序話「苧環」
よろしくお願いします
灰色のカーテンの隙間から溢れるように差し込んでくる日光。
窓は締め切っているが、それでも蝉の鳴く声が聞こえてくる。
外から伝わってくる情報はそれだけだった。
彼は閉塞感漂う室内にいる。風邪を引いてしまうくらい冷たいエアコンからの風。モニターから差してくる青い光。パソコンから聞こえてくるのは、女の子の卑しい鳴き声。
彼はモニターの女の子に釘付けだった。それを証明するかのように彼の周りには、いつでも手に付けられるようにとインスタントフードが乱雑に置かれてあり、またゴミもそうである。
彼は布団の上で生理的欲求を完結している。
自堕落、怠慢、愚か。まさに彼は引きこもりである。
彼は女の子と戯れることを終わりにすると布団の上にあるスマホをポッケの中に入れ立ち上がる。それからハンガーにかけてあるショルダーバッグを取り、財布と有象無象をその中につぎ込みチャックを閉める。そしてそれを肩にかけ、ゴミ袋だらけの廊下の中を掻き分けながら玄関へと辿り着く。
靴を履き、家から出て扉の鍵をかけようとショルダーバッグのチャックを開く。チャックを開こうとするあまり勢い余って財布と有象無象がばら撒かれる。
「あーなんだよ、だりいな」
呆れと怒りと雑菌の匂いが入り交じった溜息を吐きながら拾い上げる。拾い終わって、財布についている鍵を扉に差し込み施錠を完了する。
彼の目的地は秋葉原。予約したゲームソフトを手に入れるために行く。電車に乗り、秋葉原駅の人混みを掻き分け──掻き分けると言うが蔑んだ視線を向けながら勝手にそちら側から避けてくれる──ゲームショップへと辿り着く。カウンターへ並び、自分の番になった時、ショルダーバッグの中の有象無象から予約券を取り出し店員に渡す。
「谷田優さんですね、少しお待ちください」
店員がそれを受け取ると、メタルラックからゲームソフトを探し、それを引き抜きカウンターの上に置く。
「"ロストソウル"ですね。7700円頂きます」
ショルダーバッグから財布を出し、開く。ちょうど7000円分の1000円札と700円分の硬貨はあるのだが、彼にいちいち細かく出す気力はなかった。ジグザグに折られている1万円札をカルトンに載せる。
店員は1万円札を伸ばしながらレジの中に入れ、会計をする。
レジの電子音と打鍵音が聞こえてくる。彼はこの音とこの時間が嫌いだ。彼の眉間は皺ばかりで彼の眼光には少しばかりの殺意が含まれていた。店員はものともせず、淡々と会計を続けていた。
「おつりが2300円です」
カルトンの上のおつりとレシートを鷲掴みにして、カウンターの並びから外れ、店を出る。彼はレシートをポイ捨てし、おつりを財布の中にいれることに夢中になった。入れ終わる頃に、自分は何故か歩道のザラザラとした細かい表面が見えていた。視界が朦朧としてくる。朦朧とした視界にはっきりと飛び込んでくるのは鮮やかな赤色。
「どうして、こうなって……」
彼は死んだ。
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