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9 脳を洗われたハーピィたち、心を入れ替える

 ライムの手下だった者たち――女盗賊団“青い月”は、全部で20人ほどだった。そのうちの3人が逃げ遅れ、ゴーレムの手でとらえられた。彼女たちは今、縛られた状態で納屋にいる。

 彼女たちは軽い打撲をしているくらいで、大きな負傷はないようだった。そのため俺はアーティナとともに、すっかり牢屋代わりになってしまった納屋に遠慮なく足を踏み入れたのだ(本当の牢屋も、なるべく早く作っておかなくてはならない)。


「あたしらをどうするつもりなのさ」

 とらわれた女盗賊の一人――フォルテという女がそう言った。彼女を含めた3人はすでに人間ではなく、完全にハーピィ化している。腕は翼へと変わっており、体は羽毛に覆われ、脚は猛禽類のそれのようになっていた。

 3人のハーピィのうち、フォルテだけは虹色の羽を持っており、ひときわ美しい見た目をしていた。アークハーピィである。


「拷問でもするつもり? あいにく、何もしゃべることはないよ」

「そうだ。私たちはもともと根無し草。仲間たちがどこに行ったのかも分からないから。拷問なんて無駄だ」

 他の2人も口々に言った。なるほど、彼女たちは俺のことを勘違いしているようだ。俺は元来、そういう暴力は好まない。交渉で解決できるならそれが一番いいと思っている。


「好き放題言われてるよ。拷問するの?」

「いいや、するつもりはない」

 アーティナの問いに対し、俺はきっぱりとそう答えた。

「拷問というのは『はい』と言わせたいときにするものであって、情報を引き出すためのものではないからな。そんなことは時間の無駄だ」

「……? じゃあ、何をしようってんだい?」と、フォルテが眉をひそめる。他に2人も縛られたまま、不思議そうな顔をした。

「簡単なことだ。これからは改心し、俺に従ってモンムス王国の発展に力を尽くしてもらおうと思ってな」

「っ……あんたなんかの言いなりになるわけないだろ」

「そう思うか? お前たちの親玉であるライムは、すでに我が国民になったぞ?」

「な……!? そんなのデタラメだ!」

「デタラメなものか。お前たちが気絶している間、治療を担当したのはライムなのだからな」

「そんなわけ……!」


 キイッ


 俺たちがそんなやり取りをしている最中に、納屋の扉が開いた。俺とアーティナが振り返ると……そこには一人の上級アンデッド・リッチの魔物娘がいた。

 刺激的な改造僧服をまとったその女は、言うまでもなくライムであった。

「失礼します、魔王様」

「ああ、ライムか。ちょうどお前の噂をしていたところだ」

「ヒヒヒ……とても光栄です愛しの魔王様ぁ……。魔王様に噂話をされていると思うと、私の体は燃えてきてしまいますよ」

「な……!? ライムさん……!?」

 3人のハーピィ――ライムの元部下たちは目を見開き、唖然とした。ライムが俺にすり寄り、熱い視線を向けると……3人はわなわなと震えはじめる。


「あ……あんた、ライムさんに何をした!」

「変な魔法で私たちだけでなく、ライムさんの体を変えるとは! そういう趣味なのか!」

「ライムさんはそんなこと言わない!」

 ハーピィ3人はギャーギャーと騒いだ。ハーピィになったせいか、普通の人間よりも声が通るので、騒ぎはじめると本当にやかましい。耳から直接脳天を刺激されるような感覚だ。

 まあ、たしかに彼女たちのリーダーに「何かしたか、していないか」で言ったら、「何かした」と言わざるを得ない。ライムの額には瞳の形に似た紫色の紋様が刻まれており、彼女が「改心」したことを示している。

 だが、俺はだれかれかまわず「改心」させたいわけではない。何度も言うように、我が国の民に対して明確な害をなさない限りは、俺は個人の精神という聖域には手を出さない。


 では、この3人はどうか。

 俺は最初、彼女たちから反省の言葉を聞くことができれば、処遇については保留にしようと思っていたのだが……あいにく、彼女たちは相変わらず敵意に満ちた目を俺に向けている。放免すれば盗賊に戻り、間違いなくモンムス王国に対する脅威となるだろう。

