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1 瀕死のボクっ娘と出会ったので、とりあえず魔物娘に変えることにした

「魔王様。まことに申し上げにくいのですが……この城から脱出していただくほかないようです」

「すぐにか?」

「はい、すぐにです」

「風呂に入る時間は?」

「ありません」

「コーヒー牛乳を飲む余裕は?」

「ありません」

「……そうか、残念だ」

 魔王城、俺の私室にて。女将軍リノワールに言われて、俺はぽつりとつぶやいた。俺は彼女に背を向け、窓の外を見ている。月は出ていないが、外は異様な明るさで満ち満ちていた。民衆の掲げる松明が、魔王城の堀の向こうで揺れている。

 どう見ても祝福の灯りではない。民衆は俺を城から引きずり出し、素っ裸にして鞭で打ち、焼けた鉄板の上で土下座させたいと願っているようだ。その上で、身動きできない俺の前にこれ見よがしに肉を並べ、非道なるヤキニク拷問を実行したいと願っているようだ。

 離れたこの部屋からも、敵意が肌で感じ取れる。


「大臣たちは、つい先ほど『魔王グランドロフ国外追放法』『魔王グランドロフ全財産没収法』『魔王グランドロフ黒歴史暴露法』を可決しました」

「……ひねりのないネーミングだな」

「申し訳ありません。私には止めることができず……」

「いや、かまわない。追放案が否決されたところで、今度は民衆が一気に押し寄せるだけだ。どのみち、もうこの城に……この国に俺の居場所はない」

 そう言って、俺は室内を振り返った。リノワール将軍はドアのそばに、姿勢を正して立っている。彼女は黒い尻尾と、立派な角とを持つ竜人である。軍服は特別製で、尻尾と翼を出すための穴があいている。彼女の額には俺の配下の証である、瞳のような形をした紫色の紋様が刻まれていた。


「この城ともお別れか。玉座の間でお前と命の取り合いをした日から何年経ったか。ずいぶん懐かしく感じられるな。今回の勇者は、かつてのお前とはずいぶん違うタイプのようだ」

「魔王様……申し訳ありません」

「なんだ、お前が謝ることではないだろう」

 俺は笑って、もう一度窓の外に目を向けた。松明を掲げているのはみな魔族――つまり我が国の民たちだ。そこに勇者の姿はない。敵はこの場に現れることなく、こうも俺を追い詰めている。


 リノワール将軍は、かつて勇者と呼ばれていた。そう、彼女は初代勇者として、魔王城に攻め入って俺との一騎打ちを行った。そして敗北した。

「くっ……殺せ!」と言っていたが、俺は勇者リノワールを殺さなかった。代わりに、俺は彼女に魔力を注ぎ込んだ。俺の魔力で魔物娘に変わった彼女は、非道なる人間どもの尖兵として使い捨てられる運命を嫌い、俺に忠誠を誓った。以来、将軍として何年も俺を支えてくれた。


 時が経ち、人間の国であるミディ聖国に再び勇者が現れた。その二代目勇者が俺を討ちに来るものと思って、万全の備えをしていたつもりだったが……結果はご覧のありさまだ。二代目勇者は攻めてこなかった。代わりに、卑劣なる情報操作によって世論を乱し、民を煽動し、ついには俺を魔王の地位から追い落とした。


 なんたる外道。

 いや、二代目勇者ばかりを責めることもできないのかもしれない。おそらく魔族の中には、俺に対して不満を持つ者たちがもともといたのだ。そうでなければ、言葉で煽動したくらいで民の心が動くはずがない。

 きっと遅かれ早かれ、俺は決断を迫られていたことだろう。


「……これも定めか」

「私もお供いたします」

「ダメだ。お前は残れ」

「魔王様。かつて私は人間の勇者として非道な行いをしてきました。魔族や魔物を無差別に殺戮し、その死体から素材を集めて大儲けし……血に汚れた金で道具や装備を買い集めたのです。タンスや宝箱から盗んできた貴重品を転売したこともあります。魔王様の手で魔物娘に変えていただき、目を覚ますことができました。あのとき魂に注ぎ込んでいただいた闇の魔力のおかげで、今の私があるのです。その恩を返すために、この命をあなた様に捧げます」

「いいや、お前はこの国に必要な人材だ。大臣たちの中にも内通者がいるやもしれぬが……お前がいれば好き放題はできないだろう。あとは頼む」

「グラン様……!」

「さらばだ、リノワール。この俺を支え続けてくれたこと、感謝している」


 こうして俺は、闇に乗じて魔王城から脱出した。足手まといになるので、護衛はつけなかった。馬も、自分で走った方が速いので使わなかった。

 魔王である俺がいなくなれば、魔王城は何と呼ばれるようになるのだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺は城の裏手の森を駆け抜けた。




