がリリロネット城を壊してから二年半が経過した。いつかこんな日が来ると思っていたから、遅すぎるくらいだ。
「どちらにしても、神獣使いであるエリザベス王女を狙おうとすれば、返り討ちに合うだけでしょう」
「そりゃぁ、一般人には無理さ。でも見つけたのを報告するだけでも一千ゴールドの報奨金が出るというから、国は本気さ……おや、美形のお兄さんも表情を変えちゃって、報奨金狙うつもりかい?」
ルディは一瞬真顔になったが、すぐに笑顔を取り繕った。
「まさか。最強の王女と謳われしお方なんです、そうやすやすと見つかるはずがございませんよ」
そう言って、ルディは店のドアを開けた。
店前には商人の荷馬車が停まっていて、そこに注文された商品を積んでいく。「ところで次はどこへ行くのです?」と何事もなかったようにルディは話題を変えながら、商人が出て行くまでにこやか対応する。
そうして店に人気がなくなったあと、ルディは店の扉にかけている看板を【close】にして、奥の部屋にいる私の元へ来た。
「エリ様、大丈夫ですか」
私が水晶を通して客を盗み見ていることはルディには伝えている。私は水晶を棚に置いて振り返った。
「たわけ。私を誰と心得ている。心配など不要だ」
「いいえ、エリ様がどんなにお強くても、私が心配するのは当然です」
「……ふん」
私は、もう一度「不要だ」と言った。そして碾き具を持とうとして、ルディに手を添えられた。
「休憩いたしましょう。商人から美味しいと評判の紅茶を頂いたのです」
「……分かった」
紅茶と一緒に添えられたお菓子は、イチゴのスコーンだった。