4 これは洗脳ではなく改心です
私の両親はとても教育熱心でした。だから私が家庭教師に対して反抗的で、身を入れて勉強しないと見て取ると、私を寄宿制の神学校に放り込んだのです。
――ここで勉強し、真人間になりなさい。
――お父さんたちはお前のためを思って、心を鬼にしているのだよ。
ああ、なんてクソッたれなおせっかい、勘違いのオナニー子育て。
私のためだなどと言っておいて、自分たちの思い通りになるお人形が欲しかっただけ。
しかし、10代だった私には抵抗する力もありませんでした。私はふざけた両親に言われた通り、神学校で勉強という名の苦行に耐えることになったのです。お祈りをしたり、経典を暗唱したり、掃除をしたり、教員や神父たちの食事を作ったり。生徒兼メイドのような扱いでした。
そして、一か月ほど経った頃。
夜、私の部屋に神父が入ってきました。
……。
…………。
………………。
あまりにもクソ野郎でした。
私は抵抗し、服を破られ、殴り、殴られ、催淫魔法をかけられて、もうダメかと思ったものですが……どうやら生臭神父は神のご加護の適用範囲外だったようです。私の中に眠る死の魔法の才能が、その瞬間に開花しました。
催淫魔法のために作られた魔力回路を、私は逆用しました。
しかしこのときはまだ、私の即死魔法は不完全でしたので、神父の息の根を止めるには至りませんでした。そのため私は、無我夢中で彼の股間を蹴り上げました。
小さい玉が2つ、破裂しました。
それがとどめとなり、エロ神父はついに絶命、めでたく地獄に堕ちることになったわけです。彼がいつもどんな恐ろしいところかを語り、女を脅す際の便利な道具として多用している、まさにその地獄に。
私はその晩、神学校から逃げ出しました。他にどうしようもありませんでしたから。
なるべく人の多く住んでいる方へ、多く住んでいる方へと逃げました。その方が隠れやすいと思ったからです。実家には二度と帰らないと決めていました。
都市部に辿り着き、神学校から盗んできた僧侶の服装で生活をはじめました。都市のおバカな住民どもは相手のことを服で判断するので、彼らは親切にしてくれました。
最初はスリをやって生き抜きました。やがて、金持ちの家に忍び込むようになりましたが……残念ながらバレてしまい、クソ憲兵どもに追われる身となりました。
私は、今度は逆にド田舎の方へと逃げました。しかし、ド田舎はスリには向きませんし、空き巣は失敗したばかりなので気が引けます。どうしたものかと困っているときに……女だけの盗賊団――“青い月”に拾われました。
私は“青い月”に恩を感じていましたが、ボスは個人的に私のことを嫌っていました。次第に、私ばかりが危険な役割を任されるようになったのです。
命の危険を感じました。だから即死魔法でぶっ殺し、私がそのまま新しいボスになりました。
ええ、そうです。この世は弱肉強食です。身を守るには相手を殺すしかありません。
だから今回も、この魔王を自称する頭のおかしい魔族を殺し、その部下の魔族を殺し、生き延びてやるつもりでした――。
「ひぎゃああああぁああああぁあああ!?!?!?!?!?!?」
私は自分自身の悲鳴で、一瞬の気絶状態から覚醒しました。同時に私に襲いかかったのは、体を「無理やり変えられる」という感覚。
私自身の死の魔力と、この魔族の男の魔力とが混ざり合い、私の体を侵そうとします。なんとも不快で、おぞましい気分だったのですが……少しずつ心地よさを覚えはじめ、私はぞっとしました。私はかつてのようにクソ野郎の股間を蹴り上げて、玉をぶっ潰してやろうと思いましたが……あいにく、そんな余力はありませんでした。
「あ……あぁぁ……入ってくる……入って……くるぅ……」
私の体内に、この男の魔力が流入しました。それによって、私は思い知らされたのです。この男が何者なのか――私の体を、魂を染め上げようとする魔力が、千の言葉よりも雄弁にそれを語りました。
この男は、魔王グランドロフ。
紛れもなく本人であるのだと。
そのことを知った瞬間、私は全身に痺れるような甘さを感じたのです。
この男に……いや、このお方に従いたい――そんな欲求が膨れ上がり、私を呑み込もうとしました。
支配されたいという欲求。それは危険すぎる感覚でした。
「効果があらわれはじめたようだな。魔物娘化が完了すれば、お前は新しい自分に生まれ変われる。忌み嫌われる暗い路地裏ではなく、陽の当たる道を堂々と歩けるようになるんだ」
「イヤ……やめなさいおぞましい気持ち悪い……聞かせないで……そんな言葉……私を誘惑したっていいことありませんよ……!」
「お前は最初から、望んで盗賊になったのか? もしも心に、一片でも後悔の気持ちがあるのなら、これが生まれ変わる最後のチャンスだ」
「あ……違う……違います……私はこれからも殺して奪って生きていくんですから……あぁ……!」
後ろ手に縛られたまま身をよじりましたが、魔法陣から逃れることはかないません。魔王の魔力が、徐々に額に集まっていきました。私の意思をあるべき方向へと、導いてくれようとしていました。
