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22 エテルナの秘密――さよなら、復讐の連鎖

「リノワール将軍。やはりグランドロフ様は緩衝地帯に新たな拠点を構築中のようです」

「……そうですか」

 私は魔王城の一室で、机の上で指を組んでそう言いました。机の向こう側に立つのは私の部下――竜人の女性兵士です。


 私の執務室は、夕陽によって全体的にセピア色に染まりかけていました。火が入っていない暖炉も、無言で時を刻む柱時計も、グラン様の小さめの肖像画も。どこか物悲しく感じられました。


「緩衝地帯といえば、たしか目立った産業もなく、人口も少なかったはずですね?」

「はい、そのように聞いておりますが……。申し訳ありません、場所が場所なので、あまり多くの人員を派遣することもできず。情報が不足している状況です」

「いえ、それは仕方のないことです。緩衝地帯に兵を送れば、全面的な武力衝突は避けられません。引き続き慎重に動いてください」

「かしこまりました」


 私は壁にかけられた地図をチラリと見ました。緩衝地帯――極夜王国とミディ聖国の間に設けられた、どちらの国にも属さぬ非武装地域。

 王国と聖国は戦争中ですが、武力衝突は極めて限定的です。互いの身を削り合う総力戦は、勝利ではなく破滅をもたらします。それが分かっているからこそ、両国は近年、大規模な兵力を動かさずにきました。緩衝地帯が設けられているのも、偶発的な遭遇・戦闘を避けるためです。


「……分かりました。また何か分かったら報告してください」

「はっ。失礼します」

 竜人の兵士は、敬礼してから退出しました。彼女もかつては人間であり、グラン様に魔物娘に変えてもらった一人です。魔王が不在となった今でも王国に残り、課せられた使命を忠実に実行してくれています。


 ただ、その“王国”が存続するのも今日までです。

 極夜王国は、明日から「極夜連邦」として生まれ変わることになっているのですから。


 明日より、唯一の王が治める国は解体され、貴族の治める複数の領地が合わさって一つの国を形作ることとなります。魔王の去ったあと、国内で彼ほどのカリスマ性を発揮できる者がおらず、これ以上は王国としての形を保つことができなかったのです。


 権力は分散し、グラン様の帰ってくる玉座はなくなりました。

 この魔王城も、そのうち別の名で呼ばれるようになるのでしょう。

 そして、その事態を引き起こしたのが私の後輩勇者――エテルナ。


 私は椅子から立ち上がり、窓の外を見ました。グラン様が国外へ脱出されたあの日以降、民衆が抗議の行進をすることはなくなりました。しかし、平和になったのは見かけだけです。明日から領主たちの持つ権限が増大し、国内でどのような軋轢が生じるのか予想できません。


 不安と寂しさ、そして自責の念が私の胸に去来します。

 そして最も強く心にあるのは、グラン様への恋慕の情。


 ああ……。

 きっとグラン様は艱難辛苦に耐え、孤独に頑張っていらっしゃるのでしょう。私が後輩との関係をこじらせてしまったために、こんな状況に追い込まれて。

 丘に拠点を築いているということは、住む場所を見つけられたのでしょうか。しかし、あの方は料理ができないので、まともな食事がとれているかどうか心配です。お腹を空かせてはいないでしょうか。一人ぼっちで、心細い日々を過ごしているのではないでしょうか。

 あの方には、やはり私がいなければ。

 グラン様は、私がそばにいないとダメダメなのですから。


 今度、仕事を誰かに任せて、こっそり様子を見に行ってみましょうか。

 ええ、そうしましょう。悪い虫がついていないか、警戒する必要もありますから……。


――――――――――


「うむ。勝利のあとの一杯は美味い」

 俺は椅子に腰かけ、コップに注がれた乳を一気飲みして一息ついた。無論、ミノタウロス娘の乳である。おかげで減少した魔力がずいぶん回復した気がする。

 ミノタウロス娘のルカルカが、そばに座って微笑んだ。

「さっそく坊やの役に立ててよかったわ」

「うむ、礼を言うぞ」


 ここは、いつも牢屋代わりに使っている例の頑丈な納屋だった。勇者エテルナが倒れたあと、我が国に攻め込んできていた盗賊たちは次々に力尽き、(むくろ)となった。肉体の限界を超えて戦い続けた反動で、彼らは死後、灰となって散っていった。樹木から作られた人形どもも同様だ。


