7 雑兵が100人いても魔王には勝てない
ライムからの報告を受け、俺はさっそくモンムス王国の「正門」の方に急行した。モンムス王国は丘の上に位置しているわけだが、この「正門」がある南側斜面が最も緩やかだ。敵からすると当然、ここが一番攻めやすいポイントとなっている。
「正門」と言ってもたいそうなものではなく、家の扉より少し大きい程度の木製の門が設置されているだけだ。ただ、その周りは堀と柵でしっかりと守られているため、防備は抜かりない。見たところ、前回の襲撃で壊れたところの修理も終わっているようだ。
「あ、魔王の旦那……」
俺がアーティナとともに近づいていくと、30過ぎくらいの髭面の男――トーマスが振り返った。長い槍を手にしているものの、顔は青ざめている。
他の国民やゴーレム娘たちもその場にいたが、代表してトーマスが俺の方に進み出た。
「敵が来たそうだな」
「へえ、そうなんです。あそこに……」
トーマスは不安そうに答えると、柵の向こうを指さした。丘の緩やかな南側斜面の下――武器を手にした男女が数十人、群がっているのが小さく見えた。
身を隠す様子はなく、彼らは自らの姿と恐ろしい武器の数々を堂々とさらしている。剣が、槍が、陽光を受けてきらめく。多くは、動物の毛皮で作ったと思しき衣服や、骨のアクセサリーを身につけていた。
「30……いや、40人ほどか」
「へい、前回の襲撃よりも多くて……」
「う~む、あれがすべてのはずがないな。すでに丘全体が包囲されていると考えるべきだ」
「え!?」
トーマスは驚き、辺りを見回した。もちろん、他の方角の斜面はここからでは確認できないが……わざわざ目で確かめるまでもなく、敵の狙いは分かっていた。
前回の襲撃時、まだ人間だった頃のライムが率いていた女盗賊団はおよそ20名ほどだった。そこから周りの盗賊団と手を組んだことで、人数は数倍に膨れ上がったものと思われる。南側に姿をあらわした30~40名は、全戦力の一部にすぎまい。
「魔王様。周辺の盗賊団で、呼びかけに応えそうな腐れ野郎どもを全部合わせたらだいたい100人くらいになると思います」
「100人……そうか。それが敵の戦力か」
ライムの報告を受け、俺はうなずく。丘を完全に包囲するには少ないが……挟撃には十分な数字だ。
おそらく正門側に姿を見せれば、住民たちが恐れをなして北側から逃げ出すと思っているのだろう。そして丘から下りるところを、別動隊が皆殺しにする。なるほど、反吐が出そうなほどに素晴らしい作戦だ。
「ゴーレム娘たちにやられたのをもう忘れたか。……いや、ゴーレム相手でも100人いれば勝てると考えているわけか」
たしかに、数的にはこちらが不利だ。モンムス王国の戦力は俺、アーティナ、ライム、ゴーレム娘11人、国民およそ50人。いや、国民の中から女子ども、老人、病人、怪我人などを除くと20人もいないか。
正直、人間100人を蹴散らすだけでいいなら俺一人で十分だ。
しかし、国民を守りながら挟撃を防ぐとなると、話は別である。
北と南から同時に攻められたら……もっと言うと、四方からわらわらと盗賊どもが群がってきたら、俺一人では対処できない。
「こんなにたくさんで攻めてくるなんて……どうするの?」とアーティナが心細げに尋ねてくる。俺はぐるりと視線をめぐらした。この正門付近には、我がモンムス王国の男たちや、ゴーレム娘も集まってきている。もちろん、他方面の守りについている者たちもいるので、これで全員というわけではないが……それでも、戦闘要員のかなりの部分がこの場にいるわけだ。
こういう国民の注目が集まる場では、王は虚勢を張って国民を安心させるものだ。
しかし、俺は虚勢など張る必要がない。
なぜなら、俺が経験してきた修羅場と比べれば、この程度は危機のうちにも入らないのだから。
「まずは敵がどの程度“やる気”なのかを探りたいところだ。交渉を持ちかけてみるか」
俺はつぶやき、空に向かって右手を上げた。いつもの「魔物娘化スキル」のときとは違って、黄色い魔力が青空に向かって放たれる。すると、モンムス王国上空の青が、一瞬にして黄金色に染まった。
そして次の瞬間には、俺の姿が空に映し出されたのだ。
「ええ!? グラン、これ何!?」
「ヒ……ヒヒヒッ……さすがは私の偉大なる魔王様、すさまじい魔力ですねえ」
「アーティナ、ライム。放送にのってしまうから静かにするんだ」
「ほ、放送……?」
「そう、本来は国民への演説用の魔法なんだが……とにかく始めよう。オホン」
俺は咳ばらいを一つしてから、ミュートを解除した。見ると、坂の下にいる盗賊たちは恐れおののき、天を見上げてうろたえている。国民たちも同様で、平然としているのはゴーレム娘くらいである。
おそらく、ここから見えない者たちも似たような反応をしていることだろう。
「盗賊ども、聞け。俺は魔王グランドロフ。このモンムス王国の王である」
俺がそう言うのに合わせて、空に映し出された俺の口も動き、声が四方へと拡散された。普通は中継用の魔法使いを各地に配置するのだが、今のモンムス王国の大きさならば、俺一人の魔力で十分に声を行き渡らせることができるのだ。
