10
今日、と言う日を例えるなら、どんな言葉があるだろう。
最低でもない
最高でもない
ただ
ただ
色んな感情が溢れて、溶けて、熱くて
アタシは、それを表す言葉を知らない。
それ、はアタシの真下で起きた。
アミモトさんの倉庫の二階を間借りしているアタシは、夜明け前から続いていた、階下で仕事している音が消えたのを合図に階段を降りる。
「“ビジン”おはよう!獲れたてのカレイとホッケ、わけてもらったから食べる?」
オバチャンがアミモトさんの仕事の片付けをしていたらしく、降りてきたアタシに話しかけてきた。
ーオバチャン、おはよう。ホッケ食べたいな。
見事な50cm超えのカレイと丸々としたホッケを見せられ、焼いて香ばしい香りを放つ脂の乗ったホッケを想像したらついついホッケに見入ってしまった。
「好きだねぇ、焼き魚。じゃあここで内臓だけ先に処理しちゃおうか。」
オバチャンは解体用のドスを鞘から引き抜くと、まな板にザクッと突き立ててからポンプの電源を入れて海水を引き込み、それを流しながらサクサクと魚を捌いていく。
塩水で流すと身が水っぽくならないらしく、何となくオバチャンはそうやって処理してるみたい。
20匹はあったであろうホッケを捌き終わり、オバチャンがさぁて、と立ち上がろうとした時、外がにわかに騒がしくなった。
何事かと意識を向けると、まだ開きっぱなしだった倉庫のシャッターやドア、搬入窓から男共が入ってきた。
先頭切って勢いよく突入してきたのは“ジュニア”だ。
ー何があった!報告は?!
アタシは怒鳴りながら男共に問うも、返事は無い。
無いが、明らかに男共の空気が違った。
ガキの頃に戻ったかのような、何と言うか、高揚感溢れる状態と言うか、抗争が起きているとは違う雰囲気を纏っている。
そうしている間にも、外では何か争う声とけたたましく資材が倒れる音が響いてくる。
何度かそれが続き、倉庫の外壁に何かが叩きつけられるような重い音が響いた。
直後、シャッターから転がり込んできた影に、アタシは思わず目を瞠った。
女漁りに行っていたボスが、あちこち砂や土にまみれて今は塩水でびしゃびしゃの床に転がっている。
自慢の肩口から背中にかけての紋々も薄ら汚れ、所々血が出ている。
塩水が傷に染みるのか、小声で呻くボス。
今まで有り得なかった、見たことも無かったボスの姿にアタシは言葉を失いながらも懸命に脳を回転させる。
襲撃なら男共は黙っちゃいないはず。
しかしこの状況は何だ?
誰も警戒していない。
何故だ?
何とか正解を導き出そうと考えるアタシの横に、“ジュニア”がそっと移動してきていた。
そして、感情を押し留めるように、内にある激情が漏れ出たように、ポツリ、と呟く。
ー姉さん、帰ってきたんだよ…ついに。
その目線の先には
記憶に残る姿より、少しだけ、歳をとった
しかし以前と変わらぬ、人なつっこさと威風堂々が混ざり合わさった雰囲気を纏って、先代ボスである
“タヌキ”が
太陽を掲げ、輝かしく立っていた。




