17 邪悪なる勇者
ぼろ雑巾のようだった盗賊たちの肉体が再生していく。
彼らの額で、白い紋様が強く輝いた。
「こいつら、復活するよ! ハーピィにやられた奴らも!」
アーティナが指さす先を見ると、たしかにハーピィに切り裂かれて柵の付近に倒れた者たちも、何事もなかったかのようにむくりと体を起こした。傷が瞬く間にふさがり、剣を拾ってまた向かってくる。ハーピィが空から攻撃し、ゴーレムが柵のところで迎え撃つ。
丘の下からは、蘇った者たちが再び駆け上がってきた。しかし、結果は同じだ。また返り討ちにされるだけである。
「肉体に強力な再生能力が付与されているようだな。だが、他の能力は変わっていない」
俺は柵の内側に立ち、再生してはやられ、また再生してはやられ……と繰り返している盗賊たちを観察した。
「まさか、あれで突破できるとは思っていないだろう。……となると時間稼ぎか」
「時間稼ぎ……。本命は別の登り口ってこと?」
「そうかもしれん」
そう答えたものの、俺には確信がなかった。そして実際に、その推測は外れていたことがすぐに明らかになった。
「魔王様!」
空から声が降ってきたかと思うと、その直後、1人のハーピィが舞い降りてきた。虹色の翼を持つアークハーピィ――フォルテであった。
「魔王様! どの方面でもあたしら魔王軍が押してるよ!」
フォルテは元気よく着地した。そして、ちょっと面白くなさそうに口をとがらせる。
「ただ、あいつらしぶとくてね。弱っちいくせに何度も何度も再生するのさ」
「ふむ、他の方面でも同じ状況なのか」
「え、ってことはこの正門でもそうなのかい? 盗賊どもが何度も蘇る?」
「そうだ。いったい敵の目的はなんなんだろうな」
俺は腕組みし、ゴーレム娘たちの肩越しに敵の様子を眺めた。盗賊たちは相変わらず無策のまま突撃してきて、ゴーレムの投石攻撃や、ハーピィの滑空攻撃によって叩きのめされている。たしかに再生能力がある限り長期戦は避けられないが……普通に考えたら、再生に使う魔力の方が先に枯渇する……。
(……ん、待てよ? 魔力……魔力の流れが妙だな)
俺はゾンビのように迫る盗賊たちを観察する中で、“そのこと”に気がついた。肉眼では分かりにくいが、空気中によく意識を集中すると、妙な方向に魔力が流れているのをわずかに肌で感じ取ることができた。
盗賊たちが傷つき、倒れるたびに、体から魔力が放出されている。もともと体内にあったものではなく、どうも傷ついたことで新たに生成されたもののようだ。糸のように細いその魔力は、互いに絡み合い、モンムス王国内へと伸びている。俺やゴーレム娘たちの頭上を越えて、国の西側へ。畑があるあたり……いや、もっと奥だ。
「……なるほど、そういうことか」
俺は潰され、切り裂かれ、跳ね返される盗賊の方にはもはや目を向けず、王国内のみを注視していた。この魔力が向かう先は……おそらく、雑草だらけの荒れ地がある方だ。
「そちらがその気なら……面白い」
「え!? え!? グラン、どういうこと!?」
「アーティナ、ついてこい!」
「ちょっと!? 全然話が見えてこないよ!」
「他の者たちは自分の任務に集中しろ!」
俺はそう言い残すと、アーティナを連れて駆け出した。ゴーレム娘は引き続き岩を投げたり、柵を乗り越えようとした盗賊を殴ったり。フォルテはまた伝令に戻り、他のハーピィは滑空攻撃を続行する。
家々や畑の間を、俺は走る。チラリと空に目を向けると、寄り集まって太くなった魔力の流れを見て取ることができた。一本だけではない。南の正門からのみならず、他の方角からも魔力が王国内へと伸びてきている。
「ふむ。うねうねと、まるで触手のようだな。あれだけ太くなればお前にも見えるのではないか、アーティナ」
「ホ、ホントだ……何かが空に……! 何なのあれ……?」
「俺は以前、初代勇者と戦ったことがあってな。奴らは普通の人間では決して身につけられない邪悪なる技をいくつも持っていた。これもおそらく、その邪法の一つだろう」
「邪法!? 勇者が!?」
走りながら、アーティナは困惑顔をする。元人間にとってはショックの大きな話なのかもしれない。まったく、勇者が正義で魔王が邪悪だなどと、そんな物語を誰が広めたのだか。
俺たちは上空の魔力の流れをたどって、王国の奥へと駆け抜けた。幸い、国民たちは戒厳令を守ってくれているようで、外を出歩いている者は誰もいなかった。
やがて俺とアーティナは、丘の西側にある空き地に辿り着いた。持ち主が死んでから放置されており、雑草だらけになってしまっている、例の場所である。
