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【短編】「もう遅い!」とサクリと殺される悪役令嬢に転生してしまった ~破滅回避に奔走していただけなのに、何故かものすごい聖人だと勘違いされて、未来の大聖女に崇拝されているようです~

作者: アトハ

 光の差さぬ森の中。ひとりの少女が困惑した様子で、目を瞬いた。

 少女の名は杏子あんず


(はて……。これはいったい、どういう状況かしら?)


 杏子は混乱した。

 杏子の目の前にいる少女は、なぜか土下座をしていたのだ。恥もプライドも捨て去った、見事なまでの土下座であった。


 長く伸ばされた黄金色の髪に、ぷくりとした唇。

 身にまとう純白な衣はどこか神聖で、おどおどした少女には不釣り合いに見えた。


「ねえ、あなた……」

「ハイィ! ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい!」


 話しかけただけで、この怯えようである。

 杏子は対話を諦め辺りを見渡す。



(……何これ。コスプレ? それとも、何かの撮影会?)


 杏子は、ますます混乱した。


 少女は珍妙な格好をした人々に取り囲まれていた。剣を背負った青年に、大鎧に見を包んだ大男。更には、いかにもな魔女帽をかぶった少女まで。

 おおよそ日本で見かけることのない服装だった。



「ごめんなさい。役立たずで、ごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい」


 少女は何やら懇願するように謝罪をしていた。

 ――謝罪の先は杏子。


(なんでよ!?)


 見知らぬ少女の様子は、尋常ではない。

 杏子に怯えきっていた。


 何もないところから、土下座の少女は現れない。

 こうなった原因があるはずだ。


 杏子は、今日の行動を振り返ることにする。




◆◇◆◇◆


 多くの学生が喜びに沸く夏季休暇。

 学校も休みで多くの学生が遊び惚けるが――受験生に休みはない。


 杏子は受験生であった。

 一日の始まりに、まずは甘いものを補充しようとコンビニへ。甘いものをたんまり入手して、ついつい漫画を立ち読みして。

 ……気がついたら早くも夕刻。


「明日から本気出す!」


 まだ慌てる時間じゃない。

 そんなことを思った帰り道。


 目の前には猛スピードで突っ込んでくるトラック。鳴り響くクラクション音と、急ブレーキの男。

 ――暗転する視界




◆◇◆◇◆


(も、もしかして一度死んで……? だとしたらこれは、異世界転生!?)


 杏子は何事も深く考えず、アッサリと受け入れる方だ。ゆえに「トラック+変な衣装=異世界転生」という答えを、瞬時に導き出した。



(そ、そんな……)


 杏子は困惑し――


(そんなことあるのね! 人生、捨てたもんじゃないわね!!)


 一瞬で転生を受け入れた!


 物語の中でしか見たことがない、夢のようなシチュエーションである。人には言えない秘密を抱えたせいで、前世はボッチ道を極めた寂しい人生を送ってきた。

 第2の人生だって大歓迎である。



(異世界転生ってよりも、私の意識がこの体に憑依したと考えるのが正しいのかしら?)


 なら、異世界転移?

 たぶんちょっと違う。おそらくは、憑依型異世界転生?


 これまで身に着けたオタク知識を総動員して、自身の身に起きたことを考え――



(そんな場合じゃないわね)


 これまた、あっさり思考を止めた。

 物事を深く考えずありのままを受け入れる。切り替えの早さは、杏子の珍しい長所であった。

 否、そんなことよりも、目の前の光景の方が大問題だった。



「あーあ。やっちゃった、ミントちゃん♪」

「ごめんなさい。どうかご慈悲を……」


「汚らわしい手で触らないで!」


(こんな可愛い女の子をみんなで寄ってたかって。胸くそ悪い光景ね!)


 可愛い女の子は、黙って愛でるものでしょうに!



