6 魔王的農業計画
俺が「盗賊団再襲来」の報告を聞いたのは、アーティナに案内されて集落のはずれを見学していたときだ。林の手前に広い空き地があり、雑草天国の様相を呈していた。
「ここは空き地なのか? 手入れすれば農地にもできそうだが……」
俺が尋ねると、アーティナが少し顔を曇らせた。
「前は畑だったんだけど、持ち主が死んじゃってね。ほら、キミが昨日もらった家に、前に住んでた人。手入れする余裕がある人もいないから、荒れたままになってるんだよ」
「そうだったか。土地の所有権はどうなっているんだ?」
「え、所有権……分かんない」
「ふむ。もともと国家の外側だったから、法律も適用されないわけだな。しかし、かといって俺が勝手に魔王領にしてしまうと、魔王支持率の低下を招きかねん」
「魔王支持率とかあるんだ」
「どうしたものか。放置しておくのはもったいないしな……」
昨日、俺は長老から家を一軒譲り受けた。持ち主が死に、何年も放置されていたという建物であり、かなり傷んでいたが住めないこともなかった。俺はそのボロ屋を新たな魔王城としたわけだ。
長老は「集落を救ってくれたお礼です」と言って、無料で家を譲ってくれたわけだ。だが、同じ理屈でこの空き地まで奪うわけにはいかないだろう。国民の財産を根こそぎ接収する暗君として、さっそくクーデターで失脚させられかねない。
「所有権があいまいなら……よし、いっそのこと公共農地にしてしまうか」
「公共農地?」
「たとえば怪我や病気で働けない者も、ここで採れた作物を受け取ることができるようにする。魔物娘が増えれば人手不足も解消されるだろうから、実現可能なはずだ」
空き地に生えた雑草を一本引っこ抜きながら、俺は言った。
今までこの集落では、病気になったら近所の者の善意に頼るしかなかったわけだが……それだと、たとえば友だちの少ない者は飢え死にするしかない。「ぼっちには死あるのみ」などという共同体は、とても国家とは呼べないだろう。
何よりもまず、国民全員が余裕をもって生きていけるだけの食料を確保する。孤独なる者でも生きていける国家を作るのだ。
「世界最古の都市国家では、公共農地での一定期間の労働が、兵役と並ぶ国民の義務だったという。それを参考にすることとしよう」
「魔王も歴史を勉強したりするんだね」
「当然だ。学生魔王だったころは、歴史の成績が最も良かったのだぞ」
「学生魔王……」
「過去の優れた魔王たちからは学ぶことも多い。やはり先人は偉大だ」
俺はそう言って、抜いたばかりの雑草を魔力で燃やした。灰がさらさらと舞い、風に乗って消えていく。
しかし、俺が一本一本抜いては燃やし、抜いては燃やし、を繰り返すわけにもいかない。この雑草パラダイスをどうやって農地として復活させるか、それが問題なわけだが……どうだろう、雑草を魔物娘化してしまえば、草むしりの手間が省けるのではないか。
「ものは試しだ。やってみよう」
俺はその場にしゃがみ込み、右手で右目を隠した。右手の甲の第三の目が開かれると同時に、“極夜の瞳”の効果が発動――紫色の魔力が土の上を走り、雑草へと伝わった。
雑草がピクンと反応した。すぐに、いくつかの草が魔力を受けて寄り集まって、より大きな草へと変化していく。もちろん、変化は同時に土の下でも起こっており……地下から生命力の波動が、肌にビリビリと伝わってきた。
俺はその場で十数秒間、意識を集中させていた。アーティナは黙って、そばで待っていた。
やがて変化はおさまり……俺の目の前にはニンジンの葉を巨大化させたような植物が、地面から飛び出し、太陽を求めてその手を広げていた。
「……よし、とりあえず一人できたぞ」
「傘にできそうな葉っぱだね。これも魔物なの?」
「本体は土の下だ。根っこの代わりに魔物娘が埋まっているんだろう」
「そうなんだ。仲良くなれるかな」
