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3 お前も魔物娘(こくみん)にならないか

 俺はまずアーティナに、最も気になっていることを尋ねた。それはこの集落……もといモンムス王国が、世界地図上のどこに位置するのかということだ。

 あいにく、彼女は世界の地理に詳しいわけではなかった。しかし話を聞くうちに、ここは人間のミディ聖国と魔族の極夜王国との間の緩衝地帯――そのど真ん中にあるということが見えてきた。まだ緩衝地帯には入っていないものと思っていたのだが……どうやら俺は、思ったよりも速く走っていたようだ。

「なるほど、ここは緩衝地帯の中の緩衝地帯、ということか」

「ちょっとややこしいけど、そうみたいだね」


 アーティナの説明では、この丘の周辺には複数の盗賊団の根城があるということだ。そして盗賊団はどうやら、丘には手を出さないという取り決めをしているらしい。集落にある食糧と、丘の上という立地は魅力的だが……そのために互いに殺し合うことになると割に合わないというわけだ。

 この丘は、ミディ聖国と極夜王国との緩衝地帯の内側にありながら……盗賊団同士の緩衝地帯になっている。つまり、入れ子構造が出来上がっているのである。


「では、あの女盗賊たちはなんだ? 取り決めを無視しているではないか」

「分かんない。あいつらは初めて見たから」

「ふむ。そのあたりは、捕らえた女に尋ねてみる必要がありそうだな」

「そうだね」

 そう言って、アーティナは平たい石に腰かけようとした。しかし何を思ったのか、彼女はお尻を押さえ、慌てて立ち上がった。

「ん? どうしたんだ?」

「ね、ねえ。尻尾があるから座りにくいんだけど。どうすればいいの?」

「ん? 骨の形が変わっているせいか? 俺は尻尾を持っていないからな……。すまないが相談には乗れそうにない」

「む……ボクをこんな体にしておいて、無責任なんじゃない?」

「俺はたくさんの人間や動物を魔物娘にしてきたが……みんなしばらくしたら慣れたぞ。アーティナもきっと大丈夫だ」

「ボク以外にも被害者がたくさんいるんだね」

 アーティナはため息を吐き、平たい石の上にゆっくりと腰を下ろした。何度か尻の位置を変えていたが、結局また立ち上がる。


 ちょうど、そのときだった。

 ひそひそという人の話し声が聞こえてきて、俺は振り返った。見ると、林の中からゴーレム娘が数人あらわれ、その後ろから数十人の人間たちがおっかなびっくりついてきていた。みな粗末な身なりをしており、男も女も、子どもも大人もお年寄りもいた。

「ふふふ、見ろアーティナ。すでに我が国への入植希望者が押しかけてきているではないか。上々の滑り出しだ」

「何言ってんの。あれはもともとここに住んでた人たちだよ。ボクのご近所さんたち」

 アーティナは訂正した。

 そうか。逃げていた集落の人々が戻ってきたということか。


 俺が納得していると、フラワーゴーレムのテレーゼがこちらに進み出た。

「マスター。近くでおびえて震えていた人間たちを発見したので、連れてきました」

「ここがもう安全だと伝えたのか? よく信じてくれたな」

「いえ、特に説明はしておりません。私たちで取り囲み、ついてくるように伝えただけです」

「ああ、脅して連れてきたということか」

「怖がらせないように努力はしたつもりです」

 そう言うと、テレーゼの頭の花がポンポンポンと連続して咲き乱れた。白い花である。だが、これで安心してくれる人間がどれくらいいるだろうか。巨大な拳を持つ無表情のゴーレムを前にしたとき、はたして人間は頭の上の花に注目することなど可能なのだろうか。


 ゴーレムたちには、もう少しコミュニケーションについて教え込む必要がありそうだと思いつつ、俺は住民たちの方に目を向けた。

「皆の者、おびえることはない。盗賊どもは俺とゴーレムで追い払ったからな」

 俺は、林から出てきた数十人全員に聞こえるように語りかけた。

「お前たちが断腸の思いで集落を捨てたことは知っている。しかし安心しろ、盗賊はもうおらず、奪われたものは一つもない。家も畑も無事だ。アーティナも助かってここにいる」

 俺はそう言って、バフォメットの方を示した。そのとき初めて住民たちはアーティナの存在に気が付いたらしい。彼らからしたら、混乱の中はぐれたはずの仲間である。感動の再会……となるかと思ったが、あいにくそうはならなかった。


