23 モンムス王国異状なし
私はただの、武器屋の娘だった。
父が武器を作り、母が接客する。私は店内の掃除をしたり、表で客引きをしたり。一つの町に一軒はありそうな、普通の家だった。
普通の生活が変わったのは、あの人が現れてからだ。長い髪と高そうな鎧が印象的な女剣士が、私たちの家に立ち寄った。
リノワールと名乗った彼女は、カウンターに金貨のたくさん入った袋を置くと、店にある剣をすべて買い取りたいと言った。私も、父も母も驚いた。そんなお金持ちが来店したことはなかったし……そもそも、一度に剣をすべて購入しても、持ち歩くことなんてできやしないのに。
けれど、彼女は私たちの心配などまるで気にせぬ様子で、背負っていた袋に剣を放り込みはじめた。私は驚いた。片手で持てる程度の大きさであるにもかかわらず、20本以上あったはずの剣が、次から次へと袋に呑み込まれていったのだ。
それが、勇者だけが精霊からもらえる不思議な「袋」だということは、あとで知った。特殊な魔法がかかっているため、武具や道具をいくらでも詰め込むことができるというのだ。
――そんなにたくさんの剣、何に使うんですか。
――修行です。
勇者リノワールさんは、あっさりとそう答えた。実際に、リノワールさんは剣が次々に壊れてしまうほどに激しい修行をしているらしかった。二週間もしないうちにまた店を訪れ、父が新しく作った剣を買い占めた。
――ええ。魔物と戦っているんですよ、一日中。
どんな修行をしているのかと訊いた私に、リノワールさんはそう答えた。
――勇者スキル“努力の結晶”というものがありまして。私は魔物を倒せば倒すほど強くなるんです。
私は憧れた。小さな町で一生を終えるのが当たり前で、外の世界になんて興味もなかったのに。初めて「勇者」という存在と出会ったことで、私の心は変わっていった。
この人の役に立ちたいと思った。
だから父に頼んで、行商人から強力な武器を仕入れてもらった。次にリノワールさんが来たときに、喜んでもらえると思って。
そしてそれだけでは満足できず、私はある日、こっそりとリノワールさんのあとをつけた。その結果、道中で魔物に襲われて危うく死にかけたのだが……その際に、私は光の精霊の声を聞くこととなる。
――エテルナ。あなたには勇者の資格があります。
訳が分からないうちに、私は勇者スキル“奇跡の逆転劇”を発動。なんとか魔物を撃退することに成功した。
母は泣いていたし、父には散々怒鳴られた。
けれどどうでも良かった。リノワールさんと同じ「勇者」になれたことが何よりも嬉しかったから。
――リノワールさん……リノワール先輩?
少し照れくさかったけど、私はそう呼んでみた。先輩ははにかんだ。幸せな時間だった。
私の胸の中にある憧れ、尊敬の念は、やがて恋へと変わっていった。
でも、魔王との最終決戦に、私は連れて行ってもらえなかった。
“勇者スキル”がほんの少しだけ使えるとはいえ、私はとても弱かったから。先輩の足を引っ張ってはいけないと、私は故郷に残ることにした。
スキル“努力の結晶”により、先輩はすでに人間離れした力を得ていた。魔王だろうと邪神だろうと、今の先輩には敵わない――私はそう確信して、先輩を見送った。
先輩が勝って、人と魔の戦争が終わったら、私は先輩に結婚を申し込むつもりだった。
けれど、結果はご存じの通り。
勇者リノワールは魔王に敗れ、魔物に変えられてしまった。
――先輩、どうして……!
――あなたにもきっと分かってもらえると思います。
――分からない……分かりたくなんてないですよ……! 人間をやめて魔物になるなんて……!
――聞いてください。グラン様は……魔王グランドロフは人間が噂しているような非道な男ではないんです。ただ人間たちの手から魔物や魔族を守ろうとしているだけで……。
――許せない……!
――え……?
――先輩を魔物に変え、洗脳した魔王……グランドロフ! 絶対に許さない……!