「しかし……なんの種族だろうな、根菜の魔物か?」
そうつぶやいてみたものの、「そんな魔物娘がいただろうか」と、俺は首をひねった。とにかく、地上に出てきてくれなければ話もできない。俺はとりあえず茎の部分をむんずとつかみ、引っ張ってみた。
ズボッ
意外とあっさりと、土の下から緑がかった肌の少女が姿をあらわした。大きな葉っぱでできた服をまとっており、脚は根っこが寄り集まって形作られていた。体には蔓か根のようなものが巻き付いている。地面の上に出ていた葉っぱと茎は、少女の頭頂部から生えていた。
植物系の魔物娘。
俺はさっそく、挨拶をしようと思ったのだが……穏やかな初対面というわけにはいかなかった。
少女は土から引っ張り出されたとたんに、ぱちりと目を開いた。そして突然、耳をつんざく叫び声を上げたのだ。
「キィエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!」
「ぐわああああああああ!?!? マンドラゴラ娘!?!?」
耳に焼けた鉄棒を突っ込まれるかのような感覚。俺はたまらず、掘り出したばかりの魔物娘を土に押し込んだ。耳の痛みに耐えながら、急いで土をかぶせる。
あとには、元通り大きな葉っぱだけが空に向かって手を広げていた。
俺は耳を押さえ、その場にしりもちをついた。
「ハァ……ハァ……とんでもない魔物娘が生まれてしまったな……。……ん? おい、アーティナ、大丈夫か!?」
「う~ん……お父さん、お母さん……ボクだよ、こんな姿になっちゃったけど……また一緒に暮らせるよね……最初は嫌だったけど……今ではちょっと気に入ってるんだ、この姿……」
「ダメだ、戻ってこい!」
俺は仰向けに倒れたアーティナに魔力を注ぎ込んだ。彼女は白目をむいて絶命しかけていたが……やがて魔力を与えられる快感にもだえはじめた。
「な、なにこれぇ……お空のお花畑よりも……もっと気持ちぃぃ……」
「そうだ。現世にだって良いことはたくさんある。まだ逝くのは早いぞ」
「ハァ……あぁぁ……しゅごくいぃ……魔王様に魔力もらうの……やみつきになっちゃうぅ……ちょうだい……出して……もっと中に魔力出してぇ……」
アーティナはうわごとのようにつぶやきながら、俺の指に自分の指をそっとからめる。彼女はあいまいな意識の中で俺の魔力を存分に味わい、恍惚とし……やがて目を覚ました。
「あ……あれ? ボクはいったい……なんだか幸せに幸せを挟んで幸せをかけて食べるような、ものすごく幸せな夢を見ていた気がするんだけど……」
「目が覚めたか」
「グ、グラン……!?」
アーティナは俺の手を離して飛び起きた。頬を赤らめ、もじもじとしはじめる。
「な、なんでボクの手を握ってたのさ?」
「握ってきたのはお前だろう」
「え、そうだったっけ……。その……何があったの?」
「マンドラゴラ娘が生まれてしまってな。危険だから土に戻した」
マンドラゴラを引き抜いたときの叫び声を聞くと死ぬというのは有名な話だ。ただ、何秒で絶命するのかは個人差がある。弱い人間だと数秒でも命の危険があるかもしれないし、強い魔族ならかなり長い時間耐えられるかもしれない。
もちろん、耳にせずに済むならそれに越したことはない。
まだ痛みが残っているのか、アーティナは頭を押さえながら近くの木によりかかった。
それと同時に、ついさっき俺がマンドラゴラ娘を埋めたところが盛り上がり、葉っぱの下からかわいらしい少女が顔を出した。ひどく内気そうなその少女は、今度は叫ばなかった。あの声は、無理やり引き抜かれたときにしか出さないらしい。
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
マンドラゴラ娘は、おっかなびっくり俺とアーティナに目を向ける。