私の頭に、魔王のもとで働く自分自身の姿が、イメージとして流れ込んできました。そう、盗賊として罪のない人々から奪うのではなく、このお方の理想の国家建設の手伝いをする――そうした生き方をしてみたくてしてみたくて仕方がなくなってきました。
「はい……魔王様のお言葉が正しいです……ヒヒ……ヒヒヒ……い、いやです、やめて……この変態異常者……私の心を書き換えないでください……! あぁぁ……魔王……魔王……さまぁ……!」
私は刻一刻と変わっていく自分自身に恐怖しながら、幸福をも感じていました。
盗賊として汚物同然の生き方をするしかなかった私に。
魔王様は、新しい生き方をくれると言うのです。
それは魅力的な提案でした。そう、魅力的だと思ってしまいました。
その心の隙間を、魔王様の魔力は逃しませんでした。私の体と魂はとらえられ、なすすべもなく蹂躙され、作り変えられていきました。
そして、私はそれを「心地よい」と思ってしまったのです。
「ヒヒ……あぁ……すごく……いぃぃ……気持ちぃいですぅ……」
そうなると、もう逃れることはできませんでした。
これまで肉体の内側で進行していた変化が、ついに外見にもあらわれてきました。
死の魔力の影響でしょうか。私の肌から生気が見る見るうちに消え失せていき、死人のような白さだけが残りました。手足が冷たくなっていくのが分かりました。ですが、不快ではありません。これは生者というつまらぬ枠組みを超越する、必要な過程でした。
改造僧服にはほとんど変化がありませんでしたが、ところどころに瞳のような形の紋様が――魔王様の刻印が浮かび上がりました。そして青緑色の炎が、袖や襟元から漏れ出てきます。それは、私の肉体が物体とエネルギー体の中間存在へと変化した証拠でした。
その炎は、私を縛っていた縄を容易く焼き切りました。
私は変わりました。弱っちくて馬鹿で退屈な人間ではなく、崇高なる上位存在――魔物娘に。不可逆的に変わっていきました。
「もっと私を……めちゃくちゃにしてください……あなた様の手で……あなた様だけのものに変えてください……」
そう口に出した瞬間、額に集まっていた魔力がすべて私の頭の中へと吸い込まれていきました。
それが、最後の一線を踏み越えた瞬間でした。
ああ、ありがとうございます、魔王様。
私はもう、永遠にあなた様のしもべです。
――――――――――
青緑色の炎が、ライムの袖や襟元から漏れ出ていた。顔はまるで死者のように白くなり、彼女が生者と死者の間をさまよう存在となったことを示している。
「リッチか。ずいぶんと強い魔物娘になったな」
俺は魔力の放出を止めて立ち上がり、感心した。
そう、ライムはリッチになったのだ。
アンデッド娘の最上位種である。
肉体の変化と同時に、彼女の精神にも変化があったようだ。彼女の外見が完全なリッチへと変貌すると……額に、魔法陣と同色の瞳のような紋様が浮かび上がった。禍々しい魔力を帯びた紋様は、浮かび上がったその瞬間に彼女の肉体に、そして魂に定着する。
ライムはひざまずくと、うっとりとした表情で俺を見上げた。
「魔物娘にしてくださり……ありがとうございます、魔王様。ヒヒヒ、おかげで目が覚めましたよ。ああ……私はなんて愚かだったのでしょうねえ。罪もない人々を襲い、土地や財産を奪おうとするなんて。私は盗賊から足を洗い、真面目に働きます」
「ま、禍々しい恰好と妖しい雰囲気なのに、めちゃめちゃまっとうなこと言ってる……」
「よし。無事に改心したようだな」
アーティナは驚愕し、俺は満足した。ライムの改造僧服は、もともと教会を冒涜するような見た目だったので、アンデッド娘となった今でも違和感なく着こなせていた。
「ひょっとして、ボクにも同じことができるわけ?」
「もちろんだ。だが、その必要はないだろう。“改心”してもらうのは、俺の国にとってひどい害悪になりそうな相手だけだからな」
「そ、そうなんだ……」
俺の言葉を受け、アーティナは若干ホッとした様子だった。心配せずとも、彼女を“改心”させるつもりはない。そもそも、周りにイエスマンばかりを並べる王に未来はない。
「ライム、これからはモンムス王国の国民としてよろしく頼む」
「はい。……ヒヒヒッ、私は相変わらず、この世は弱肉強食だと思ってはいますが……民が団結して国家となるならば、個人の強さ、弱さは関係がなくなります! 本来は肉として食われるだけの弱者さえも平穏に暮らしていける理想郷……。ああ! 私も魔王様の国家建設をお手伝いしますよ……!」
「助かる。もし他の盗賊どもがまた襲ってくるようなら、同じように捕らえて改心してもらうことにしよう」
「素晴らしいお考えですね。そのために、集落の防備を固めましょう。ヒヒヒ、ご安心ください、私は盗賊どものことを知り尽くしていますからねえ」
「うむ。頼もしいな」
俺はライムの変節を見て、大いに満足した。この調子で魔物娘を増やし、我がモンムス王国を発展させていくのだと、決意を新たにする。
すべては民たちのために。
強く、新しく、善き生活を送れる国家を作るのだ。
今日も読んでくださり、本当にありがとうございます!
次回は明日(12/14)投稿の予定です。
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