「さて……だいぶ走ったな」

 森を抜け、川を越え、山を3つ越え、また森を越えたあたりで、俺は立ち止った。そこは小高い丘の斜面であり、やわらかい草が陽の光を受けて揺れていた。

 もう2日間ほどは走り続けていたものだから、さすがの俺でも疲れてきた。背嚢を地面におろし、草の上に寝転がる。

「これからどうしたものか。魔族の国には戻れないが……まさか人間の国に行くわけにもいかない」

 俺は両手両足を広げ、青空を見上げた。刷毛ではいたような美しい雲を背景に、小鳥たちが元気に飛んでいく。


 俺は普通の魔族と同様、人間にはない角と、人間よりも大きな耳を持っている。そのため、人間の中に紛れて暮らすことは難しい。かといって、赤色の右目と金色の左目という特徴もあるため、魔族の中にいても目立ってしまう。おまけに生まれてから三十年弱、ひっそりと暮らそうなどと考えたことがないため、そのやり方も分からない。

「とりあえず何か仕事を探さねば。……しかし世間では、職歴というものがないと仕事に困ると聞いたことがある。『魔王』は職歴に入るのだろうか……」

 俺はつぶやき、天に右手をかざした。手のひらにあたたかな陽射しが降りそそぐ。右手の甲にある第三の目は、今は固く閉じられていた。


 魔族の国――極夜王国の中心部には昼が来ない。つまり空に太陽が高く昇っているということは、俺はすでに国外に出たか、そうでなくとも国境付近には来ているはずだ。

 おそらく、魔族の極夜王国にも人間のミディ聖国にも属さぬ緩衝地帯が近くにある。まずはそこを目指すべきだろうか。


 俺は上体を起こし、背嚢を開いた。しかし、リノワール将軍が作ってくれた地獄バッタの佃煮は、すでに食べ尽くしてしまっていた。とたんに、腹が盛大な音を立てる。

「う~む……これからは食事も自分で用意せねばならないんだったな。鳥でもとって食べるか」

 俺はぼんやりとそうつぶやいた。

 そして鳥の声を聞こうと耳を澄まし……眉をひそめた。


「……ん?」

 遠くから、何者かの声が聞こえた気がした。いや、ただの声ではない。悲鳴……そう、これは悲鳴だ。恐怖を感じ、死を逃れようと死に物狂いになるときに発する叫び声。それがいくつも重なり、混ざり、風に乗って俺の耳に届いた。


(いくさ)か……?」

 俺は立ち上がって背嚢を負うと、声の方へ――丘の上に向かって駆けだした。すぐに、木々の密集した林にぶつかったので、枝に跳び乗り、木から木へと渡っていった。

 そして間もなく、悲鳴の正体に辿り着いた。

「戦……とは呼べないな。一方的だ」

 太い枝の上に立ち、争いを一目見た俺はそう結論付けた。


 そこで戦っていたのは、魔族ではなく人間たちであった。丘の頂上付近には簡素な木の家が並ぶ集落があり、その家々や畑を守ろうと、粗末な身なりの男たちがクワなどの農具を武器として振るっている。

 そして、集落に攻め込んでいるのは剣や槍、弓を手にした女たちだった。しかし、集落を守る男たちと比して、明らかに戦慣れしているように感じられる。素人ではない。このような襲撃を何度も繰り返してきたことが見て取れた。


「なるほど、あの女たちは盗賊か。そして集落の男たちには勝つ気がない。家族を逃がすための時間稼ぎが目的だな」

 その証拠に、男たちは少し戦っては後退、を繰り返している。おそらくすでに女子どもや老人は、木々の中を走って逃げたあとなのだろう。あの男どもも機を見て集落を捨て、退散するはずだ。


 集落を丸ごと盗賊に奪われる。

 よくある話だ。特に注目すべきことではないし、どちらかに加担する理由もない。

 そう思って、俺はこの惨状に背を向けて立ち去ろうとした。

 しかしながら。


「……おや?」

 俺は、自分が今立っている枝の真下に――木の根元あたりに目を向け、驚いた。一人の女が這いつくばり、集落から逃げようとして草の中でもがいているのである。

「う……く……」

 女はうめき声を上げ、震える体で前進しようとするが、かなわない。彼女が這ったあとには血の道ができており、それが集落からこの木の根元にまで続いていた。


 俺は枝から飛び降り、地面にひらりと着地した。地を這う女は目を見開き、かすれた声を上げる。

「な、なに……魔族……? キミは……?」

「俺は魔王グランドロフ。人間の女よ、そこで何をしているんだ?」

「グランドロフ……? 何って……見れば分かるでしょ……ゴホッ、ゲホッ……」

 女は咳き込み、血を吐いた。魔族を見ても恐れないのは、それどころではないからだろう。実際、彼女の腹には矢が突き刺さっており、この傷のせいで動けないのだと分かった。彼女の顔は白く、今にも命の灯が尽きようとしているのが見て取れる。つい忘れてしまいがちだが……人間というのは、この程度の傷でも死んでしまうのだ。