 戦争は我が国の勝利で幕を閉じた。

 怪我人はいたものの、犠牲は出ずに済んだ。盗賊たちはしぶといだけで、力自体は弱かったので助かった。

「……さて、待たせたな」

 俺は椅子に座ったまま、前方に目を向けた。一人の女が、柱に縛り付けられている。

 納屋にいるのは俺とルカルカ、アーティナ、そしてもう一人。柱に縛られた二代目勇者――エテルナである。


「ふふ、負けてしまったか、私は。よりにもよってリノワール先輩を洗脳した外道に」

 エテルナは自嘲的に言った。魔王に対する風評被害が甚だしかったので、俺はしっかり否定することにした。

「リノワールは自ら俺の魔力を受け入れた。お前が思っているように無理やり洗脳したわけではないぞ」

「自ら受け入れた? そんなわけがないだろう、あの先輩が魔物娘になろうなどと……人類の敵になろうなどと、一瞬たりとも考えるはずがない」

「それはお前が、リノワールを一面的にしか知らないからだ」

「口は慎みたまえ。君に先輩の何が分かる」

「そうか、リノワールはお前の想い人だったな。……ならばなおのこと、お前にも魔物娘になることを勧めよう。きっとリノワールの気持ちがよく分かるようになる」

「遠慮しておくよ。……といっても、どうせ私に拒否権はないのだろう? 情けないね、先輩を救うと豪語しておきながらこのザマさ」

 柱に縛られたまま、彼女は身をよじった。俺は意外に思った。先ほど国一つ丸ごと破壊しかねないほどの暴力を見せつけていた女とは、とても思えない大人しさだった。


「潔いな。そんな縄、引きちぎろうと思えばできるのではないか?」

「え?」

 彼女は一瞬、きょとんとした。そして慌てた様子で、軽く咳払いする。

「ま、まあね。私の手にかかればこんな拘束、抜けるのは簡単さ」

 エテルナはそう言うと、また身をよじった。てっきり、体勢を変えたかっただけかと思ったが……どうもそうではないらしかった。彼女は顔を赤くし、「ふんっ、ふんっ……!」と小声で気合いを入れている。どうやら、ばれないように拘束を脱しようとしているようだが……縄が切れる気配はまったくない。


 彼女は、やがて体から力を抜いた。

「……今はやめておくよ。なんだか調子が悪くてね」

「お前、実はかなり弱いのか?」

「そ、そんなわけないだろう!? 私は勇者なのだから!」

 エテルナはむきになって反論した。しかしその態度そのものが、俺の推測が正鵠を得ていることを物語っていた。


「ねえグラン、どういうこと? だってエテルナは、さっきまであんなに強かったじゃない」

「にわかには信じがたいが……もしかしたら、勇者スキル“友情パワー”で力を得なければ、並みの人間と同程度の強さなのではないか?」

「ええ!? そんなことあるの!? 勇者なのに!?」

「普通はないが……そう考えるとつじつまが合う。極夜王国でも俺に挑まず、民衆を扇動するという回りくどい方法をとったのは、それが理由ではないか?」

 もっと言うと、単身でモンムス王国内に侵入したときもそうだ。あのときエテルナは、不意討ちでテレーゼを傷つけたあとはすぐに逃げ出した。おそらく勇者スキルを使ってはいたのだろうが、数十人規模の人形までは用意していなかったのだ。ゆえにハーピィたちを蹴散らす自信がなく、逃げることを選んだ。


「そ、そんな話はどうでもいいだろう?」

 俺の思考は、エテルナの焦った声によって中断させられた。俺が顔を上げると、彼女は縛られているくせに偉そうに言った。

「と、とにかく、洗脳でもなんでもするといい。ただ、覚えておくといいよ。私が負けても次の勇者が君を倒しに来る。必ずね」

「なるほど。それも厄介だな」


 勇者がどのように誕生するか、俺もリノワールから少し話を聞いたことがある。光の精霊が才能ある若者を選び、加護を授けるのだという。ということは、今のままでは才能ある者が世界から枯渇しない限り、戦いは続くということになる。


「困ったものだ。しかも、この女を“改心”させたら、次の勇者の恨みを買う可能性もあるというわけか」

 そうなったら、和解も難しい。

 戦いをやめるように、エテルナに説得してもらえれば話が早いのだが……。俺の魔力で“改心”した女の言葉は、おそらく聴いてもらえないだろう。


 どうしたものかと、俺は考えた。新たな恨みを買わない方法が――復讐の連鎖を断ち切る方法がないものか、知恵を絞った。

 そして一つ、思いついた。

「……よし。ならば少しやり方を変えるか」

 俺はさっそく、右目を右手で隠した。“極夜の瞳”が発動する。二代目勇者の体を作り替えるべく、魔力を放つ――。

今日も読んでくださり、ありがとうございます!

次回で区切りがつく予定です!



稲下竹刀のTwitter

https://twitter.com/kkk111porepore

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