「ボクたちも舐められたもんだね。貴族に怪我させた平民が、まさかごめんなさいで済むと思ってないわよね?」


 土下座する少女――ミントを、魔女っ娘は執拗に責め立てる。

 容姿こそ小悪魔的で可愛らしいが、ネチネチとミントを責める瞳には、愉悦が浮かんでいた。


「ルーティの言うとおりだ。平民の分際で、我が勇者パーティに入って足を引っ張るとはな。怪我させられた方も、腹の虫が収まらない――そうだろう、アンリエッタ?」



(あー、やだやだ。何でも自分の思う通りに進むと思ってる顔だわ)


 勇者パーティのリーダー。

 それすなわち勇者である。


 年頃の少女なら頬を染めて俯くような、顔立ちの整ったイケメンであったが、残念ながら杏子の守備範囲外。

 なぜなら――


(この土下座っ娘、かわいそ可愛い……。ギュッと抱きしめて、頭ヨシヨシして慰めたい。あっちの魔女っ子ロリも、口さえ閉じれば目の保養に――いいや、口汚く罵ってもらうのもありかも)


 杏子は女の子にしか興味がなかったのだ!


 マイノリティーであることは理解していた。

 だからこそ秘密を隠し通すために、杏子はぼっち生活をも甘んじて受け入れたのだ。男などアウトオブ眼中。

 勇者の圧倒的な美貌にも、何ら心を揺らされることはないのだ!

 


「どうしたんだ、アンリエッタ?」


 リーダーの男(エドワードと言うらしい)が、不思議そうに杏子に聞いた。


「アンリエッタ? うん、アンリエッタね……」 

「おいおい。本当に、どうしちまったんだよ?」


 勇者パーティーの一員。杏子、あらためアンリエッタ――それが少女の名前らしい。




◆◇◆◇◆


 アンリエッタが転生先で自らの名前を確認している間も、勇者パーティの面々は好き勝手なことを言い続けていた。


「優秀な聖女見習いを派遣してくれと希望したのにな」

「どんな人が来るかと楽しみにしてたのに、ろくに支援魔法も使えない役立たずの平民が選ばれるとはね……」


 そんな蔑みの視線を受けて、ミントは体を小さくする。


「だが悪いことばかりではあるまい。タダで奴隷が手に入ったと考えればな」

「そうね。都合の良い召使いが手に入ったようなもんね。……使えないけど」



(な、なんてことを言うの!)


 アンリエッタは内心で憤った。

 こんな可愛い子を前に「奴隷」とか「好きにして良い召使い」なんて。


 ああ、こんなに震えちゃって。

 今すぐ助け起こして、う~んと慰めたい。

 あわよくば「お姉さま」なんて呼ばれたい。


(そんな空気じゃないけど……)



「貴族に無礼を働いた平民がどうなるか、その身にたっぷり刻みこんであげるわ」


 魔女っ娘のルーティが、嗜虐的な笑みを浮かべてミントに近づく。

 土下座したままの少女は、なんら言い返すことなく頭を下げ続けていた。


「きょ、今日のところはこれぐらいで許してあげましょう?」


 相手は勇者だ。下手なことをしたら、叩き切られかねない。

 異世界転生をきっかけに、だいぶ欲望のタガが外れかけてはいたが、それでもアンリエッタには中途半端に理性が残っていた。

 事態を静観しようとしたが、黙って見ていることは出来なかった。


(謝られてるのは私みたいだし、問題ないでしょう!?)


 空気を読まず開き直る。



「聖女見習いといっても、こいつは平民よ。厳しく躾けておかないと、すぐに調子に乗るわ!」

「その通りだ。聖女に選ばれて調子に乗ってる平民に身の程を教えるのが、我々の役割というものだろう?」


 当たり前のように口にする勇者パーティの面々。


(ノー! 貴族社会!? そういう感じなのね!)


 平民・平民と、勇者パーティの面々はうるさいぐらいに口にしていた。なるほど、貴族が絶対的な権力を持つ――そういう世界なのだろう。異世界には異世界のルールがあるのだ。

 知らずに禁忌を犯したらジ・エンドだ。


(というか私、貴族としてのしきたりとか何も知らないんですけど。とりあえず穏やかな笑みを浮かべて、上品に笑っていれば良いのかしら!?)


