三話「始まり」
遅れて申し訳ないです
「…い……ょうぶ……か!」
「だい…じょ……か!」
「おい!」
ぼんやりと男の顔が見える。
男は僕の体をこれほどかというくらいに揺らす。
僕は、男に何か返事をしようとして、口を開けるが声が出なかった。苦しい。
「わかった、返事しなくていい。安全なところに連れ出してやるから踏ん張れ!」
そう男が告げると、僕を逞しい腕で運んだ。急いでいて走っているせいか、すごく振動を感じる。
男に運ばれしばらく経った。光が差し込んでくる。目が痛い。たまらず僕は目を閉じる。男は気遣ったのか、僕に目の上に何かを被せた。
「おそらくこれで最後の生存者です!」
「……大人でも飽き足らず、少年少女までも手を出すとは。もはや教会は神の名を騙った悪魔ね」
誰かが僕を撫でた。撫でている手には、安心感を覚える。心地いい。
「僕ちゃん、もう大丈夫だからね」
女性の声だった。その声は少し掠れていて、勇ましかった声だったけど、その奥には優しさを感じた。
「引き上げるぞ!」
***
目を開けると、天井が見えた。背中にはふっくらとした感触を感じる。ここがどこなのか、辺りをふと見渡すと寝床がズラっと並んでおり、人がいたり、いなかったりする。静かな空気と殺風景な部屋にはもう懲り懲りで、目を閉じて眠ることにした。
でも、眠れなかった。いや、眠ることができなかったのだ。なぜなら誰かが僕を揺らしていたからだ。頭が痛い。やめて欲しいと伝えるため、目を開いた。
僕を揺らしていたのは、青い瞳をした黒髪の少女だった。
「やっと起きた」
「………?」
「キミ、名前は?」
「僕は───」
僕は誰だ?思い出そうとしても、頭に気分の悪いモヤがかかって思い出せない。
「どうしたの?そんな酷い顔して」
「名前が………思い出せない」
少女は困った顔をした。なにか声をかけようとしているのか、口を閉じたり開いたりしている。
「じゃあ、名前を思い出すまであだ名でも作らない?」
「うん」
「キミの髪が雪みたいにキレイだから、ユキなんてどうかな?」
「いいんじゃないか?」
「じゃあユキ、よろしくね!」
「よろしく」
「あ、名前を伝えわれちゃった。ごめんね」
「私はメル」
「よろしく、メル」
メルは、微笑んだ。彼女の笑顔は、周りの殺風景な光景を消し去った。それくらい、僕にとって輝いて見える笑顔だった。
「そういえば、メル。なんで僕に話しかけてきたんだ?」
「だって、私と同い年の子は、ユキしかいなかったから」
「ふーん」
「なんか、退屈そうだね」
「そういうわけじゃないんだ………」
「ふーん?」
「メルも退屈そうだね」
「ユキのそれとは違うから」
あっさりと返された。
「そういえば、ユキはなんでここに来たの?」
「わからない、僕はここに運ばれたってことしか、僕にはわからない」
「それって記憶喪失じゃん!」
「………そうかもしれない」
「イヤ、そうだって」
「じゃあ、それで」
「そんな軽く言われても………」
扉が開いた。白衣をつけた女性。医者のようだ。その女性は僕たちに近づいてきた。
「ちょっと、おでこを見せてくれるかしら?」
おでこを見せると、女性は僕のおでこに手をあてると、まるで呪文のような変な言葉を言った。言い終わると、次にメルにも同じことをした。
「健康状態良好みたいね」
「名前教えて貰っていいかしら?」
「メルです」
「坊ちゃんのほうは?」
「一応ユキです」
「一応ってなにかしら?」
「医者さん、ユキくんは記憶喪失で名前を忘れていた私がつけました」
「本人も認めてる?」
「喜んでいました」
僕って喜んでいたか?という疑問を持ったが、それは消えた。
「じゃあ、メルちゃん、ユキくん」
「「はい」」
「明日にはここから出るのだけれども、あなたたちにはペアで行動してもらいたいわ」
読んでいただき光栄です