「アーティナ……!? アーティナだって!?」

「魔物じゃないか!」

「いや、たしかに顔はアーティナだが……」

「お前、その恰好は……!?」

「う~ん、何から話せばいいんだろう?」

 驚愕し、うろたえる住民たちを前にし、アーティナは少しもじもじした。

「とりあえず、ボクはバフォメットになっちゃったみたいで……」

「うむ。新米魔王として再出発した俺の、最初の部下だ」

「ちょっと! まだ部下になるなんて言ってないからね! あとで人間に戻してもらうから!」

 アーティナはむきになって噛みついてきた。住民たちはますます困惑した様子で顔を見合わせる。


 彼らの中から、杖を突いた一人の老人がゆっくりと進み出た。

「ワシがここの長老です」

 少し震えてはいたが、意外にも張りのある声で、老人は言った。

「まだ事態が呑み込めていないのですが……あなたが、盗賊たちを追い払ってくれたのですか?」

「そうだ。お前は俺のことを、それほど恐れてはいないようだな」

「この地では、魔族を目にすることも多いもので……」

「なるほど、そうか」

「見たところ魔族の、ずいぶん高貴なお方のようですが。あなたはいったい何者なのですか?」

「俺は魔王グランドロフ。まあ、今は国を追われたただの流浪者だが」

「グランドロフ!?」

「魔王グランドロフ……!」

「本物……!?」

 住民たちがざわめきだす。どうやら、この緩衝地帯にも俺の名は知れ渡っているらしい。

 長老と名乗った老人も、目の前に有名魔族が現れて動揺しているようだった。しかし、それでも彼は気を取り直して問うてきた。

「その魔王が……魔王様が、なぜワシらを助けてくれたのですか?」

「最初は助けるつもりはなかったんだ。ただ、アーティナに頼まれて気が変わった。俺はこの地域に新しい国を作ろうと思う。そのために邪魔な盗賊を排除したいと考えるのは、自然なことだろう?」

「新しい……国を?」

「そうだ。だが、その話をすると長くなる。とりあえず怪我人の治療をするがいい」

 俺はそう言って、集落の人々を見回した。盗賊と戦った男どもの中には、他の者に肩を貸されねば歩けない者や、血の滴る腕を押さえている者などがいる。いつまでもこんなところに立たせているわけにはいかない。


 俺の言葉を受け、人々は怪我人を屋内へ移動させはじめた。みな、俺の詳しい目的やアーティナのことを訊きたい様子だったが……今は怪我人のことが優先だ。

「では、詳しい話はのちほどワシの家で……」

「うむ、そうしよう」

 俺がそう答えると、長老はお辞儀をして、他の者と一緒に移動しようとする。だが、俺はふと思い出して彼を呼び止めた。

「ああ、長老。一つだけ訊きたいことがあるんだ」

「え? なんでしょうか?」

「少しの間、そこの納屋を借りてもいいか?」

「納屋ですか? もちろんかまいませんよ」

 俺が指さした小さな納屋を見て、長老はうなずいた。

 もっとも、「借りてもいいか」と尋ねるまでもなく、すでに勝手に借りているわけだが。

 俺は礼を言うと長老と別れ、アーティナとともにその納屋へと向かった。


 その緊張した表情から、アーティナも察しているらしかった。

 この納屋の中で、新しい魔物娘を生み出すことになる、と。




「うぅ……」

 納屋の中では、20代前半と思しき一人の女が後ろ手に縛られ、柱につながれていた。彼女は僧服を改造して露出度を上げたような、過激な服装を身にまとっていた。太ももに装備していた短剣は取り上げてある。


 女盗賊たちを率いていた女。ゴーレム娘の攻撃で気絶して、ここに捕らえてあるのだ。

「目を覚ましたようで何よりだ。お前にいくつか訊きたいことがある」

 俺は改造僧服の女を前にしてそう言った。

 アーティナは壁際に立って、黙って様子を見守っている。

「名前は何というんだ?」

「……ライムですよ。そういうあなた方は?」

「俺は魔王グランドロフだ。こっちはアーティナ」

「魔王、ですか。魔族を統べる王たるお方が、こんなド田舎で気ままに散歩していたと。そう言いたいわけですか?」

「そういうことになるな」

「あきれてものも言えませんね。5歳の子どもでも思いつかない、素晴らしい冗談ですよ」

「うむ、ありがとう」

 褒められたので、俺はとりあえず礼を言っておいた。


「ライム、お前が女盗賊たちの親玉だな」

「ッヒヒヒ……だったらなんだというのですか、魔王様? 無力な私をこのように縛り付けておいて尋問とは。そんなご立派な服装をしていても、中身は女の扱いも知らないクソ野郎というわけですね」