 幸い、この場所は木々の陰になっているため、盗賊たちから見えていないようである。


「治療せねば手遅れになるぞ。……よし、俺が担いでやろう。集落の者たちはどっちに逃げた? 回復魔法の使い手と合流するんだ」

「い、いないよ……回復魔法ができる人なんて……」

「なに、いない? 集落に一人もいないのか」

 俺は驚いた。回復魔法は、魔族や人間が群れて暮らすために最も重要な要素だと思っていたが……ここはそれほど小さく、不安定な集落だったということか。

「ではどうするつもりなんだ」

「…………」

「まさか、何もせずに死を待つつもりか?」

 俺の問いかけに対し、女は沈黙した。木々の向こうでは、家々を守っていた男たちがまた後退し、その分、女盗賊たちが武器を手に手に前進した。


 間もなくこの集落は完全に陥落する。

 だが、それとは関係なくこの女は死ぬ。

 集落がどうなろうと、この女の魂が死神の餌食となるのは避けられない。


「うぅ……ボクは死にたくない……こんなところで……!」

 女は絞り出すような声で言った。土に汚れた頬を涙が一筋、流れていく。

 そう、この女は死ぬ。人間のままであれば確実に死ぬ。

 では、人間でなくなればどうだろう?

「生き延びたいか。ならば俺がなんとかしてやろう」

「え……魔族のキミが……? どういう風の吹き回し……?」

「お前たち人間だって、怪我人がいたら助けたくなるだろう? それと同じだ。ミディ聖国とは戦争中だが、あくまでも政治的に対立しているからにすぎん。別に人間に対して個人的な恨みがあるわけではない」

 それに、今の俺はもう極夜王国の王ではない。しがらみなど気にすることなく、心の赴くままに行動することができるのだ。


「女よ。名は何という?」

「アーティナ……」

「アーティナ。生きたければ“魔の洗礼”を受けるがいい」

「ま、魔の洗礼……?」

 女はその不穏な響きに一瞬ひるんだ様子だったが……生への渇望には抗いがたかったようだ。震える声で問う。人の道の外へ、足を踏み出す。

「そ、それを受ければ助かるの……?」

「ああ。今よりも強靭な肉体を得られるわけだからな」

「だったら……受ける……ボクにそれを……魔の洗礼を……」

「分かった」

 俺はうなずき、彼女のそばにしゃがみ込んだ。そしてゆっくりと、右手のひらで自身の右目を隠す。


 次の瞬間。

 右手の甲で閉じられていた第三の目が開かれて、銀色に輝く“極夜の瞳”があらわになった。金色である左目と合わさり、禁断の魔法が発動する。

 紫色の光がアーティナの体を包み込んだかと思うと、闇の魔力が体内へと一気に流入した!


「え……これは……あ……何か入ってくる……ううう!?」

 アーティナは苦悶の声を上げた。これは必要な苦痛だ。人間の脆弱な肉体を捨て、魔の力を得るために通るべき茨の道だ。

 草の上に倒れた彼女の体が痙攣する。腹に刺さっていた矢が炭化したように真っ黒になり、ボロボロと崩れていく。傷はあっという間にふさがってしまった。紫色の魔力は彼女の体内を巡り、全身を侵食していく。

「な……なにこれぇ……ボクの体……熱い……何か……もっと欲しい……もっと……!」

「少しの辛抱だ」

「辛抱って……あ……なんか変だよ……すごい力が……湧き上がって……くるぅ……!」

 アーティナはのたうち、仰向けになり、天を仰いだ。そのときには、すでに肉体の変化が始まっていた。


 先ほど矢が消え去ったときのように、今度は彼女の粗末な靴がボロボロと崩れ去った。その下からあらわれたのは、山羊のような蹄を持つ脚である。純白の毛に覆われたその脚は、漆黒のズボンとのコントラストによって鮮やかに映えた。

 また、上半身にも純白の毛が生え、素肌を覆い隠す。胸部を守る簡易的な鎧以外、上半身の衣服は消え去ってしまった。腕も白い毛で覆われたが、手首から先は漆黒で、そこから鋭い爪が生えている。

「ぁん……くる……何かきちゃうぅん……イヤ……ダメなのに……抑えられないぃ……」

 彼女が悩ましい喘ぎ声を上げると、背中から細長い尻尾と、悪魔の翼が生えてきた。そこにはすでに苦痛の色はなく、人ならざる者へ――より上位の存在へと変わっていく悦びと快感のみがあった。

 最後の仕上げに、頭部から牡山羊のような角が生えると……彼女の変異は完了した。


「ハァ……ハァ……ぁぁ…………いぃ……すっごく気持ちぃぃ……」

 呼吸を乱す彼女の両目は、幸福に染まり切っていた。

 彼女は上級悪魔――バフォメットに生まれ変わったのだ。

 それは決して後戻りできない、決定的な変質だった。

今日から連載を始めました、ヒロインたちを魔物娘化しまくる小説です!

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稲下竹刀のTwitter

https://twitter.com/kkk111porepore

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