21 勇者と魔王、その一つの決着
「私は君を倒し、先輩と結婚する。そのためにここに来た!」
剣を振りかざす勇者エテルナは、人を食ったような先ほどの人物とはもはや別人のようだった。気迫。殺気。触れただけで切り刻まれそうなほどの恐るべき威圧感をその身にまとい、突進してきたのだ。
「勇者スキル! “友情パワー”!」
エテルナが叫ぶと、剣はさらに光り輝く。樹木の人形どもが傷ついたことで、さらにパワーアップしたか。俺はとっさに後ろに跳躍した。俺の鼻から紙一重のところを切っ先が通過。そのまま真下へと振り下ろされた。
ズドンッ
衝撃が地面に伝わり、破壊された石や土が飛び散る。マンドラゴラ娘のベルジーヌはあおりを受けておびえ、とうとう茎と葉っぱまで土の中へと隠れてしまった。
「グラン! 大丈夫!?」
「問題ない。アーティナはそのデク人形どもを相手していろ」
俺は着地してそう答えると、左の手刀に魔力を集めた。だが、あの剣を受け止めようとすれば、先ほどのように切断されるだけである。
(ならば、今のように紙一重でかわせばよい。敵が体勢を崩したところへ反撃。奴の力はまだ俺に及ばん)
即座にそう判断すると、俺は次の一撃を回避するために神経を集中した。再び剣を振りかぶった勇者は、目に敵意をみなぎらせ、空中に鮮やかな光の軌跡を描いて攻めてくる。
第二撃を、俺は右に跳んでかわした。エテルナの姿勢は崩れ、左半身に隙が生まれる。
「隙ありだ!」
「くっ……! 勇者スキル! “奇跡の逆転劇”!」
「なに!?」
俺が手刀を繰り出した瞬間、勇者エテルナの体が光り輝いた。俺の手刀が――確実にクリーンヒットするはずだった最強の武器が、空を切った。
まだ勇者スキルを隠していたのか……!
俺は空振りしたあと一回転し、その勢いを殺さずに跳躍。エテルナとの距離を取った。そして、一瞬前に目に映ったエテルナの動きを脳内に描き出す。
彼女は無防備に見えた。腕も脚も、即座には次の動作に入れないはずだった。それなのに彼女は、足首を伸ばすという小さな動きだけで体をはじき、回避行動をとってみせた。
「人間の限界を超えた動き……。そうか、リノワールと戦ったときにもあったな」
俺は、かつて戦った初代勇者のことを思い出した。
「勇者は追い詰められ、ボロボロになったとき、しばしばそれまでの苦戦が嘘だったかのように強くなり、超人的な力によって逆転勝利を収める」
そう、リノワールも俺との戦いにおいて、武器は折れ、魔力も底を尽き、もはやなすすべなしという状況に追い込まれた。しかし、なぜかそこから身体能力が急激に向上。俺の心胆を寒からしめたのだ。
今のエテルナもそれだ。
原理は分からないが、勇者は負けそうになると強くなる。魔王からすると理不尽なほどに、強くなる。
エテルナは剣を中段に構え、次の一撃のタイミングをはかり……思い切り地を蹴った。先ほどに倍する速度での突進。そして高速の突き。
「ぬう……!」
俺は回避が間に合わず、魔力をこめた左手を盾とし、その突きを受けた。腕に剣が突き刺さり、血しぶきが飛び散る。俺は前蹴りで反撃を試みたが……そのときにはすでに、エテルナは間合いの外へと撤退していた。
速すぎる。あまりにも。
俺はチラリとアーティナを見た。彼女は相変わらず、樹木の化け物どもを相手に戦っているが、幸い負けそうには見えない。敵がタフだから勝負はついていないだけで、放っておいても大丈夫だろう。
左腕の傷口から青緑色の炎が噴き出て、出血が止まる。だが、いつまでもこの再生能力に頼るわけにはいかない。敵の力は増していくのに、俺の魔力は減る一方だ。いつかは均衡が崩れ、俺は致命の一撃をもらうだろう。
(敵の動きが速すぎる。俺の手刀では確実に反応され、かわされるだろう)
俺は左手を握り、開き、考える。
(だが、できることはある。俺にもまだ、使っていないスキルがある)
俺は覚悟を決めた。左の手刀に魔力をこめ、勇者エテルナに向かって一息に駆ける。エテルナは剣を真っ直ぐに俺に向け、俺が手刀を繰り出す瞬間を待っている。
「……今だ!」
俺は素早く、右手で右目を隠した。“極夜の瞳”が発動し、紫の魔力がエテルナに絡みつこうとする。無論、成功するはずがない。勇者を魔物娘化するにはまず無力化する必要があるのだから。
勇者は剣を振るい、俺の魔力を振り払った。
そこには一瞬の隙が生じた。
俺は左手を突き出し、もう一つの魔法を発動させる。
「暗黒魔法(仮)!」
魔王スキル“王の暴虐”によって我が物とした、アーティナの魔法だ。「かっこかり」まで詠唱した瞬間、闇の魔力が手のひらに集まる。
「甘い! この程度の小細工、今の私には通じない!」
エテルナが素早く身をかわし、俺の右側面に跳んだ。俺の魔法はすでに発射直前であり、今さら方向を変えることはできない。勇者の剣が、がら空きになった俺の肉体を両断せんと迫る!
ズドンッ!!
「うわあああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
だが、俺の体が両断されて臓物がまき散らされることはなかった。魔王のひらきが出来上がる代わりに、俺に向かって突進していたエテルナの足元が、突然爆発したのだ。
もちろん、土が何の理由もなく爆発することはない。
俺の手のひらから放たれた「暗黒魔法(仮)」――複数の暗黒の弾丸のうちの一発が、地面へと着弾したのである。そう、正面に突き出していたはずの手のひらから、あるいは空へ、あるいは俺の背後へと、一瞬にしていろいろな方向へ飛んだ魔力弾――そのうちの一発である。
「な、なぜそんな角度で魔法が……!?」
「さあな。俺にも分からない」
アーティナの魔法の練習を見物したときのことを思い出しながら、俺は言った。池の真ん中を狙ったはずの魔法が、なぜか俺を直撃した――あの日のことを。
「この魔法は術者でさえどこに飛ぶか分からぬ。だからお前は軌道が読めず、かわせなかった」
俺は素早く勇者に向き直り、左の拳を軽く引いた。勇者は爆発によって空中に投げ出されている。いかなる強靭な脚力も、空中では完全に無力である。
俺の左拳が巨大化する。
そして振り抜かれる。
空中の勇者を一撃のもとに粉砕するために。
「テレーゼの痛みを、そのまま返すぞ」
ドゴンッ
「ぎゃあああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
ゴーレムの左拳を受けて、エテルナは吹き飛んだ。回転しながら木に激突し、幹や枝を粉微塵にしながらまだ飛んでいく。何本も何本も木をへし折ってから、彼女はようやく地面を転がった。
俺を中心に、あたり一面に紫色の美しい花が咲き乱れる。勇者が作り出した樹木の人形も花で覆われたかと思うと、ミシミシときしんだ音を立て、やがて動きを止めた。
へし折れた木々の先で、エテルナが痙攣し……間もなく動かなくなった。
「覚えておけ。これが真の絆の力だ」
左拳が元の大きさに戻っていく。
アーティナが俺に駆け寄り、勢いよく抱きついてきた。
寒いのでこたつで小説を読んだり書いたりしてます。
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