幕間ー幸せの種とおまじないー
あの殲滅作戦から暫し平和な時間が過ぎ。
サクラの花がこの北の地で満開を迎えていた。
アミモトさんの家の敷地にもサクラの木があり、アタシ等女達はそこでのんびりと花見をしながら暖かな陽射しを浴びている。
それぞれの女達の子等もきゃあきゃあ言いながら駆け回ったり、椿や梅に躑躅、沈丁花や松の剪定をしているアミモトさんの部下に相手してもらい遊んでいる。
ーあぁ、平和だなぁ。
アタシは柔らかな芝生に寝転びながらうとうとしていると、遠くから地響きのような、雷のような、そんな音が近づいてきた。
さっきまで遊んでいた子等はその音に驚き、身を固め、ある子等は母親の元へ一目散に駆け寄ってしがみつき、ある子はサクラの木に登って降りてこない。
アタシは知ってる。
あの音は…
「あれはお嬢のクルマの音だぁ。ほらぁ、あそこ見てみ?」
サクラの木から少し離れたところに、轟音と共にクルマが止まり、そこからオバチャンが降りてくる。
そう、これはオバチャンのクルマの音。
最初はアタシもわからなくて随分慌てたけど、今じゃオバチャンの音がちゃんとわかるくらいにはなった。
同じくクルマの音を聞き分けた犬達が玄関先にやってきて行儀良く待っているのが見えた。
「よーぅ、辰っつあん!ご苦労様!これ飲んで一服したらまた頑張ってな?」
甘松堂の絶品!苺大福とデミタスコーヒーをアミモトさんの部下に渡してからオバチャンがこちらに来ると
「おー、皆もここに来てたんか。ゆっくりしてってや?」
正体がわかって、ひょっこり顔を出してきた子等の頭をぐしぐし撫で、オバチャンは家に入る。
暫くすると、トレイに大皿料理とスープが入った鍋を持ってきたオバチャンはアタシ等と花見をはじめた。
ひらり、ひらりと時折舞い散る花びらと、オバチャンが吹き付けて作った、キラキラ浮かぶシャボン玉を子等が歓声を上げて追いかけ、捕まえようと手を出す。
お腹も満たされ、ちょっと眠気を催したアタシはお日様でホカホカになったオバチャンの太腿に頭を預ける。
…硬っ。でもあたたかくて気持ちいいな。
アタシの頭を撫で透かしながら、ぽつり、とオバチャンが
「知ってら?散ったサクラの花びらを掴む事が出来たら、幸せになるんだってよ。」
ーえ、そうなの?
アタシは頭と視線だけ動かし、オバチャンの顔を見る。
「掴むのが難しいからねぇ。ほれ、子供ですら掴めないんだ、そりゃ簡単には幸せになれないわな。どんなデカい幸せを願ってんだろうな、あの子は。」
あはは、と笑いながらオバチャンが言う。
幸せは…どんなものかよくわからない。
こうなればいい、こうであればいい、と思うことはある。
自分の子が幸せならば良い、と思うことがアタシの幸せなんだろうか?
幸せ。
幸せ…
わからない。
考えた事も無かった。
日常で手一杯だった。
でも、何でだろう。
今はただ、無性に花びらを捕まえてみたくなった。
むくり、とオバチャンの太腿から頭を起こし、落ちてきた花びらを捕まえようと手を伸ばす。
子等はそれを見て、更にきゃあきゃあ騒ぎながら花びらを捕まえようと熱中する。
のんびりしていた女達も何事?と思いながら、花びら捕りに参加する。
花びらはお日様に照らされ、柔らかく光りながらアタシ等を避けて舞う。
“マキコ”と双子のチビ達も楽しそうだ。
頑張れー!とオバチャンが声を掛けながら、次々とシャボン玉を吹き付ける。
頭空っぽにして捕まえられない花びらを追う。
風が吹き上がり、花びらもシャボン玉も空に吸い込まれる。
ーあーぁ。
空を見上げながら少しガッカリした皆が、落胆の声を上げるがオバチャンは
「ほら、見上げてみ?幸せの種が降ってきたぞ」
皆はまたきゃあきゃあと騒ぎながら花びらキャッチを再開する。
ふと、横にいたアタシの子を見ると首元に花びらがくっついているのが見えた。
ーふふっ、アンタは知らないうちに幸せになるねぇ
子は、嬉しそうに花びらを摘みながら
ーままがみつけたから、いっしょにしあわせなの!
くすぐったい気持ちのままに頭を撫でる。
案外、幸せってこういう事かもね。
こういう日も、悪くない。
隣の辰っつあんが
「目が、目がぁぁぁ!!」
って叫んでたけど、どうしたんだろう?
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オバチャン
「あ、ヤベ。めっちゃ日焼けした…」
辰っつあん
「シャボン玉のバチ当たったっすね。」
オバチャン
「…この野郎」
剪定用のハシゴを蹴っぱぐる
辰っつあん
「あぁあぁぁぁぁ!!理不尽っ!」
桜、まだこちらでは咲いてないですが、桜の御呪いって結構あるんですよね。
木之花咲耶姫命も桜の神様ですし、縁結びやら恋愛成就の御呪いが多いのも頷けます。