 アンリエッタは「おほほ」と笑う自身の姿を想像した。

 ……似合わなすぎる。あっという間に化けの皮が剥がれそうだ。


 否、被る皮すら持ち合わせていなかった。




◆◇◆◇◆


(この世界の勇者は、こんな感じなのね……)


 勇者といえば世界を救う英雄だ。

 身分の違いなどという些細なことにこだわらず、世界を救うという目的のために突き進んでいただきたい、とアンリエッタは思った。



(勇者エドワード。それに聖女ミントねえ……)


 アンリエッタは更に思考にふける。

 何かが、頭の片隅に引っかかっていた。


(どこかで聞き覚えのある名前のような? それも、つい最近……)


 エドワード、ミント――そしてアンリエッタ。

 う~ん、う~ん?


 クズ勇者と、嫌味なライバル令嬢!

 そして清らかなる聖女・天使様!



(って……うそおぉぉぉぉぉ!?

 それって、私が直前に読んでた、ウェブ小説の登場人物の名前じゃない!?)


 唐突に思い出した。

 思い出してしまった。

 それは前世の記憶だった。


 思い出したウェブ小説。

 タイトルは『勇者パーティーで虐げられて追放された見習い聖女は、隣国の王子に真の力を見いだされて幸せになりました ~今さら気がついても、もう遅い!~』的なタイトルだったはずだ。いやいや、長すぎか?

 

 その小説において、聖女は国を守護する大切な役割を担っていた。見習い聖女の少女(ウェブ小説の主人公)は、力の使い方を学ぶために勇者パーティーに加入するのだが、この『勇者パーティー』というのが、大変なクズの集まりなのだ。


 権力にものを言わせて好き放題する典型的な小物。魔王を倒して平和な時代を作ろうという理想は、これっぽっちも持っていない。そのくせ嫉妬心だけは人一倍強く、平民なのに権力を持つ聖女を強く憎み、徹底的に虐め抜くのだ。


(そんな虐げられた少女がトラウマを乗り越えて、世界一の聖女に成長していく。主人公が可愛い過ぎるのよ!! 散々バカにしてきた勇者パーティーが落ちぶれて、全滅する様子はとても爽快――思わず画面の前で「ざまぁみろ!」って叫んだわね!)


 聖女の力の恩恵に今さら気が付いても「もう遅い!」と。「あなたたちが、私にしてきたことを忘れたの?」と。

 虐げられた聖女はトラウマを乗り越え、王子と支え合いながら前を向く。そして、勇者パーティーに因果応報という言葉を叩きつけるのだ。

 うんうんと思い出しながら頷き――


(ダメじゃん!! 私、勇者パーティーの一員っぽいのに!?)


 アンリエッタ、2秒で青ざめる。

 上がったテンションは急速に萎んでいく。



(というか私、よりにもよってアンリエッタなの!? 絶対に助からないじゃん!!)


 勇者パーティーは、寄ってたかって見習い聖女を苛め抜いた。

 中でも酷かったのが、同い年の少女――アンリエッタによる虐めだった。過去編で明かされた彼女の行為は、まさに苛烈そのもの。ネチネチ嫌味を言うのは朝飯前。いちゃもんを付けて罠に嵌め、寝る暇も与えず雑用を押し付ける。挙げ句の果てには、モンスター相手のオトリ扱い――作中屈指の嫌われキャラなのだ。


 嫌われ役でざまぁ対象。

 さながら、ウェブ小説版・悪役令嬢とでも言ったところか。



(せっかくの異世界転生なのに。そんなのって、そんなのって!!)


 悪役令嬢に転生?

