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彼の友人は彼女の敵  作者: 石月 ひさか
おしゃれへの目覚め
9/90

4

「それでね、この服どうか見て欲しいの」


「あぁ」


再び苦笑いを浮かべ、自分で冷蔵庫を開けてビールを取ってくる。


再びソファに座ってテレビをつけると、着替え終えたらしく、深雪から部屋から出てきた。


「見て!こんな感じ」


白いジャケットにグレーのVネックセーター、それに黒いパンツ姿だった。


普段の服装はどちらかと言えばピンクなどの女性らしい色合いにスカートが多いため、珍しい格好だと思った。


「落ち着いた感じで似合うよ」


「でしょう。あとはこれ」


次は白と黒のストライプのパンツに、黒いトレンチコートだ。


「それも良いんじゃないか。なんか、みんなシンプルというか、モノトーンなんだな」


出てくるのはみんな、白・黒・グレーばかりだ。


確かにファッションをよく見せるには、3色以上は使わない方がいいと言うが、なにも髪色に全てあわせなくてもとも思う。


「色々試着してみたのだけど、やっぱりしっくりくるのはモノトーンだったの」


「へぇ。まぁ、深雪なら何を着ても似合うよ」


一緒にファッションについて語れるデキる夫でいたいとは思う。だが、そろそろ空腹が限界だ。


「ファッションショーはその位にしてさ、そろそろご飯食べないか?」


「あ、そうね。ごめんなさい。すぐに準備するわ」


バタバタと寝室に戻る深雪を見送り、小さく笑う。


昔は見た目や格好になんて全く興味がなく、楽だから(あとは舐められないように)という理由で金髪の丸坊主だったのに。


服は近所の幼馴染みや仲間から古着を貰って適当に着ていただけなのに、この違い。


「美容室に服か……。やっぱりアイツも女なんだなぁ」


自分もファッションに興味がないわけではないが、あそこまでではない。


変われば変わるものだなと思っていると、部屋着に着替えた深雪が戻って来て、惣菜を皿に盛り付けている。


「なにか手伝おうか」


「大丈夫よ。すぐ出来るから、座って待っていて」


テレビを消し、ダイニングテーブルに座る。


せめてもの償いなのか、買って来た惣菜を綺麗に盛り付け、テーブルに並べる。


「ローストビーフサラダと、パスタ。こっちはピクルスよ。ビール、もう1本飲む?」


「あぁ」


差し出されたビールを受け取ろうと手を伸ばした時、深雪の指先が目についた。


「これ、もしかしてネイルか?」


「そうよ。これもかっこいいでしょう」


意外だった。


今までネイルなどした事がなく、透明なマニキュアも爪に違和感があると言っていたのに。


結婚式の時ですら、気持ち悪いから嫌だとネイルなしで仕上げたのだ。


「モノトーンにハマったのか?」


手を握り、指をまじまじと見る。


個人的にネイルの好き嫌いはないが、確かにオシャレな女はみんなしている印象だ。


「そうね。シンプルだとオシャレに見えるし。真っ黒だと暗いけど、白やグレーならいいかなぁって」


「へぇ。良いんじゃないか?」


モノトーンに関しては、それ以上の感想はない。


ビールを半分くらい飲み干すと、ローストビーフサラダを口にいれる。


やっぱり鰻が食べたい。


明日は出前で頼もう。


「そうだ。この前の事、考えてくれた?」


「何の話だ?」


ピクルスをつまみに、ビールを飲み干す。


「仕事の事よ。やっぱり、何かしていたいなって思って」


「またその話か。前にしなくても良いって言っただろう」


以前の仕事がよほど楽しかったのか、仕事を辞めた今でも、アルバイトやパートタイムで働きたいと何度も打診されている。


する必要はないと諦めさせたつもりだったが、どうやらまだだった様だ。


「お金に関して、必要がないのはわかってるわよ。でもそうじゃないの。忙しい公一にこんな事を言うのもあれだけど、退屈なのよ。だって日中はずっと家にいて、話し相手は公一だけなのよ?私も友達が欲しいし、誰かの役に立ちたいの」