 その女は――ライムは小馬鹿にしたような口調で言った。

「なぜ集落を襲った? 盗賊団同士の協定で、この丘には手を出さないと決められていたそうだが」

「知りませんよ、野蛮人同士の協定など。私たちは最近こちらに来たばかりですからね」


 最近この地に来たグループだから、協定や暗黙のルールを知らなかった、ということだろうか。だから盗賊団同士が牽制し合っている中でも、平然とこの丘を攻めてきたということだろうか。

(いや、この女は強か者だ。しらばっくれているだけだろう)

 このわずかなやり取りでの印象から、俺はそう推測した。

 協定を知らなかったことにして食糧を強奪し、さっさと別の土地へと逃げるつもりだったのか。それとも別の盗賊団とすでに密約を結んでいるのか。いずれにせよ、無計画であったとは考えにくい。


「そんな恐ろしい目で見ないでください。私たちも生きるためなんですよ。仕事みたいなものです」

「仕事、ときたか。今回はたまたま死者が出なかったからいいものの……こういう暴力的な仕事は感心しないな。真っ先に犠牲になるのは子どもや老人――弱い者たちだ」

「お説教ですか? その手のありがたいご高説は神学校で聞き飽きて、耳にタコができてしまいましてね」

 ライムは不気味に笑った。縛られているというのに、不敵な態度である。

「外はピカピカで、中身は腐っている……そんなきれいごとをいくら並べても無駄ですよ。この世は弱肉強食。弱い者を殺し、強い者が奪うことの何が悪いのですか?」

「ほお」

 俺は目を細め、その女をよく観察してみた。

 外見から判断するに、やはり破戒僧――教会の戒律を破って破門され、盗賊に堕ちた元尼僧だろう。口調は丁寧だが、その瞳には世のすべてを蔑むような暗い光が宿っている。首からは、教会のタリスマンの真ん中に釘を刺した、冒涜的なアクセサリーを下げている。


「ご自身で実践されているではありませんか。あなたが私を捕らえられたのは、私より強かったからです。強い者は何をしても許される――実際、あなたの暴力は許されています」

「お前の言うことも一部は正しい。たしかに強者は弱者を蹂躙し、生き残る。それは動物や魔物の本能だろう」

「へえ、意外と素直に認めるのですね」

「だが、人間や魔族、魔物娘の本能ではない」

 俺はきっぱりとそう言った。王としての言葉で語った。


「国家は自然なものだ。人間も魔族も魔物娘も、一人では生きていけない。それゆえに群れて国家を作る。その本性は弱肉強食ではないんだ。群れること――すなわち家、村、町、都市、最終的には国としてまとまることこそが俺たちにとって自然なことであり、本能の求めるところだ」

 俺は、ライムをまっすぐに見据える。

「それに、単なる弱肉強食の世界の何が面白い? ただ力が強いだけが取り柄で、何の面白みもない連中だけが生き残る。そんな世界に何の価値がある?」

「価値? この世界に価値など求めても無意味ですよ。自分が生きることがすべてです。私たちは暇な哲学者ではないんですから」

「そういう考え方も全否定はしないが、決して王の考え方とは言えない。そう、俺は王だ。王とは国家の父であり、国民の友であり、政治家であり、軍人である。さまざまな顔を持つのであって、当然哲学者でもあるべきだ」

「訳の分からないことを言いますね……」

「今は分からなくてもいい。俺自身、一度は失敗してすべてを失った身だからな」

 俺は拳を握り、理想を語りたくなるところをぐっと我慢した。口だけなら何とでも言えるのであり、魔族の国を追い出された俺が何を語っても説得力がない。言葉に力を持たせるものは、いつだって行動のみだ。