 ……いいえ、それはまだ良い。

 それならせめて乙女ゲームが良かったぞ、こんちくしょう。



 どれだけ現実逃避しても、アンリエッタの目の前に広がる光景は消えない。


(神さま。どうせなら、もう少しマシな世界を)


 受け入れるしかなかった。

 どうやらアンリエッタは、未来の大聖女様を虐め抜いて――最後に『ざまぁ』されるウェブ小説の悪役令嬢に転生してしまったようだった。

 見習い聖女のミントは、コロコロと表情を変えるアンリエッタを、不思議そうに見つめるのだった。




◆◇◆◇◆


 小説におけるアンリエッタは、あっさりモンスターに殺される役割であった。

 ざまぁの始まりに、あっさりとモンスターに喰い殺されることになる。


(ふざけんな! あんな生々しい描写すんじゃないわよ!)


 過激なざまぁが望まれる昨今のウェブ小説。読者のヘイトを一心に集めた彼女の最期は、気合の入った非常に生々しいものであった。

 バリバリ、ムシャムシャと。

 生きたままモンスターに喰われるのだ。痛みと苦しみの中、どれだけ助けを求めても彼女を助けるものはいない――どうにもならない現実。



『今さら後悔しても、もう遅い!』


 すべては因果応報だと。

 悪いことをしたら全て自分に返ってくる――タイトルにも含まれている作品を象徴するキーワードだ。


(……今さら後悔しても、もう遅い?)


 そんな殺生な。

 私、ここに転生してきたばっかりなのに!


(物語はどこまで進んでいるの?)


 分からない。

 分からないがこのまま付き進めば待ち受けているのは破滅だけ。そんな運命を覆すためにも――



「だ、誰にでもミスはあります!」

「アンリエッタ様……?」 


 やるべきことは1つしか無かった。


「未来の聖女様が、そんな風に頭を下げないでくださいませ。勇者パーティの一員なら、もっと堂々として下さい!」


 アンリエッタは未来の大聖女に手を差し出し、暖かな笑みを浮かべる。


(こんなところで土下座させたら、将来どんなしっぺ返しがあることか……!)


 アンリエッタは知っている。

 目の前の少女が聖女の力を使いこなし、やがては世界を救う『大聖女』と呼ばれるようになっていくことを。世界中から大切にされるようになる目の前の少女は、ヘッポコ勇者パーティが敵に回して良い相手ではないのだ。



「あ、アンリエッタ様? あれだけの事をやらかしたわたしを、許して下さるのですか?」

「許すも何もないでしょう。私たちは志を同じくする仲間です。助け合うのは当然でしょう?」


 勝手に仲間だと言い張り、仲間とは助け合うものだと強引に定義。

 勇者パーティが全滅しそうな時に、もう遅いなんて言わせない。破滅回避のためには手段を選ばないアンリエッタの力業が光る。


 ミントは呆然と目を瞬いた。



「緊張して罠を踏み抜いて、モンスターをおびき寄せてしまいました。恐怖で動けないわたしを庇ったせいで、お怪我を――」


(……ん?)


「せめてものお詫びにと使った回復魔法。暴発してしまって、傷を癒やすどころか制御できず出血を悪化させて――」


(んんんんんん?)


「アンリエッタ様を死なせてしまうところでした。それなのに……心優しいあなた様は、わたしのことを許して下さるのですね!」


(ちょい待てや原作! そんな描写ひとことも無かったじゃない!?)



 アンリエッタは、どうやら目の前の見習い聖女に殺されかけたらしい。ざまぁの前に、主人公に殺される悪役令嬢とか嫌すぎる。

 それは少しぐらい責められても仕方ないような……


(いいえ。この子を責めても何の得もないわ)


 ミントは、この世のすべてを拒絶するような目をしていた。見るものを寄せ付けない眼差し。

 こんなに可愛いのに、こんな目をするなんて。なんと勿体ないことか。


(うんと励ましたい!)

(でろんでろんに甘やかして、無邪気な笑顔を私だけに向けて欲しい!)