勇者全員がすべての勇者スキルを会得できるわけではない。私は“努力の結晶”を使えるようにはならなかった。それが、勇者にとってもっとも重要なスキルであったにもかかわらず。その才能が、私にはなかった。
だから策を弄した。
“白夜の瞳”で洗脳した魔族たちを使って、デマを流し、反グランドロフ運動を盛り立てた。魔王追放を実現させたら、今度は奴隷商人を手駒として、魔王暗殺を試みた。それが失敗したら、盗賊どもを支配して攻勢をかけた。
私は弱いから、ありとあらゆる手を使うつもりだった。
でも、届かなかった。
私は敗れ、魔王に捕まって……今、納屋の中で縛られている。
魔王グランドロフの手の甲で、第三の目が光る。私が光の女神にもらったのと同種の力――“極夜の瞳”。私は全身が闇の魔力で包まれていくのを感じる。ぬるま湯の中のように心地よく、ずっと身をゆだねてしまいたいと思えるほどだった。魔王の力が私の体に入り込み、隅々にまで広がろうとする。
支配されたい。
魔王に忠誠を誓いたい。
そんな誘惑を、私は必死に振り払った。しかし、その間に現実は無慈悲に進行する。
背中がムズムズしたかと思うと、悪魔族特有の翼が生えた。続いて、角、尻尾が形成される。
私もアーティナと同じバフォメットにされるのかと思ったが……そうではなかった。着ていた鎧の面積が急激に小さくなり、きわどいビキニアーマーへと変化してしまった。膝上のブーツも、まるで太ももを強調しているかのようだった。
見る者を誘惑するかのような……いや、実際に誘惑する艶姿。
手近な女を押し倒し、めちゃくちゃにしたいという強烈な欲求を、私は抑え込まなくてはならなかった。気を抜くと心のすべてを、欲望が支配しそうになる。
信じたくなかったが。
私は、サキュバスに生まれ変わったのだ。
――――――――――
二代目勇者エテルナは、サキュバスに生まれ変わった。
衣装の露出度が格段に上がったほか、サキュバスらしい角、翼、そして尻尾。先ほどまでの勇猛果敢な剣士という雰囲気は消え去り、男女問わず虜にする、艶やかな妖女がそこにいた。
額には、俺の部下になったことを示す瞳の紋様――ただし、左半分だけで途切れている。ライムやフォルテ、ネイブルたちとはそこが異なっていた。
「はぁ……あぁん……」
「初めてだったが、どうやらうまくいったようだな」
俺はエテルナの肉体の変化を見届け、魔力の放出を止めた。彼女を縛っていた縄が炭化し、崩れて消える。
「グラン、また洗脳……じゃなかった、改心してもらったの?」
「いや、今回は違う。よく見るんだ、額の紋様が違うだろう」
「そうだね、半分しかない」
「肉体だけを支配したんだ。精神には手を加えていない」
「うぅ……よくも私の体を……!」
エテルナは頭の角に手をやり、続いて自身の尻尾に目を向けた。しばらく、わなわなと震えていたかと思うと、一気に立ち上がり、俺にとびかかってきた。
しかしながら。
「俺への攻撃を禁ずる」
「え……きゃあああぁぁああぁああああああん!?!?!?!?!?」
俺の命令と同時に、彼女の額から全身へと魔力の波が伝わった。エテルナは色っぽい嬌声を上げ、ビクンビクンと震えてその場に膝をつく。
「な、いったい何が……あぁぁ……」
「お前はもう俺の命令に逆らえん」
俺はエテルナの全身を正常に魔力が流れているのを確認しつつ、言った。
「精神を強引に変えてしまっては、また洗脳したとか言いがかりをつけられる。かといって何もせず放置すれば、また俺の命を狙うだろう。これが折衷案だ」
「うぅ……バカにしないでほしいな……このくらいの快感、耐えてみせる……!」
「無理するな。大人しくその場に正座していろ」
「ひゃぁああああぁあ……しゅごいぃぃぃぃ……」
エテルナは全身を支配する快楽に導かれるままに、あっさりと正座してしまった。
「ふふ、羨ましい。坊やの魔力をたっぷり浴びられて、気持ちよさそう」と、ルカルカは妖艶に微笑む。一方、アーティナは「えげつない……」とつぶやき、若干引いていた。
「一つ確認だ、エテルナよ。お前は初代勇者リノワールと結ばれたいのだったな」
「っ……、そうさ。いけないかい?」
「いけないとは言っていない。むしろ、俺はそれを後押しだってできるんだ」
「え……?」
「リノワールは現在、極夜王国の将軍になっている。国家の要職であり、他国の者がおいそれと会うことはできないが……我がモンムス王国を大きくしていけば、いずれ外交の場で会うこともできるだろう」
「そんな、実現できるかも分からない話……」
「実現はできる。世界最強の存在である魔王がここにいる以上、極夜王国もミディ聖国も、いずれ必ず我が国を軽視できなくなっていくだろう。お前も想い人と再会するならば、戦いの場ではなく平和の中で会いたいのではないか?」
「そ、それはたしかにそうかもしれないな……いや、本当にそうか……?」
エテルナは多少混乱している様子だった。
「グラン。極夜王国では、エテルナの魔力で操られた民衆が、キミに対する抗議の暴動を起こしたんだよね?」
「そうだ」
「なら、もう国に戻れるんじゃない? 命令すれば勇者の魔力の効果も消せるだろうし」
