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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界王妃の幸福

王と幸福

作者: 団部A子



 世界が終末を迎えている。

 そうとしか言えない状況で、ただびとに何が出来るのだろうか。


 数年前、西方の小国が瘴気に飲まれた。その事実を我が国が掴んだ時には既に西方大陸の大半が機能不全に陥っていた。

 民族紛争に明け暮れ血で血を洗う西方大陸。小国が消えることは日常茶飯事だったし、西方諸国が潰し合った影響で国家間通信が途切れるのも『いつものこと』だったから、事態の恐ろしさを中央大陸のどの国家も理解していなかった。


 西方大陸と海を隔てた中央大陸の主権国家である我が国に”西方大陸崩壊”の報せが入った時には、世界が終末に滑り落ちる最中であった。


 海の向こうが真っ暗だ。

 浜に西方の魚が打ち上げられている。

 そういえば彼の国と連絡がつかない……


 沿岸部の国々には漁民から報告が上がっていたらしい。その異常事態の報せが内陸の我が国に届くのと前後して、海から上がってきた真っ黒な『何か』は沿岸部の浅瀬をその内側に飲み込もうとしていた。


 未知の災害。

 あまりにも理不尽な、抗うことの出来ない、圧倒的な『死』。


 幸い、その黒々とした闇の進行速度は緩やかだった。生命の満ちる場所にゆるゆると留まる傾向に在り、陽光眩しい昼間にはあまり広がらない。地を這いながら空を塗りつぶし、水の一滴、草の葉一枚、何もかもをその内側に飲み干してから移動する。

 私は混乱する各国から情報を集め、中央大陸の有識者に呼びかけ、民を避難させ、我が国は大陸盟主として必死に対策を採り続けた。

 これは何だ。打つ手はあるのか。

 じわり、じわり、と人類の生存域を侵す謎の闇。

 恐怖が我々を一致団結させ、事態究明への拍車を掛けた。


 そこへ、光明が届いた。

 神殿遺跡群で古代神事を研究している神官が、この事態によく似た記述に覚えがあると言うのだ。


 我々はその報せに縋った。件の神官を中心とした特別調査団を結成し、文官も資金も資材も、必要なものを惜しげも無く注ぎ込んで速やかに調べを進めさせた結果、我々はこの災害が古き時代にも数多の国家を滅亡させたことを知った。


 ──『瘴気』。


 未曾有の災害の名だ。

 古代文字の石版を読み解いた研究者らによると、これは『世界のあらゆるものを飲み込む』らしい。


「人類が瘴気に対抗する術はあるのか。」

「この記述によりますと、いくつかございます。ですが現代で再現できるかは不明ですな。」


 父陛下の側近である宰相が、山のように摘んだ資料から視線を上げて私を見た。

 お互い酷い顔色だった。然もありなん、世界存亡が我々の肩に乗っている。休む余裕など在るわけが無い。隈を刻んだ目元、疲労で荒れた肌、食糧を切り詰めているため栄養も不足している。だがそれは皆が同じこと。

 西方大陸と海峡を飲み込んだ『瘴気』は、中央大陸沿岸部をゆっくり浸食している。恐らく3か月後には沿岸国一帯が沈むだろう。同じ速度で進むと仮定した場合、大陸西部山脈に至るのは半年後、それを越えるのに2か月、山を下った隣国領土を飲み込むには4か月という計算になる。その次が、我が国だ。


「どんな犠牲を払っても構わない。やれ。責任は私に在る。」


 国王代理として命じると、宰相は私の覚悟を汲んだように頷いた。既に国王陛下は無理が祟ってお隠れになっている。このような状況で国王崩御の報せを出せるはずもない。国王は病床に伏しており、王太子である私が国王代理として指揮を執る。対外的にはそう発表し、振る舞っているが、実質的には王権譲渡が成されている。既に私はこの国の守護者であり、そして中央大陸の命運を担う者なのだ。


 古代神事の再現には、多くの血が流れた。

 魔力を持つ者が少なくなった現代において、神事に必要な魔力を集めることは難しい。私は数少ない魔力持ちだが、古き時代の人々とは比べるべくも無いお粗末な魔力量であるらしい。これでも大陸屈指と謳われたのだが、発掘した魔法技術で求められる量には到底足りやしない。この時代を生きている我々が魔力を失いつつあることは覆せぬ事実だった。

 だが、疑似魔力を生み出すことは出来たのだ。

 生命力の変換である。

 ……その技術は禁忌として数代前の王により弾圧された筈だが、反王政勢力により研究が続けられていたとは痛烈な皮肉だった。指導者である我々と反逆者である反勢力は、人類存続というただ一点で手を組むことになった。共に、この世界に後がないことを知っている故だ。我々は垣根を越えて必死に研究を進めた。