 アンリエッタの欲望は、なかなかに歪んでいた。

 しかしその欲望は、ざまぁ回避という目標と奇跡的に一致していた。



「勇者パーティの役割は、聖女様の力を覚醒させることです。その程度の失敗、何ら気に病む必要はありませんわ」

「本気ですか? また足を引っ張るかもしれません。アンリエッタ様をまた危険に晒すことになるかもしれないんですよ?」


「問題ありませんわ」


 きっぱりと言い切る。

 アンリエッタの思考回路は、だいたいがざまぁ回避で出来ている。何に巻き込まれても、破滅に繋がらないのなら万事オッケーなのだ。



「どうして、そこまでして下さるのですか?」

「……私自身のためよ」


 更に言うなら「ざまぁ」回避のため。

 まごうことなき本音だったが、



「なるほど。聖女の力を覚醒させて魔王を討伐する任務を、アンリエッタ様は『自分自身のため』とおっしゃるのですね……」


(ん……?)

(私、魔王を倒しにいくの?)


 まあ勇者がどうにかしてくれるか。

 後ろから付いていって、うんと応援しよう。



「わたし、自分が恥ずかしいです。自分のことしか考えていませんでした。常に魔王を討伐して、平和な世界を取り戻すことだけを最優先に考えている――アンリエッタ様とは大違いです」


(んんんんんん?)


 饒舌なミントちゃんも可愛い!

 でも何を言い出したのか、さっぱり分からない!

 世界なんてどうでも良い。

 アンリエッタは、ただ平穏に生きたい。



「アンリエッタ様の期待に応えられるように。精一杯、頑張ります!」


(――なんかよく分からないけど、結果的には上手く収まった!)


 アンリエッタ、あっさり思考を放棄。

 なんかよく分からないけど、良い感じに事が進みそうな空気を察知。

 それに全力で乗っかることを選択する。




「分かってくださって嬉しいわ。ミントさん、これからよろしくお願いしますね?」

「はい。こちらこそ!」


 そう言ってミントは、はにかんだように笑った。




◆◇◆◇◆



【SIDE: ミント】



(勇者パーティーか。嫌だけど頑張らないと……)


 ミントは憂鬱だった。

 顔合わせのときから、勇者パーティへの印象は最悪だった。


 リーダーのエドワード様からは、パーティの雑用をすべて担うよう命じられた。

 聖女の力とは何も関係がない理不尽な要求だったか、お貴族様に逆らってもろくなことにならないのは経験上分かっていた。

 



 ミントはすでに、この旅を「耐えぬくべきもの」だと位置づけていた。

 何をしても認められることはない。

 ただゆうたちのストレス発散に使われるだけだと――そう諦めていたのだ。



 だからこそ、目の前の少女の発言が信じられなかった。


「だ、誰にでもミスはあります!」

「未来の聖女様が、そんな風に頭を下げないでくださいな? 勇者パーティの一員なら、もっと堂々として下さいませ!」


(この人は何を言っているのだろう?)


 ミントは困惑していた。

 おおよそ貴族の少女の口から出る言葉とは思えない。

 まさに想像もしていなかった言葉である。



(何かを試されているの?)

(受け答えを間違えたら、調子に乗るなと馬鹿にするつもりかも……)


 どうにも言葉を素直に受け取ることが出来なかった。


(これまでも例外的に優しかった人はいた。みんな聖女の力が目的だった)

(使い物にならないと分かったら、すぐに手のひらを返す)


 みんな同じ。

 下手な期待は持たない方が良い。

 そう思っていたのに――



「志を同じくする仲間――助け合うのは当然でしょう?」


 アンリエッタ様は、狙いすましたかのようにそうささやいた。


 仲間。互いに助け合う関係。

 それはミントがどれだけ望んでも、手に入らなかったものだ。


 求められるのは聖女の力のみ。

 一方的に期待され、使い物にならないと勝手に失望される、その場限りの関係性。



(どうして、この人はそんなことを言うんだろう?)