「愚かにも我が国に攻め入ろうとしているお前たちに、一つ伝えておこう。お前たちは、頭数さえそろえてくれば我が国民たちが逃げ出すと思ったのだろうな。まことに浅慮であると言わざるを得ない」
俺は淡々と語りかけた。武器を持った男たちも、アーティナもライムも、固唾をのんで見守っている。ゴーレム娘たちは、いつものように落ち着いた無表情だ。
「王である俺と、国民たちは、毫もこの土地を捨てるつもりはない。仮に追い詰められたとしても、最後には畑を焼き払い、家々と納屋を焼き払い、その炎をお前たちに対する防壁とするだろう。とすると、万が一お前たちが勝ち、この国を占領したとしても、残るのは灰だけだ。金属製の貴重品でもあれば焼け残るかもしれないが、そうした類のものはないに等しい」
丘の下の盗賊たちが顔を見合わせる。俺の声が、護国の覚悟が、魔力に乗って拡散していく。
「考えてみるがいい、100人で命を懸けて戦っても、得られるのは消し炭のみだ。旨味がないではないか。お前たちの支払うこととなるコストは、報酬をはるかに上回る。悪いことは言わない、今から引き返せ」
これは警告であり、俺からの慈悲であった。これほどの大魔法を使える相手に、何の得にもならない喧嘩を吹っ掛けるべきではないと……そのような賢明な判断を促すためのパフォーマンスであった。
しかしながら。
「う、うるせえな!」
「何かと思えば虚仮威しじゃねぇか!」
「どうせビビってんだろ!」
「ふん縛って山に埋めてやるから覚悟しな!」
「そうだそうだ!」
丘の下で盗賊たちがぎゃーぎゃーと騒ぎ、その声がかろうじて俺の耳に届いた。女も男も、頭に血が上っているらしい。
「う~む、聞く耳持たないか。愚かな連中だな」
俺は顔をしかめた。敵が賢い為政者であれば、侵略のデメリットがメリットを上回ると判断して、撤退はしないまでも話し合いには応じてくれるのだろうが。あいにく侵略者は常に賢いとは限らない。困ったものだ。
「……交渉を拒絶するか、残念だ。ならば我々も全力で迎え撃とう。覚悟しろ、侵略者ども」
俺はそう言って、音声をミュートにした。天に映し出されていた俺の虚像はまだ堂々と残っているものの……あたりには先ほどまでと同じ、緊迫した静寂が戻ってくる。
国民たちは額に脂汗を浮かべ、顔で俺を見つめている。
「……聴いた通りだ。敵は言葉という文明的道具を放棄し、暴力に訴えてくるつもりだ」
「じゃあどうするの? 戦うには敵が多すぎるし……」
プォォォ―――ン!
俺がアーティナの質問に答える前に。空気の底を揺らすような低音が辺りに響き渡った。角笛の音だ。吹いているのは坂の下にいる盗賊の一人である。これを合図として、四方から同時に攻めかかってくるつもりだろう。
正門を守る国民たちが慌てふためく。アーティナがパニック気味に翼をパタパタ、尻尾をくるくるさせた。
「どどどどうするの、グラン!? もう来るよ!!」
「あの角笛は……音からするとオデブ鹿の角から作られたものか。なるほど、やはり大した盗賊団ではないらしい。魔王に対して戦を挑むのであれば、竜種の角笛くらいは用意するべきだったな」
「なんで急に品評会してるの!? それどころじゃないって!!」
「案ずるな。作戦は七つほど考えてある。もちろん実行できるのは一つだけだがな」
俺は落ち着き払ってそう答えた。国民たちは柵の内側で青ざめていたが……俺は慌てず騒がず、右手で右目を隠した。
手の甲の第三の目が開く。当然、空に映し出された方の俺も、第三の目をあらわにしていた。
“極夜の瞳”が発動し、慣れ親しんだ魔法が放たれた。ただし、それは俺の右手の甲から直接放たれたのではない。紫色の魔力は空から――すなわち、空に大写しにされた巨大な俺の虚像から放出され、四方八方へと伝播したのだ。
そして、その直後。
「きゃああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
丘の下から悲鳴が聞こえ、正門を守る国民たちは一斉にそちらに目を向けた。その緩斜面では、今まさに数十人の盗賊たちが駆け上がってこようとしていたところだが……様子がおかしかった。敵の中にいる女盗賊だけが足を止め、苦しみはじめたのである。異変を察知した男どもが、次々に振り返った。
「お、おい、急にどうしたんだ!?」
「う……体が……熱い……!」
「いったい何……これぇ……!」
女たちは武器を落とし、自身の肩を抱いて震える。男たちは、最初は困惑しているだけだったが……すぐに、その目を恐怖に染めることとなる。
女盗賊たちの姿が……変化しはじめたのである。その両腕はたちまち羽毛に覆われ、猛禽類を思わせる翼になった。靴を突き破ってかぎ爪が現れたかと思うと、両脚も鳥類のそれへと変化する。
女盗賊たちはあっという間に変貌していった。人ならざる者へと。鳥の魔物娘――ハーピィへと。
朝投稿を試してみました!
次回もよろしくお願いします!
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