 志願した民が命を散らす様を横目に見ながら、手を変え品を変え、効率よく生命力を刈り取れるよう研究する。摘んだ命を魔力に変換する時点で多くが漏れ消えてしまう。変換した疑似魔力を魔方陣に充填する際にもまた。成人一人で得られる疑似魔力充填は微々たるものだが、死体を積み重ねるだけ確実に成果は上がった。死の尊厳などという言葉は何の役にも立たない。文官も神官も皆等しく、いかにして人間から疑似魔力を搾り取るかの研究に取り組んだ。

 血生臭さに慣れた私も、自身が有していたごく僅かな魔力を限界まで捧げ続けた。私の魔力奉納が最も伝導率が良かったので、私は世界盟主として命を振り絞りながらこの仕事に取り組んだ。献身こそが迫り来る瘴気への抵抗だと信じて続けるしか無かった。こうしている間にも世界は終焉に向かっている。我々の残り時間は少ない。我々人類は他に術を持たない。もう時間が無い。瘴気はすぐそこに在る。滅びが迫る。時間が無い。時間が。


 ただびとである我らは神に縋った。


 かつて賢明なる王が禁じた技術で。

 古き時代の人々が封印した儀式で。

 数多の民にその身命を捧げさせて。




 祈りは通じた。




 神の遣いがこの世界に舞い降りた。

 我々は報われたのだ。

 救世主だ。神は見捨てなかった!






 その『彼女』は疑いようも無く神の遣いであった。

 魔方陣から現れたその瞬間、薄ぼんやりと濁ったような空気が急に澄み渡った。呼吸が楽になり、気温が穏やかになり、空が晴れていく。


「…………ああ……!」


 感無量と言わんばかりの声がして、神官が泣きながら崩れ落ちた。その肩を疲労困憊の文官が支え、二人して地に伏せるように『彼女』に頭を下げる。誰もが感動と安堵に包まれていた。皆が次々に跪き、頭を垂れ、そして私も胸に駆け巡る喜びを抑えながら『彼女』の前へ跪いた。


「神の遣いよ。この世界の救世主よ。よくぞご降臨下さった。」


 興奮に震える声で『彼女』へ告げた。

 神の遣いは星々の煌めきを宿した黒耀の瞳で私を見下ろし、周囲を見て、ご自身の足下にある魔方陣に視線を向けると。不意に眉を寄せるとその麗しい容貌を強張らせた。表情に宿る感情は困惑、そして──不快。


「……ここは何処ですか。」


 神の遣いは身動いだ。口元を押さえたようだ。我々は既に慣れてしまっていたが、この祭壇には血と臓物の臭いが染みこんでいる。使用済みの献体は片付け、儀式の前には拭き清めていたはずだが、こびりついた臭いまでは取れなかったようだ。

 この臭気が一般的には不快な代物であることを忘れていた。我々の失態であることは間違いない。

 だが、その小さな声は風に掻き消されて後ろに控えた神官らには届かなかったらしい。それよりも神の遣いが動いたこと、声を発したこと、その事実に感じ入るばかりだ。おお……と感動の嘆息とともに伏した神官・文官らの姿に、ぴくりと『彼女』の身体が揺れ、漆黒の瞳に様々な感情が過った。摩訶不思議な装いで魔方陣の中心に立っている『彼女』が再び身動ぎ、その視線を強めて私を見据えた。恐怖、怒り、戸惑い、嫌悪。そんな顔で。


「答えて。言葉が通じないの? ここは何処?」

「この場所は救世主のための祭壇だ。中央大陸盟主ザース王国の霊峰である。」


 私は立ち上がり、神の遣いの麗しい顔を真正面に見下ろして答えた。

 なんという圧倒的な魔力だろう。大陸屈指の魔力量である私など足下にも及ばない。こうして『彼女』を前にするだけで感じ取れるのだから。これが神の遣いという者なのか。


「……貴方は誰なの。私をこんな場所に連れてきたのは貴方?」

「救世主を願う魔方陣を起動したのは、確かに私だ。ザース王国王太子アゥロジェンスと申す。神の遣いよ、貴女の名は?」


 私の問いに答えは無い。もしや神の世界では個々の名を持たないのだろうか。


「神の遣いである貴女に我らが世界を救っていただきたい。」

「話にならない…………、何なのこれは……」


 遮断するように顔を伏せた神の遣いが低く呟いた。負の感情に満ちた声音であるはずなのに、それは正に鈴の鳴るような音だった。なんと可憐で美しい。その声に相応しく『彼女』の容姿もまた可憐さと美しさの極みであった。