「エテルナとて、魔力で全国民を操ったわけではなかろう。民の一部分は、もともと俺に対する不満を持っていたのだ。おそらくエテルナはその火種を利用したに過ぎん」
俺はそう言うと、エテルナに目を向けた。彼女は目をそらしかけたが、結局ため息を吐いて、正直に答えた。抵抗は無駄だと悟ったのだろう。
「……まあ、そんなところだね」
「やはりな。帰国してうまく立ち回りさえすれば、もしかしたら玉座には戻れるかもしれない。しかし遅かれ早かれ、また追い落とされることになるだろう」
「そ、そっか」
「それに、モンムス王国の国民たちを見捨てるわけにはいかぬ。もちろん、今の極夜王国の政治家や国民たちからの強い要望があれば、2国の王を兼任することもやぶさかではないがな」
「変な自信だけはあるんだから……」
「自信? あるに決まっているだろう、俺は魔王だぞ」
俺は胸を張り、両腕を曲げてポーズをとった。魔王的なカッコよさを表現したつもりだったが、残念ながらアーティナには無視されてしまった。
「それよりエテルナの傷はもう平気なの? 一応、ライムが治癒魔法は使ってたけど……ずっと縛られてたわけだし」
そう言って、アーティナは正座しているエテルナのそばにしゃがみ込む。そして、さっきまで縛られていた腕に傷が残っていないか、確認しようとする。
そのとたん。
エテルナはあっという間にアーティナの腕をつかむと、そのまま押し倒してしまった。
「あっ!?」
不意討ちにより、目を白黒させるアーティナ。その上にのしかかり、エテルナは目をぎらつく欲望に染めていた。
「ハァ……ハァ……どうしたことだろう……我慢ができない……こんな美しい魔物娘を前にしてじっとしているなんて……私にはできない……!」
「ちょ、ちょっとグラン! 出ちゃってる! サキュバスの本能が出ちゃってるよ!」
「そのようだな。しかし、おかしいな。体を支配した際、我が国民に害をなす行為は実行できなくしたはずだが……」
不思議に思い、俺は首をひねった。目の前では、アーティナが今にも欲望に満ち満ちたサキュバスによって犠牲になろうとしている。
「害をなす行為じゃないから、かしら」
俺の疑問には、ルカルカが答えてくれた。
「口では嫌がっているけれど、実は喜んでるってことじゃない?」
「なるほど、そうか。たしかに嫌がっていればエテルナは止まるはずだ」
「そうかじゃないって! 助けてグランあああああああぁあああああああああ……!?!?!?」
エテルナのテクによって、アーティナは嬌声を上げる。あまり見ない方が良いと思い、俺とルカルカは退出ことにした。あとは若い2人に任せることとしよう。
俺がルカルカと並んで納屋を出ると、1人のフラワーゴーレムが待っていた。
「マスター」
「テレーゼ、もう大丈夫なのか?」
「はい、ご心配をおかけしました。マスターの注ぎ込んでくださった魔力のおかげで、修復が完了しました」
そう言って、テレーゼは腕をぶんぶんと振って見せた。彼女の頭には、白い花が活き活きと咲いていた。どうやら本当に完全復活できたようだ。
「魔王様! あれから、周囲に異状はないよ!」
空から虹色のアークハーピィ――フォルテの声が降ってきた。
「盗賊が全滅したってことは、その縄張りはアタシらが分捕っちゃっていいってことだろうね」
「なるほど、自動的に国土が広がったわけだな、それは朗報だ。だがとりあえず、お前たちは引き続き警戒を続けてくれ」
「はーい了解!」
フォルテは嬉しそうに翼を振り、巡回に戻っていく。彼女のみならず、ハーピィたちは元気に空を飛び回り、周囲を警戒してくれていた。
「はい、トーマスさん。めしあがれ」
「ありがとよ、ネイブル嬢ちゃん」
とある家の前では、ネイブルに渡されたコップを、トーマスが嬉しそうに受け取っていた。すでに戒厳令を解かれており、あちらこちらで、人々がホッとした様子で外に出て、アイアンメイデンたちが配るミルクを飲んでいる。無論、ミルクを生産したのはミノタウロス娘たちだ。
ライムはふわふわと空中を漂いながら、自身の体から出る青緑色の炎でホットミルクを作ろうと苦心していた。
「我が国は生まれたばかりだ。だが、なかなか良い国ではないか」
人と魔物娘が共存する理想郷のミニチュアが、この景色にあらわれているように思えた。俺はモンムス王国をさらに発展させることを決意した。
そして。
新たな魔物娘候補を見つけるべく、俺は今日も新たな一歩を踏み出すのだ。
「次の魔物娘は、お前だ」
ここでひとまず完結とします!
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
最後に、よろしければ評価(星1~5までの5段階)をつけていってください。
読者のみなさんのおかげで、いろいろな文章を書こうというモチベーションが高まっています。本当に感謝しています。
同時連載中の『全裸の郵便屋さん――脱ぐと最強になる能力を得たので冒険者やめて配達員として無双する』も、そろそろ区切りがつくと思います。
また別の作品もどんどん書いていきますので、来年もよろしくお願いします!
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