「その……私、外に出るのが苦手で……びっくりして叫んじゃうんです……」
「いや、俺もいきなり引っこ抜いて悪かった」
俺はそう言って謝った。そして、彼女の前にゆっくりとしゃがみ込んだ。
「俺は魔王グランドロフ。こっちは部下のアーティナ」
「よろしくね。あ、いや、まだ部下になったなんて言ってないよ!」
「まだ?」
「なんでもない! 揚げ足取らないで!」
「は、はじめまして。私は……ええと……」
俺とアーティナを前にして、マンドラゴラ娘は言いよどんだ。ついさっきまで普通の植物だったのに、急に知性が芽生えて混乱しているのだろう。彼女は頭に指をあて、しばらくうんうんとうなっていたが……やがて、ハッと顔を上げた。
「ベルジーヌ……そう、私の名前はベルジーヌです。なんとなく、そんな気がします」
「そうか、ならばベルジーヌ、それがお前の名前だ。誰にも奪うことはできない」
「よろしくね、ベルジーヌ」
「は、はい。ありがとうございます」
「ベルジーヌ。さっそくだが、少し話を聞いてほしいんだ。この場所は農地にしたくてな……」
自己紹介を終えると、俺は本題に入ろうとした。この場所は農地にしたいが、マンドラゴラに居座られては農作業など不可能である。草むしりのたびに死人が出ては困るからだ。どうにか場所を移動してもらえないかと、頼んでみようと思ったのだ。
しかしながら。
「ダ、ダメです!」
「え?」
「これ以上外にいるのは……恥ずかしいです! お話はまた今度で! し、失礼します!」
そう言って、ベルジーヌはあっという間に土の下への引っ込んでしまった。もぐったそばから周りの土が崩れてかぶさり、彼女の頭は見えなくなってしまう。あとには彼女の頭頂部から生えた、揺れる葉っぱだけが残される。
一瞬の出来事だった。
俺とアーティナは茫然として、顔を見合わせた。
「す、すごくシャイな子なんだね」
「そうらしいな。次からは、用件はなるべく短時間で伝えなければ」
「結局、この空き地はどうするの?」
「う~む……。農地にするなら、雑草は人の手で抜くしかないようだな」
俺は立ち上がり、顔をしかめた。雑草をすべて魔物娘化すれば草むしりの手間が省ける、なんていううまい話はなかった。マンドラゴラ娘が大量発生してしまっては、農業どころではないのである。除草は手作業でやるしかあるまい。
この土地を農地として復活させるのは手間がかかるかもしれないが、必要なことだ。国家を発展させていくなら、当然、人口も増えていく。食糧増産は避けて通れぬ道である――。
「魔王様、一大事ですよ、一大事」
そのときだった。改造僧服をまとったリッチ――ライムが慌てた様子でふわふわと空から降下してきたのだ。彼女は息を切らして、俺とアーティナの前に着地した。
「ハァ、ヒィ……。飛ぶのってけっこう魔力使うんですねえ……。まさかアンデッドになってからこんなに疲れるなんて思いませんでしたよ」
「ライム、見回りから戻ったのか。何を見つけた?」
「盗賊団です、また攻めてきましたよ」
「なんだって!?」
「ほお、思ったより早いな」
アーティナは大きな声を上げたが、俺はあまり驚かなかった。このような実りある土地を、盗賊どもが簡単に諦めるはずがない。必ず戻ってくると思っていた。
少し想定外だったのは、このあとの報告だ。
「ライムの手下だった連中は……たしか全部で20人ほどだったか?」
「ええ。しかし、今回はあのときよりも数が増えているようでしてね、忌々しい。どうやら別のクソッたれ盗賊どもと手を組んだらしいのです」
「何?」
俺は眉をひそめた。もう少し訊きたいこともあったのだが……実際に見た方が手っ取り早い。俺はアーティナとライムとともに、丘の南の斜面へと急いで向かった。
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