その空き地の中で、土が少し盛り上がって高くなった場所に。一人の女が立っていた。
俺とアーティナは立ち止まった。
「……勇者スキル“友情パワー”。味方が傷つけば傷つくほど力が増す」
俺は空き地に立つ女に対し、言った。彼女は俺に背を向けたまま両腕を広げている。四方から集まってくる魔力は、彼女の体にどんどん吸収されていた。
「やはりお前も持っていたか、この非道なる能力を」
「非道なんて言わなくてもいいじゃないか。仲間との絆を感じる、素晴らしい能力だろう?」
彼女はそう言うと、ゆっくりとこちらを振り返った。聖なる光をほのかにまとう、美しい銀色の鎧をまとった、ポニーテールの女だった。燃えるような赤髪、そして銀色の右目と青い左目とを持っている。
「初めまして、私はエテルナ。光の精霊の祝福を受けた勇者さ」
「そうか。俺はグランドロフ。このモンムス王国の王だ」
「知ってるよ。君を殺すためにわざわざこんな田舎まで来たんだからね」
「極夜王国での暴動は、お前が引き起こしたものだな。盗賊どもを操っているのと同じ力を使ったか」
「私は少し背中を押しただけだよ。あまり人聞きの悪いことを言わないでほしいね」
エテルナは肩をすくめた。
これが二代目勇者――エテルナか。こうして会うのは初めてだが……なるほど、充実した気力と魔力が体にみなぎっている。腰に帯びている剣も相当な業物であろうと察することができた。
「しかし意外だな。もっと卑劣な作戦を用いるかと思ったが……黙って俺を待っているとは」
「住民を人質にするとかかい? やめておくよ。一人で人質なんかとったら、そのまま身動きがとれなくなってしまうからね、有効な手段とは思えない」
「ふむ。しかし人間を使い捨てること自体はためらわない、と」
「当たり前だろう?」
エテルナは首を傾げた。それの何が悪いと、彼女の銀と青の目が俺に問いかけてくる。
「君もそうじゃないのかい? 国民を守るためならそれ以外の者たちを平気で死なせる」
「王として、そのような判断を下すことも時には必要だ」
「ならば一緒だよ。君も私も。他を犠牲にしてでも目的を達成したい――それだけさ」
「いいや、同じではない」
俺はアーティナをかばう形で前に進み出た。風が吹き、ひりつく空気をかき乱していく。
「俺は国民に望まれて王になった。国家元首として正当なる権利を有している」
「へえ、望んで魔族を王にしたのかい? おかしな人たちだね」
「一方で、お前はただ光の精霊に選ばれただけ。民の支持を受けていないのだから王ではない」
「関係ないだろう、王かどうかなんて」
「大ありだ。俺が権力をふるい、民の運命を左右できるのは、王だからだ。その責任を背負うに値すると皆が認めてくれたからだ。一方で、お前は力によって強引に他者の運命を握ろうとしている。いわば僭主にすぎない」
俺の視線とエテルナの視線が、空中で衝突する。互いに譲れないものがある。しかし俺は、あえて言葉をつづけた。
「王と僭主の最大の違い。それは、前者が国民の利益を求めるのに対し、後者は自身の利益を追い求めることだ。俺とお前の差もそこにある」
「噂通り、やたら理屈っぽい魔王みたいだね、君は」
エテルナはうんざりしたように言った。彼女は剣の柄に、ゆっくりと手をかける。
「まあいいさ。どうせ殺すことに変わりはない」
問答はそこまでだった。互いに言葉で納得することはできなかった。あとに残る解決法は、力だけだ。ただ、敵は俺に一対一の勝負を挑む構えである。民を人質にされそうになったときのためにアーティナを連れてきたが……その必要はなかったようだ。
「アーティナ、お前は離れていろ」
「ボクも手伝わなくていいの?」
「俺一人で勝てそうになかったら頼むかもしれんが……そんな状況にはならないだろう」
「すごい自信だね」
「ああ。俺は魔王だからな」
そう言って、俺はアーティナを下がらせた。
強がりではなかった。俺は実際に強い。世界一強い。
なぜなら、俺は魔王だからだ。
「かつて初代勇者は俺に敗れ、魔物娘に生まれ変わった。お前も同じ道を辿るだろう」
「せっかくだけどお断りだよ。私は君の首を持って聖国に帰る。魔族の時代はそれでおしまい」
俺とエテルナは、同時に地を蹴った。
一瞬の半分にも満たぬ時間ののち、魔力を帯びた俺の手刀と、勇者の剣が激突する。
勇者と魔王の決闘が始まった!
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