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何て事だろう。
有り得ない事が、本当に起きた。
オバチャンですらも息を飲んで眼前の光景を凝視している。
“ボス”の交代。
下剋上により、成されるソレは組織の天辺の不文律。
絶対なる力の証明。
壮年の力溢れる男だから成し得る事を、もう若いとは言えない、先代ボスである“タヌキ”が今、成そうとしている。
一度、組織の天辺に立ちながらも追いやられた“タヌキ”は若くはないし全盛期は過ぎている。
それだけでもハンデが大きいのに、更に襲撃を食らった事とシマを追い出された精神的ダメージもまだある筈だ。
何故ここまで出来るんだろう。
ねぇ、“タヌキ”。
アンタは何を成そうと、ここに戻ってきたの?
止めどなく沸いてくる小さな疑問が頭を埋めていくけれど、どうしてか鼻がつんとして目頭と胸が熱くなって仕方無い。
「こんな最っ高な素手喧嘩に水は差せ無ぇわな。“ビジン”、そっちの野郎共に指示しといて。あぁ、アンタ等も野暮な得物は仕舞いな。」
オバチャンがそう言うと、いつの間にか来ていた辰っつあんやアミモトさんの部下達が得物を仕舞っていく。
一人だけ走っていったのは、アミモトさんへの伝令だろう。
ゆっくりと“タヌキ”が歩みを進め、当代ボスに近付いていく。
ボスは地べたに這いつくばりながらも、“タヌキ”へ視線を向けて鬼気迫る表情で睨みつけている。
ボスの間合いに入ったのか
ーっらぁ!舐めんな、老いぼれがよぉ!!
勢いをつけ、斜め足払いを仕掛ける。
“タヌキ”は予想していたようで、ひらりと躱す。ボスも躱されるのを想定し、即座に体勢を変えタックルで突進するも“タヌキ”は躱しつつボスの腹を蹴り上げる。
蹴りは確実に腹のど真ん中を射抜き、「ガッ!」とほぼ空の胃の中身を吐き出しながらボスが転がり、再度地べたを舐める。
ーっテメエェェ!殺す!殺してやるぁぁぁ!!
目を血走らせ、歯をむき出しにボスが突進してきた。
“タヌキ”の間合いまで迫ると飛びかかり、得意の打撃を繰り出す。
フックでワン・ツーからの肝臓狙いのボディブロー、胃狙いのストレート、顎狙いの頭突き、横腹への蹴りから足を踏んでのテンプルへの拳落とし等々…。
流れるように繰り出される技に仲間達共々息を呑む。
アタシ等が食らったらヤバいレベルの打撃だが、“タヌキ”はするりするりと避け、捌きながら回避している。
あれが、“タヌキ”。
アミモトさんやオバチャン達が特別に目をかけ、何年もここに君臨し続けた、最も強き男。
目が、離せない。
ーおらァァァァァ!!
尚もボスは攻めるが“タヌキ”は悉く躱し、たまに急所を正確に撃ち込んでカウンターを決めている。
多少ダメージがあるとは言え、ボスも弱い男ではない。頭に血が上ってるせいか技の大振りは否めないが、キレと繰り出す早さは普段と変わらない。
これは経験値がモノを言っているだろう。
経験値をたんまり稼いでいた先代ボスの“タヌキ”に、年齢と経験値でボスがタイマンで勝てる訳がほぼ無いし、小狡い手を使って勝ったのは事実なのだ。
「やっぱ強ぇな、アイツ。ハハッ、燃えるわ!」
オバチャンはニイッと凶悪に笑いながら細葉巻に火をつける。
潮の濃い匂いと血の匂い、細葉巻の甘やかな香りが混ざり、気分が更に高揚しているのがハッキリと判る。
沈黙を続けながらも妙な高揚感が場を支配している。
そんな中、スタミナが切れたのかボスの攻撃の手が止まり、荒々しく呼吸する音が響く。
睨み合う二人。
“タヌキ”はそこを見計らい、「シュッ!」と踏み込むとボスの顔面にモーションの小さいストレートを打ち込みつつ反対の手で顔面を掴み、速攻で後頭部を床に打ちつけマウントを取った。
ダメージと疲労が蓄積し、スタミナが切れた状態でのタックルに反応が遅れ、モロに攻撃を食らうボス。
ボスが慌てるも上に跨がる“タヌキ”は無慈悲に、冷静に、拳を振り下ろす。
ガッ!
ゴッ!
何度も、何度も拳を振り下ろす。
ーテメ…っ!
ガッ!
ーがっ、殺っ、殺してやら…
ガッ!
ーこ、んなパンチ、で
ガッ!
ーぐぶ…っ
ゴッ!
ボスは抑えつける“タヌキ”の腕に爪を立て、背中に膝蹴りを繰り出し抵抗を試みるも、食い込みはするが大したダメージにはならず、膝蹴りも届かなければ意味が無い。
みるみる内にボスの顔面が腫れ上がり、血に染まる。
暫くドツキ回した後、「フン。」と鼻を鳴らしてようやく“タヌキ”はマウントを解除した。
ぐったりとし、抵抗する気力が無くなったボスを少しだけ見遣ってから“タヌキ”はこちらを向いて
ー待たせたな。
いつもの人懐っこい、福々とした笑みでひと言、そう言った。