「……残念だ。反抗的な態度はあらためてもらえないようだな。お前たちが同意してくれれば、魔法を“解除”してやれたものを」

 俺は首を横に振った。

 それと同時に、ハーピィ3人の額が紫色に光りはじめた。

 彼女たちの体内で進行していた俺の魔力による侵食が……ついに最終段階を迎えたのである。


「うぅ……これは……!?」

「頭が……割れそう……!」

「なんだ……急に……!」

「うむ、効いてきたようだな。残念ながらもう“解除”は間に合わない」

 俺はゆっくりと、3人のハーピィに語りかける。アーティナは俺の隣に立ち、ため息を吐いた。ライムは心底嬉しそうに、かつての手下が生まれ変わるさまを見つめている。


「モンムス王国の国民になるなら、これまでの無礼は許そう。当然、他の者たちと同じ国民権も認められる。その代わり、きちんと勤労の義務を果たしてもらうぞ」

「国民に……モンムス王国の国民に……」

「勝手に決めるな……決めないで……くださいぃ……」

「いやだ、勤労なんて……」

「お前たちは盗賊から足を洗うんだ。心を入れ替え、この国で真面目に働くこと」

「あ……あ……助け……! 働きたくなんかない……!」

「魔王……魔王様の……仰せのままに……!」

「違う、惑わされたらいけない……あぁ……はい、あなた様の言葉は絶対です……心を入れ替えます……心を……入れ替えます……」

「盗みは禁止だ。外敵以外を殺すのも禁止。分かったな?」

「はい……もう盗みません……殺しません……」

「魔王様に……従います……」

「私はモンムス王国の国民……うぅ……!」


「この魔法を見るのは2回目だけど、あんまりいい気はしないね」と、アーティナが肩をすくめる。しかし、1回目のときよりは慣れたように見えた。

 3人のハーピィの中では、虹色の羽を持つフォルテだけ抵抗が強かった。これもアークハーピィとしての力だろうか。それとも彼女の精神力によるところか。

 いずれにせよ、放っておいても「改心」は完了しないようだ。

 俺は、縛られたまま床に膝をついて苦しむ彼女に、歩み寄った。


「フォルテと言ったな。なぜ我が国の民となることを拒絶する? モンムス王国はこれからますます発展していく。盗賊生活よりもずっと豊かで安定した生活を――つまり善き生活を送れるというのに」

「う……うるさいね……あたしはずっと……盗賊として生きてきたんだ……」

 絞り出したような声が、フォルテの口から発せられる。俺の魔力の影響で、俺の質問に対しては無意識のうちに正直に答えてしまうのだ。

 彼女の額で、紫色の光が明滅する。


「う……くっ……あたしは13歳のときに……盗賊にさらわれた……それ以来……盗賊になった……」

「ほお。奪われる側だったのに、奪う側に回ったわけか」

「そう……盗賊になれば……奪われない……だから弱い者たちから奪って……今日まで生きてきたんだ……ライムさんがリーダーになってからは、みんなで力を合わせて頑張って……殺したり盗んだりして楽しかった……青春って感じがした……」

「だから普通の生活には戻りたくないのか? 殺しを楽しんできた自分には、盗賊以外に生きる道はないと?」

「……そう……」

「なるほど、一理あるな」

 俺はうなずいた。

 たしかに弱き者を殺し、その財産を奪ってきた者が、何のお咎めもなく普通の生活を送ってよいかと言われれば疑問である。少なくとも、なんらかの方法で罪を償う必要があるだろう。


 しかし、それはあくまでも「同じ人間として」生きる場合だ。


 フォルテは人間をやめ、魔物娘という別の存在となり、おまけに「改心」する。かつての悪しき心は魔力によってすっかり洗い流される。簡単に言うと、別人になるのである。

 ある者が犯した罪のせいで、別の者が罰せられてよいものであろうか。否である。

 彼女が別人となり、これから善良な国民として生きたいと願うなら。

 それを妨げていいという道理は存在しない。


「お前は人間ではなくアークハーピィになったんだ。過去は捨て、魔物娘として新しい生を謳歌すればいい」

「本当に……? あたしも……盗賊以外の生き方を選んで……いいのかい……?」

「もちろんだ。お前は文字通り再誕したのだからな」

 俺は諭すように語りかけた。彼女の精神を守る力が……自我の鎧がはがれていくのを感じる。

 フォルテの額に、瞳のような形の紋様が浮かんだ。

 こうなっては、もはや逃れることはかなわない。


「……なる……あんたの国の……国民に……人間をやめてハーピィとして……生きるからぁ……」

 フォルテは陥落した。彼女は自ら人間を捨て、アークハーピィとなった。

「改心」はここに完了したのだ。


 すでに他の2人は両隣で静かになっていた。当然、額にはフォルテと同じ瞳の紋様。俺はライムに合図を出し、3人の縄を解いてやった。

「ああ……すがすがしい気分だよ。ライムさんが“この力”を受け入れた理由、今なら分かる……」

 自由になったフォルテがうっとりとした表情で言った。

「あたし……心を入れ替えるから。もう盗みも殺しもしない。ライムさんと同じようにここで……この国で真面目に働かせてくれ、魔王様」


「魔王に洗脳されたのに真人間になってる……いや、魔物娘だから真魔物娘……?」

「さすがです、魔王様ぁ……。私のかつての部下たちをも手中に収めてしまうなんて……。ますますあなた様に夢中になってしまいます」

 アーティナがあきれ、ライムが恍惚とする。

 俺は善良な国民が新たに誕生したことに満足し、微笑んだ。

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稲下竹刀のTwitter

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