「支配者たる者」
「……ふぅ」
やり遂げた安堵感から、一条は額の汗を腕で拭い息をついた。
静寂する教室。クラスメイトは息を呑んで闘いを見守っていた。それは右京も例外ではない。
「うぉぉぉぉっっしゃああぁぁ!!」
一条が歓喜のあまり叫んで、拳を高らかに突き上げるとクラスメイトも肩を叩き合い、喜びを共有する。
その後、一条のもとへ波のように人が押し寄せてきた。
「一条くんっ!! さっきの闘いナイスファイトだったよ……言い表せないほどね」
肩を押さえながら福田は一条の元へ歩み寄り、声を掛けた。そんな福田を見て、一条は予想外の行動に出た。
「うぅ……ごめん、福田。怪我、させちまった……」
一条は正真正銘、涙を流しながら謝ったのである。
「え? え? 一条くんは悪くないよ……!?」
福田もこればかりは予想の範疇を超えていたのか唖然としていた。
予想外の行動をとり、計算を狂わせる。君が敵だったら本当に厄介だな。
僕が計画を辞めない以上、おそらく君は僕の前に立ちはだかる。
何度でも何度でも。
そんな君に僕は勝つだろう。
でも、僕はこんなにも善良で心の優しい人間を殺したくなんかない。
一条。君がなんでここにいるんだ……?
こればかりは運命を恨むしかないな。
「おう!! 早乙女。俺のフルスイングパンチ見てたか?」
「なんだよ、それ」
「あははは」
後頭部を摩り、少年のように無邪気に笑う。さっきまでの緊迫感がまるで嘘のように。
「あっ、いた。右京、お前何で乱闘に参加しなかったんだよ。お前ならワンパンでぶっ飛ばしたはずだぜ?」
一条は中学時代は不良の元締めをしていた。強さを見抜く目は伊達ではない。
「うん? 瞑想してたので、気づきませんでしたよ」
息を呑んで観戦してたんじゃなかったのか、右京。
目を開けて、瞑想をしていたとはな。あの状況下で。
「あはははっ、お前らしい!!」
バンっと強く右京の背中を叩く。度胸あるなぁ。
その時、教室のドアが開いた。実に絶妙なタイミングだ。授業はもう始まってるはずなのに5分も遅れてやって来たのだから。
「……先生!!」
「一条、か。さて、貴様ら席につけ」
担任の目には血溜まりなど映ってはいない。度外視に生徒らを席につかせた。
不思議だと思った生徒が手を挙げる。
「なんだ、山崎(いい加減パン食べたい)」
「何か、変わったことありませんでした?」
「ん? あぁ、喧嘩してたな」
「喧嘩してた? あの時、見てたんですか!?」
お調子者だが、学力に定評のある山崎の声には怒気が含まれていた。山崎が怒るのは珍しい。
「見てたが、一介の生徒の喧嘩には介入はしない。それがルールだ」
「そんな……」
「なんだ? まだ文句があるのか?」
「いや」
「そうか。なら、授業を始め……」
「ちょっと待て!!」
僕は似つかわしくない怒号のような大声を放った。防音仕様の教室から音が漏れるほどの声量だ。
「なんだ? 妨害か?(よし)」
「鶴半家先生、あなたはなにも思わないのか?」
「……(君が怖い、と生徒の前で言えと?)」
「どこまでもクソ野郎で」
(え!?)
「どこまでも腐ってる…… 」
(ええ!?)
「”お前は何故、平然と呑気にしてられる!?”」
(……!?)
「お前は見てたんだろ? 生徒らが必死に抗い、戦う勇姿を。未来を担う若者の美々しい姿を!!」
「……」
「僕はこんな腐ったやつを認めはしない。お前は廃棄物同然の価値だ。これからの(僕が創る)未来にお前は不要だ」
「……っ」
「さ、早乙女くん……」
五十嵐が僕を宥めようとしているようだ。残念ながら五十嵐、僕の感情は起伏しない。荒れ狂う僕を見た時には君は、あの世行きの切符を手に入れたことになる。
他のクラスメイトは僕に賛同したように頷く。
「落ち着いてるよ。大丈夫」
僕とお前は王と奴隷の関係性。王は奴隷をどうこうしようが自由だ。未来を平和な世界にするため、心地よく暮らしていけるようにするためにも、君を排除する。