 霊峰の白光を浴びるその肌は不思議な色艶で、最高級の絹織物のようだ。頬から肩をゆったりと飾る亜麻色の髪は緩やかな曲線を描いている。これほどまでに艶めいた輝きの髪は見たことがない。夜空を閉じ込めた瞳。花びらのような唇。そこからのぞく歯は真珠のようで。

 細い首に掛かった繊細な輝きの首飾りは、小さな耳に揺れている耳飾りと同じ誂えのようだ。細い手首にも揃いの華奢な腕輪があり、その指に輝く宝石も同じ装飾だ。どれも優美な未知の金属で作られ、流れ星のように光り輝く透明な宝石を支えている。

 爪の先まで整えられた天上の女人。神の世界では爪にも宝石を纏うのだろう。我ら地を這う滅びの民には想像も付かない美である。

 その衣服もまた摩訶不思議な美しさで、未知の織布が精緻な縫製で仕上げられていることは疑いようも無い。身体の線に沿った布地がたおやかな胸元をそっと覆い隠し、引き絞られた腰を経て、大輪の花を思わせるような波打つ下衣が広がっている。膝下で揺れる布地から、不思議な光沢に包まれた脚が見え、衣服と同じ色の煌めく靴がその足を覆っていた。


 類を見ない美の化身。

 『彼女』の全てが、この世界の住人とは隔絶している。

 正しくこの女性は『神の遣い』であるのだ。


「………………私を元の場所へ返しなさい。」


 神の遣いは、震える呼吸からそんな言葉を押し出した。

 その表情と視線は雄弁に私への敵意を示していたが、私は『彼女』の視線が自分を捉えていることに喜びを感じていた。


「帰らせて。返しなさい! 今すぐに!!」


 唸るような怒声も愛らしく、空気を揺するその呼吸に尊さすら覚える。

 私は今にも泣き出しそうな救世主に腕を伸ばした。鋭く打ち払われる。が、その弱々しい力もまた愛しい。気にせず彼女を抱え込み、抱き寄せた髪に頬を寄せた。


「神の遣いよ。愛しい救世主よ。そなたは私の妻にしよう。」

「離せ!誰かッ助けて!!」

「共にこの世界を救おうではないか。」

「止めろ!離せ変態ッ死ね!助けて!嫌……ッ」


 栄光なる未来の王妃が小鳥のように囀る。藻掻く。つるりとした美しい爪が私の頬を掻き、その浅い痛みすら愛らしい。ささやかな爪痕はきっと明日には消えるだろう。妻から齎された初めての贈り物なのに残念だが、これからの日々できっとまた彼女から与えて貰えるだろう。


 彼女が出現したその瞬間、明日をも知れぬこの世界が新たな空気に塗り替えられたと解った。

 もう瘴気に怯えることは無いのだ。なんという奇跡。なんという素晴らしさ。存在するだけで世界を救う、正しく救世の神子だ。

 この聖なる女性を決して離すまい。我が生涯かけて愛そう。彼女が何にも脅かされぬよう大切に守ろう。心から慈しもう。ただびとである私だが、残った人類を導く盟主として、この矮小な身命全てを救世主へ捧げよう。


 口付けは甘く、舌から伝わる芳醇な魔力の味に酩酊を覚えるほどだ。私ともあろう者が。いや、神の遣いとは斯くも甘美であるのか……ただびとには計り知れぬ。


 ああ!神は在る。神は存在する。神は我々を見捨てない!

 偉大なる神が私のもとへ彼女を遣わして下さったのだ。彼女は私のために在り、私もまた彼女のために在る。この腕の中の希有なる女性が私を激しく惹きつけることも、彼女の全てが私にとって甘露であることも、それらは神の意志でありこの世界への答えなのだ。

 我々の祈りが通じ、神がそう成された。

 私に与えられた神の意志は人間の女の姿形をしている。

 それが意味するところは一つであろう。


 立ち昇る瘴気で曇天のように薄暗かった空が、いつの間にか我らを中心にして青々と高く澄み渡っていた。

 そこから闇が晴れていく。未来を望む明るい陽光が、この地から広がっていく。


 

 私は腕の中の幸福を強く抱き、彼女が発する芳香を胸の奥底まで吸い込んだ。

 ああ。なんという喜び。言葉にならぬ。

 私は人類繁栄の礎としてこの女を娶り、共に世界を治めよう。

 それこそが神に課せられた我が使命。

 私こそが、神の意志を得た王なのだから。




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