「EW攻城戦➄」
「使者の早乙女だ。城主にお会いしたい」
城門前の警備員は2人いる。一人は連絡員。もう一人は戦闘員、つまり邪魔な壁だと認識したほうがいいだろう。こいつらは自分の意思で承諾することはできない。城主の意に従って行動している、ただの駒に過ぎないのだから。
「城主様が承諾した。さぁ入れ」
どんな仕組みで通話しているかは分からないが承諾された。なので、警備員の言葉に従って城門を通り抜ける。城門付近に何が仕掛けがあるのではないかと思ったがどうやら杞憂らしい。
歩を進めると、三ヶ所の扉があることを確認した。身分の違いで分けているのだろうか。その扉の前には、一人ずつ執事の格好をした人が立っている。
そして、中央の扉の前に立っていた人が僕の方へ歩いて来た。武器などは見たところ装備しておらず、戦闘の気配は全くない。
「よく来られましたな、使者様。何ようでございますか?」
この執事は城主と話しがしたいことはわかっている。ここで僕に用件を聞いたのは具体的に何の用か、という意味だろう。用件を正直に話しても災難は目に見えている。
「僕と城主の話だ。君は引っ込んでいてくれないか?」
「いけませぬ。用件をお聞かせ下さい」
一瞬、悪魔の囁きが頭の片隅から聞こえた。この爺さんを殺してしまえ、と。ここはゲームの世界。ゲームならば殺しても文句はないだろう。だが、僕は殺しは好きではない。
「これは城主の意向かな?」
「いえ、我々の独断です」
独断、か。多少強引な手を使っても許されるだろう。城主の命なら、戦争になることは火を見るより明らかだ。こいつらが独断で決断したこと。文句は言えないよな。
「……っつ」
強引に目を見ると執事の体は硬直し、見る見るうちに涙に溺れていた。左手を僕が掴むと、硬直状態は解かれて余った右手でひたすら頬を掻く。後ろの執事など度外視に掻き散らしている。
「どうされたのです!?」
「いかがなさった!!」
二人の執事には明らかに動揺が見て取れる。この手の人間は洗脳しやすい。多くの人間は何かに縋って生きている。じゃあ、そういう人間が寄生先を失ったらどうなるか? 答え見ずとも明らかだろう。
「おい、お前らもあの老人と同じような様にしてやろうか? あいつは解雇が確定だろうな。それに俺は話し合いに来ただけだ。本当は手荒な真似は使いたくないのだが……」
二人は、僕と頭のおかしい老人を交互に見た。それでもまだ、答えは出ないらしい。さらに追い討ちをかけるか。
「見ればわかるだろうがあいつはもう、人間味を失った。つまり人間ならば普通にできることができなくなっている。やってしまった以上、アレを治すのは不可能だ。お前らがここを通さなければアレをせざるを得ない。もう……分かるな?」
二人の執事はコクリと頷いた。実に人間らしい。
「あっ、そうだ。あの三つの扉のどれが正解か教えてくれないか?」
「右だ」
まだ、こいつのことは信用していない。なぜなら本当の恐怖を味わっていないからだ。本当の恐怖を味わえば人は信用しあえる。それは実体験済みだ。
「……な、な、何を!?」
執事の手を引っ張り右の扉へと向かう。執事の足取りは重く、何か隠しているようだった。
「さぁ、入れよ」
「ぐっ……」
右の扉は罠なのだろうか。どんな罠が張り巡らされているのか調べておく必要がある。執事には申し訳ないが犠牲になってもらおう。娯楽のためではない。俺のためでもない。皆んなのために、だ。
「入れよ」
「……うぅ」
先ほどよりも恐怖のボルテージを上げたが、入る気配はない。つまり扉の向こうの方がこれよりも恐ろしいというわけだ。
「……っ」
1段階、2段階、3段階……徐々に上げていく。汗水垂らし、苦渋の表情を浮かべて何とか耐えているようだ。僕はその表情を決して美しいとは思わない。でも、僕がやらなければ誰がやる。やれるのは僕しかいない。
「あっ……」
やがてその執事は白目を剥き、地面に膝をついた。