「ずいぶんおめでたい頭をしていらっしゃる」

 ライムは後ろ手に縛られたまま身をよじった。暗い笑みがその顔に浮かんでいた。

「ヒヒヒ……私を殺したところで無駄なことです。この集落は滅びる運命。結局、弱き者は奪われるしかないのですよ」

「お前を殺しはしない。我が国の善良な国民になってもらう」

「は? 殺さない?」

 ライムは意外そうに両の眉を上げた。どうせ、「魔王は残酷だから、捕らえた人間を必ず殺す」などという噂を散々耳にしてきたのだろう。魔王差別も甚だしい。


「お前には魔物娘になってもらう。そして盗みや殺しではなく、真面目な労働に勤しんでくれ」

「魔物娘?????」

 彼女は状況を呑み込めていないらしいが……あいにく、詳しく説明するつもりもない。話を聞くよりも、実際に体験してもらうのが一番だ。


 俺が右手で右目を隠し、第三の目を開くと……縛られたライムの真下、むき出しの地面の上に魔法陣があらわれた。紫色の魔力で描かれた円の中に、何重にも古代文字で術式が刻まれており、先ほどアーティナに対して使用した魔法よりも複雑であった。

 そして。

 魔法陣の魔力は、ライムの全身を一気に包み込んだ。


「あ……きゃああああぁああぁあぁぁあぁぁぁあぁ!?!?!?!?!?」

「な、なにしてるの!?」

 アーティナが驚き、こちらに駆け寄ろうとした。それを俺は左手で制する。

「心配するな。お前にかけた魔法の応用だ」

「頭が……ぐるぐるにかき混ぜられます……あああああ……!!!」

「なんかボクのときより苦しんでるけど!?」

「こいつは放っておくと我が国にとって脅威になるからな。魔物娘化とともに“改心”してもらう」

 そう言って、俺は魔物娘化スキル“魔の洗礼”を実行した。魔法陣からあふれ出た魔力がライムをとらえ、その体に入り込む。彼女の体を、立派な魔物娘に作り変えるために。

 

 しかしながら。

「う……ぐ……ひ……ヒヒ……ヒ……何の魔法だか分かりませんが……甘いですよ……!」

「なに?」

 俺は眉をひそめた。もがき、喘ぎ、闇の魔力を受け入れるしかないと思っていたライムが……突如として目を見開き、口を三日月形にゆがめたのだ。

 何か来る。

 しかし、警戒したときにはすでに遅かった。


即死魔法(リーチイッパツ)


 地面から魔力がせりあがってきて、俺の右手、第三の目を直撃した。魔力が逆流している――いや、単純な逆流ではなく、俺が構築したルートを彼女の魔力が乗っ取ろうとしているのだ。

「ほお、これは……」

「ヒヒヒ……イヒヒヒヒ! 今さら謝ったって遅いですよ腐れ魔王様ァ! 私の死の魔力にとらわれて、永遠におねんねしちゃってくださいね!」

 自身も魔力に侵食されながら、ライムは笑った。その目は狂気に輝き、死神よりも暗い衝動が透けて見えていた。

 即死魔法(リーチイッパツ)

 魔族の中にも使い手の少ない高等魔法だ。


「う……ぬ……!」

「人間に寝かしつけてもらった哀れな魔王バブちゃん、地獄で永遠に恥じるといいでしょう! あなたを殺し、もう一度この集落を襲撃します! 今度は夜襲で住民血祭り皆殺しぃぃぃぃ!!!」

「……なるほど。俺とお前の間に魔術回路が出来上がった瞬間を狙い、死の魔力を俺に流し込んだか」

「え?」

「なかなか器用なことをするが……俺の命を奪うには全然足りんな」

「え? え?」

 俺はある程度その高等魔法を体験したことに満足すると、チラリと魔法陣に目を向けた。魔法陣は壊されておらず、先ほどと同じように完全な形で彼女の真下に存在している。

 やはり、俺の作った魔術回路に相乗りしただけで、乗っ取ったわけではないようだ。

 ならば難しいことは必要ない。このままスキルを続行すればいいだけだ。


「覚えておくがいい。即死攻撃が効くような雑魚は、そもそも魔王を名乗れん」

「きゃあああぁああぁぁああああああ!?!?!?!?」

 俺がさらに流し込んだ魔力が、ライムの肉体を蝕む。いや、俺の魔力だけではなかった。彼女自身が俺に注ぎ込んだ死の魔力が、俺の肉体を素通りしたかと思うと、再びライムの体に返っていったのだ。

 死の魔力と俺の魔力が混ざり合い、彼女の肉体の変異を加速させた!

さっそくブックマークや評価など、ありがとうございます。

次回もよろしくお願いいたします。



稲下竹刀のTwitter

https://twitter.com/kkk111porepore

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