 昼間の大失態は、忘れたくても忘れられないだろう。

 モンスターを集める罠を踏み抜いてしまい、アンリエッタ様は怪我をした。その怪我を癒やそうとしたけれど、


(……大失敗だった)


 アンリエッタ様の傷口から噴水のように血が溢れ出したとき、ミントはパニックに陥った。たまたまエドワード様が持っていたアイテムのおかげで助かったものの、もしそれがなかったら今頃は……



(私ではきっと、アンリエッタ様の期待に応えられない)


 そんなことアンリエッタ様だって分かっているはずなのに。


 どうせ最後に捨てられるなら。

 最初から望みなんて持たない方が良い。そう思うのに……


「――心優しいあなた様は、私のことを許して下さるのですね……」


 どうしてだろう。

 微かな希望を持ってしまう。

 気がついたらそんなことを口走っていた。



(嫌われるなら、さっさと嫌われたい)

(希望なんて見せないで欲しい)

 

 相手の言葉を無理やり解釈して、畳み掛けるように言葉を重ねた。

 平民であっても貴族であっても、怪我の治療で相手を殺しかけた聖女とか願い下げだろう。許されるはずもないのに、無理やり「許された」と既成事実のように言い張る。


(さっさと嫌われた方がきっと楽だから)

(どうして、私はこうなんだろう)


 臆病な自分。

 後悔と……ほんの少しの期待。

 ビクビクと相手の反応を伺った。

 


「――その程度の失敗、何ら気に病む必要はありませんわ」


 返ってきた答えは、斜め上だった。

 ミントが「どうしてそこまで私のためにしてくれるのか?」と震えながら聞くと、



「……私自身のためよ」


 なんて答えが返ってくる。

 その言葉を聞いて、ミントはようやく理解した。


(アンリエッタ様は、私みたいなちっぽけな人間とは、考え方が根本的に違うんだ)


 これまで出会った人々は、聖女の力を利用して権力を手にすることだけを考えていた。そういった人々は他人の失敗に敏感で、何より自分の身が可愛いものだ。


 一方のアンリエッタ様は、他人の失敗にも寛大。目的のためには己の見を危険に晒すこともいとわない――これまで出会ってきた人とは、何もかもが違うのだ。


(嫌われてるとか好かれてるとか。そんな些細なことは、アンリエッタ様にとってどうでも良いんだ)

(とにかく平和な世界を作りたい――そのために、聖女を育てて魔王を討伐したい。アンリエッタ様はそれだけを願ってるんだ)


 願いのために、いろいろなものを切り捨てて来たのだろう。それは途方もない生き方で――同じ年の少女が望む願いとは思えなかった。


(きっと世界を救う英雄というのは、アンリエッタ様のような方なんでしょうね)


 言われるがままに生きてきたミントにとって、目の前の少女はあまりに眩しかった。

 違う世界の住人のよう感じられた。



 それでも――


(いつか並び立てるのかな?)


 自分のことを優秀な聖女だと思ったことは、生まれてから一度もなかった。落ちこぼれという教会からの評価は、まず間違っていない。


 半ば押し付けられるようにやってきた落ちこぼれの見習い聖女。

 それをアンリエッタ様は、文句ひとつ言わずに育てようとしている。

 自らの体を差し出してまで――文字通り命をかけて。



(いつからだろう?)


 期待に応えられないことに、何も感じなくなってしまったのは。

 失望する様を見たくないからと、人と信頼関係を築くことを諦めてしまったのは。



(失望されないためじゃない)

(私はアンリエッタ様の力になりたい!)


 いつになく強く願った。

 聖女の力を使いこなして、アンリエッタ様の夢を叶える手伝いがしたいと。



「アンリエッタ様の期待に応えられるように。精一杯、頑張ります!」


 不器用な私は、そんなことしか言えないけれど。

 アンリエッタ様は、たどたどしいミントの宣言を一生懸命に聞いていた。

 そして最後には嬉しそうに、こう口にしたのだ。



「ミントさん、期待していますね?」


 これまでも多くの人から投げかけられた言葉。

 それでもミントはその言葉を、生まれて初めて前向きに受け取ることが出来た。


「はい!」


 ミントは強い決意とともに頷いた。




 言うまでもなく、全てはミントの思い込みである。アンリエッタが望んでいるのは、「ざまぁ」を回避して、死の運命を覆すことだけだ。

 しかしその真相は、誰にも知られることはなかった。

連載版はじめました!

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