これ以上は耐えられないらしい。股間はびっしょり濡れており、失禁したようだ。
見せしめにはなっただろう。出来ればもう、争いたくないものだ。
「こいつは恐怖のあまり気絶した。お前はどこまで耐えられる?」
「……す、す、す、すみまぜんでじた!!!!」
勢いよくひれ伏せた。もう、苦しめる必要はない。
「僕は争いたくない。苦しんでるところ、見たくないんだよ」
「は、はい!!」
「君も分かってくれて良かった。……さぁ、案内してくれ」
「りょ、了解です!!」
その執事は妙にテンションがおかしい。恐怖に心が侵食されている。
執事の案内通りについていくと、どうやら三つの扉は関係ないらしい。裏口から入ることができる。
すると物置部屋に辿り着き、付近の階段を昇った。
城主は三階にいるようだ。
僕は震える背中についていく。時折、後ろを気にする素振りを見せていた。後ろから何がされるんじゃないか、襲撃の際に盾にするのではないか、そう背中が語っている。
「ここでございます……」
執事は案内後、怒涛の勢いで階段を降り始めて何度か転倒してしまいそうな勢いだった。
城主は一つ奥の部屋にいるようで顔は見せない。こちらを警戒しているのだろう。俺がいる部屋の周囲には無数の護衛が待機している。確実に手出しはできないようだ。
「わしに何か用か?」
さすが城主だけのことはある。この状態でも平静を保てているようだ。
「無血開城を提案します」
城主は二つ返事で承諾した。あの執事達の惨状を見て、僕の強さを理解したらしい。こっちとしても、無駄に争いたくないので助かる。
「一つ聞いてもいいか?」
シルエットから、城主は鼻に皺寄せて、考え込むような姿勢をしているようだ。
「あなたは、僕の提案を受け入れてくれたんです。いいでしょう」
「お前は……あの早乙女王龍の子孫、なのか?」
「何故あなたがそれを?」
正確には息子だが、言い直すのも面倒なのでそのままにした。
「王龍はわしの時代では英雄だったよ。お前にそっくりだ」
この城主は王龍のことをよく知っている。あいつについて多くのことを聞き出せるかもしれない。
「あなたは、いつの時代から?」
「わしは……っあぁ……ぐっ!!」
突如、胸に手を当てて苦しみ始めた。
城主は畳を、爪が抉れるほど引っ掻いて、苦しみの中、なんとかもがこうとしていた。様子を見るに、どうやら最期が近いみたいだ。
「僕の質問に答えてください……城主、あなたの名前は?」
「ぐ、グレイ……ラッ…………ト……マ…………」
シルエットの動きはなくなった。護衛達の慌てようから察するに、死んだようだ。
「おい、そこの護衛。死因は何だ?」
近くにいた、小学生くらいの身長がある護衛に聞いてみた。
「そいつの言葉に耳を貸すな……ッッ!! フォーメーション5の準備を!!」
推定20代の護衛に邪魔された。僕の言葉を。
今、僕の視界には多くの護衛が映っている。みんな同じ格好をして、同じ表情をしている。集団になってもそんな奴らが僕に勝てるとでも?
いや、それはない。僕は”早乙女獅音”なのだから。
「お前がやったのだろう!! 殺される覚悟はできてるか!!」
あぁ、もううんざりだ。僕が疑われる意味がわからない。執事の件だって、正当防衛で精神を攻撃しただけじゃないか。もし、その経緯で疑われているならば誤解を解きたいが、今のこいつらは聞く耳を持たないだろう。
「できてない」
「なに!?」
「だから……先に仕掛けるよ」
「……!?」
僕は人は殺さない。僕は自分のことをよく知ってるんだ。一回、人を殺してしまうと辞められなくなるんだって。
「さぁ、僕に従え。僕の手足となれ。僕にひれ伏せろ!!」
「「「ハッ!!」」」
あらゆる箇所にいた護衛達は蜘蛛の巣を散らすように担当箇所から離れて僕にひれ伏せた。
「……」
僕が”死ね”と言ったら死ぬ。僕が”踊れ”と言ったら踊る。僕が“殺し合え”と言ったら殺し合う。
「……つまらない」