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5.下僕の態度がおかしくなってはいないか?

 時折、クロエの書斎で長椅子に腰をかけて本を読むルディの姿を見かける。

 私は文字を教えてはいない。恐らく、彼は奴隷となる前に文字が読めたのだろう。


 そして、犬獣人は耳がよいから、私がいることにすぐに気づいてしまう。


「エリ様、私に何か御用でございましょうか!」


 耳をピン、しっぽをふりふり。


「いや、通路を歩いていただけだ。その本は?」

「リシャール国の文化についてです。クロエ様は途中で飽きられたのか、どれに関しても途中までの本ばかりですね」

「あぁ、彼女は飽き性なんだ。だから一つのところに留まれない。なんだ、続きが欲しいのか? どの本だ。言え」


 ルディは「いいえ!」と首を横に振るが、私は彼の手を掴み、本を奪うと固まった。本の中身を確認する。


「……エリ様の小さい手が……はぁはぁはぁはぁはぁ」

「私の耳元に息を吹きかけるな。──ふむ、丁度身体が鈍ってきたところだし、動く頃合いだな」

「動く、ですか?」


 身に付けていた宝石やドレスを売れば、暫く暮らしていけるだけの金にはなるだろう。

 だが、暇も飽きた。


「あぁ、薬屋をはじめる」





◆◆◆




「そこのお前、傷によく効く軟膏はいらないか?」


 ずっ、ずっと足を引く老人が私の前を通りかかったので、声をかけた。

 その者の足を見れば、布を巻いている。話を聞けば、ここへ来る前に転んだのだそう。


「1日一度、患部へ塗布しな」

 

「ありがとうよ。薬売りの()()()()や」

「あぁ、気をつけろ」


 今の私は、しゃがれ声の老婆だ。

 現在私がいる場所は、辺境の街アルロット。リリロネット城から離れた地だが、同じの大陸内だ。

どこに私を知る者がいるかも分からないため、人前では姿を変えていた。

 そこで風呂敷いっぱいに詰めた薬を、道行く人に売り込んでいく。


 ひと稼ぎしたら、ルディに何冊かの本を買い与えることを決めている。

 本屋で本を選び、外に出ると、丁度買い物を頼んでいたルディと鉢合わせになる。


 鉢合わせというか、頼んではいないが私を迎えに来たことは明らかだ。

 ルディなりに下僕としての務めを全うしたいのだろう。

 帰りましょうと声をかけてくれることびに首を縦に振り、アルロットを離れた。

 クロエの屋敷は、岩肌がむき出した場所を登らなければならず、馬車は通れない。

 二時間かけて屋敷に戻ると、私はルディの胸に本を押し付けて読めと声をかけた。


「これは……エリ様っ」


 彼は目を輝かせ、しっぽをぶんぶんと左右に振る。その喜びようを見るのも一興だった。


「私は……嬉しくてなりませんっ」

「なら励め」

「はい。このルディ、エリ様のことを想い考え、手足になれるよう励みます!」

 



 そうして、彼はめきめきと物事を吸収していった。

 家事炊事以外にも賄事を学び、魔女の助手としても優れた能力を発揮する。

 交渉が上手く、彼が薬を売れば飛ぶようにはじめる。敵を作らずして、上手く世の中を渡っていく勘のよさと愛想のよさがある。

 薬が高く売れるようになると、小さいながらも街の一角に店を構えることが出来た。




 そうして二年の月日が経ったころ──私の暮らしは王宮に暮らしていたころよりも、随分豊かなものへと変貌した。


 ちゃぷん。

 丁度いい適温の湯には、いい匂いがする花が浮かべられている。


 ルディは私が外出するたびに、こうした足湯を用意するのだ。

 上質な座り心地の椅子に、のど越しがいい果実酢の炭酸ジュース、そして足は程よい圧で指圧されてる。

 快適には違いないのだが……



「はぁ♡ はぁ……♡ エリ様、お足を拭かせていただきますね♡」

「……」

「あぁ♡ 今日もさきっぽまで完璧でございます♡ 指も爪の形も…… はぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁ♡」

「……」


 いつからか不明だ。

 ──どうしてか、ルディの語尾が不気味となった。


「ルディ。私の足は毎回そんなに綺麗にする必要はない」

「駄目です♡ 外にはどんな黴菌があるか分かりませんからね。いつだって清潔に保つ必要がございます」


 拒否を許さないというように私の足を掴む手の力が強い。


「痴れ者め……、私がそれほどまでに汚く見えるのか」

「そのような誤解は一切なさりませんように。この世がどれほど汚れていてもエリ様だけは燦燦と輝いております」

「は? 燦燦と──」


 疑問を浮かばせていると、エディが私の手の指をパクリと咥えた。

 じゅるじゅると指を吸いしゃぶられ、手のひら、手首まで舐められる。


「はぁ……♡ どこも汚くないと証明するために、僭越ながら舐めさせていただきました」

「……」


 べちょべちょと唾液まみれになった右手を見る。

 思わず眉間にシワを寄せていると、何を勘違いしたのか、「手の指では証明できませんよね」と今後は足を舐めはじめた。


 べっちょ~


「……」

 足にいたっては両足を舐めつくされた。


「はぁ……♡ まだ証明が足りませんか?」


 その恍惚とした表情は、犬が主人を舐めて喜んでいる姿と類似している。しっぽも左右に振っているし。

 ──これは、犬ならではの表現なのか? このままでは全身唾液まみれにされかねない。


「……いや、充分分かった。もうよせ」


 すると、ルディはぱぁっと晴れたような表情をする。主人に愛情を示すことが出来てご満悦、といった様子だ。



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