まるで雪が溶けたみたいに
あるコンテストの作品です。お題は「雪どけ」です。少し長いですが最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
僕の1番の親友、由紀が交通事故にあったと深夜に連絡が来た。
意識不明の重体だそうだ。それを聞いた僕は両親の反対を押し切って寝巻きのまますぐさまサンダルを履いて鍵も閉めずに家を飛び出した。自転車をまたぎ由紀に会いたい一心で足を忙しなく回す。
外は雪が降っていた。寒くても、手や足の指先が今にも凍りつきそうでも、白い息を出しながらただひたすらに足を回し続けた。
もう目覚めなかったらどうしよう…死んでいたらどうしよう…悪い思考が頭の中を駆け巡る。その度に僕は目から1滴、また1滴と雪の上に涙を零し、溶けていった。
由紀がいるという病院に着いた。深夜の緊急病院は聞きなれない機械音と忙しなく聞こえる看護師であろう人たちの足音だけが耳に入ってきた。
通りかかった看護師さんに事情を説明して部屋を教えてもらった。どうやら、集中治療が終わって501号室にいるらしい。
「501…501…っ」と呟きながら僕は階段を駆け上がった。
「あった…っ」
ある一室の前に僕は立ち止まり息を整えてから扉を開けた。
おそるおそるカーテンの向こうを覗くとそこには…
変わり果てた姿の由紀がいた。
身体中に巻かれている包帯。あちこちに繋がれているチューブ。
そして、今にも消えてしまいそうなかすかに聞こえる呼吸音。
僕は立ち尽くした。腰が抜けてしまいそうだった。目の前にいる人が由紀であるということを信じたくなかった。しかし、何度も見てきた顔、何度も感じてきた優しく温かい雰囲気がこの人が由紀であると何度も訴えかけてくる。
「ゆ、由紀……」
返事はない。当然だ。
するとそこへ看護士が入ってきた。
「あ、あなたは…」
「…由紀の…友達の晴人です…」
「…そうだったの…ごめんね、今から点滴を取り替えなきゃいけないから…晴人くんは、もう夜遅いし、お家に帰りなさい」
「…はい」
今にも消え入りそうな声で弱々しく返事をし、僕は病院を後にした。
翌日
学校が終わると僕は家にも帰らず病院に向かった。深夜に来た時と違って病人が行き交っている。僕は直ぐに手続きを済ませると由紀のいる病室へ向かった。
(きっと…由紀は寝たまんま…いつ起きるんだろう…?)
そんなことを思いながら病室に入る。入った瞬間僕は固まった。
由紀が起きていたのだ。
「ゆ、由紀…?」
「あ…晴人、来てくれたんだ」
そう言って由紀は微笑んだ。
もう体は大丈夫?痛いところはない?聞きたいことはいくらでもあった。でもそれらを口にする前に僕は腰が抜けて膝から崩れ落ちた。涙が溢れた。
「わ…なんで泣くのさ」
由紀は困惑したような顔をして僕の顔を伺った。
「良かっ、た…もう、一生話せないかと…思っ、たから…」
泣きながら言う。
「そっか…ごめんね、心配かけて…」
申し訳なさそうに言う。由紀は悪くないのに。謝る必要は無いのに。
それから僕は由紀と他愛のない話を夕方まで続けた。
「僕、そろそろ帰るね。元気そうでよかった」
「うん、今日は来てくれてありがとう。心配かけてごめんね。気をつけて帰って……ゲホッ」
赤い血が由紀の口から溢れた。
「ゆ、由紀!?」
「ゲホッ…カハッ…ご、ごめん…最後まで我慢できれば良かったんだけど…」
弱々しく由紀は言う。
「まさか…」
「ごめん、もう一緒に話せないかも」
苦しそうに笑う由紀。
「そんな…こんなことってないよ……!」
どうして。どうして由紀がこんな目に遭わなければいけないの?あんまりだよ。神様、どうして…
「やだ、やだ…死なないで!」
「晴人…もう…」
「嫌だ!絶対に!こんなんないよ!神様なんか大嫌いだ!死なないで!おねが…」
「晴人!」
急に怒鳴られビクッと肩を震わせる。
「由紀…」
「晴人、ありがとう。俺と仲良くしてくれて。色んなところに連れてってくれて。すっごく楽しかった。俺、親が厳しかったからあんま遊べなくって。晴人と一緒にいる時が1番"俺"でいられた。俺は神様に感謝を伝えたいな。晴人に会わせてくれてありがとうって」
「…」
返す言葉が見つからず思わず黙り込む。
「僕も…楽しかった…ありがとう…」
「良かった……ごめん、眠くなっちゃった…」
今寝たら多分…由紀は二度と起きないだろう。でも僕には解決策が見つけられなくてただただ泣くしかできなかった。そして…
「ありが…と…ぅ……………」
ピーピーピー……
死んでしまった。あのかすかに聞こえていた呼吸音も、もう聞こえない。無情にも機械音は鳴り響く。
もう、あの笑顔も、あの声も、あの温かかった手も…由紀の全てが…溶けて消えていった。そう、まるで……
雪が溶けたみたいに。
でも、きっと、雪どけのあとは、花が咲く。春が来る。
僕らにも…春は来るだろうか。
最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。