「それなら、何か習い事をすれば良いんじゃないか?近くにカルチャースクールもあるし」


「習い事じゃなくて仕事がしたいのよっ」


強い視線が刺さる。しかし公一は、敢えて見ないようにして目を反らした。


目を見れば、考えている事が見透かされそうな気がしたからだ。


正直、深雪にまともな仕事ができるとは思えない。


秘書課にいた時の仕事も、データ入力やお茶汲み、それに資料のコピーなどのお手伝いレベルの事しかさせていない。


中卒の深雪には、学がない。


要領や地頭が悪いとは思わないが、金をもらえるだけの能力はないのだ。


以前の仕事は研修期間の内容だったし、キャラで仕事ができない人とは認識されていなかった。


だが見る人が見ればわかるもので、教育係を任せていたキャリア(華江)からは、正直あまり期待は持てないと報告を受けていた。


補佐役である秘書課の女性には、知的さと器量、それと気遣いさが求められる。勿論学はあるにこした事はないが、サポートが主な仕事の為、そこまで重要視はされない。


深雪に関しては、器量と気遣いはあるが、とてもではないが重役につける事はできないレベルだったのだ。


そんな深雪が、自分の息がかかっていない所に仕事へ行き、迷惑をかけないとは思えない。


さすがに面と向かってそう言う事もできず、金に不便していないからという体で止めているのだ。


「仕事って言っても何ができるんだ?学歴もあるし」


「だからそれは大丈夫よ。主婦なんだから、パートやアルバイトなら、最終学歴なんか気にされないわ。どこでも良いの。コンビニでもスーパーでも、土方でも」


「土方だの交通整備だのガソリンスタンドだの、それが主婦がやるパートじゃないだろ」


「だって、公一が学歴がどうこう言うからじゃないっ」


深雪が声を張り上げた。


この流れは良くない。


このまま間違いなく口論に発展してしまう。


そうなれば自分の性格的に、余計な事まで言ってしまいそうだ。


『お前、前の職場では見込みなしって報告されていたからな』など。


公一は自分を落ち着かせる為に深呼吸をすると、「わかったよ」と呟いた。


「そんなに働きたいなら、面接を受けてきてもいいよ。だけど、土方だの交通整備はやめてくれよ。せいぜいコンビニかスーパーか……。飲食店でも良いよ」


「本当に!?」


深雪の表情が明るくなる。


「あぁ。だけどその代わり、それは全部なしだぞ」


深雪の指先を指差す。


「え?なに?」


「それ。ネイルとかその髪色だよ。接客業はうるさいからな。ネイルは落とさなきゃならないし、髪の毛も黒く染めなきゃな」


今日日、ネイルは未だしも、女性の髪色はそこまでうるさくはない。


せいぜい茶色辺りまでならばセーフだが、敢えて真っ黒にしなければいけないと偽った。


深雪は軽く眉を寄せると、しばし考え込んだ。そして不意に「わかったわ」と呟いた。


「仕事は止めるわ」


「え?どうしたんだよ急に」


「だって、オシャレできないんでしょう。それなら無理にしなくても良い。私には、こっちの方が大事だから」


「……」


ダメ元で言ってみたのだが、効果覿面とは意外だった。


昔の深雪なら、髪を真っ黒にするのだって、ばっさり短くするのだって躊躇しなかっただろう。


それが、オシャレがしたい為に仕事を諦めるなんて。


正直公一は、オシャレにうるさい女は好きじゃなかった。


僅かに髪色を変えたり、前髪をほんの数センチ切っただけで、気付かなければ不機嫌になられたからだ。


いつかの彼女は、待ち合わせ場所に大遅刻してきた挙げ句、やっぱりこの服じゃ気に入らないと言って家に戻られた。


そのことにキレると、「公一の為にオシャレをしたかっただけなのに」と逆ギレをされたこともある。


本当に好きなら、少しの変化でも気づくはずだと指摘されるが、今ほどの変化ならば未だしも、化粧や髪色を少しばかり変えたくらいじゃ、実際のところ相手が誰であっても気付かないだろう。


幸い深雪はそんな事で怒るような性格でもないし、そもそも変えるならガラリと変える。


「今度は新しくできたデパートに行こうと思うの。カード使っても良いかしら?」


「あぁ、別に構わないよ」


普段の買い物とは別に、深雪が使う用の家族カードを別に持たせてある。


今まで請求が来た事はないが、それを使いたいという事だろう。


これからは少し出費が増えそうだが、 それで一番止めて欲しい仕事を諦めてくれるならば安いものだ。


幸い、金には余裕はある。


これから暫く出費が増えたとしても、大した影響はない。


「今まで我慢していたんだから、これからは好きな事をなんでもすると良いよ。深雪が綺麗になるのは、俺も嬉しいから」


「ありがとう。今までは別に我慢していたわけじゃないけど……。でも、オシャレがこんなに楽しいなんて思ってなかったの。今度はペディキュアもしてみようと思って」


「ペディ……なんだって?」


「ペディキュア。足の爪よ。指とお揃いにしたら可愛いわよね。そうだ。今度エステにもいこうかなぁ。肌が凄く綺麗になるんですって」


「へぇ」


深雪の口から出るとは思っていなかった言葉の数々に苦笑いを浮かべる。


取り敢えずこれで日中の退屈さからも解放されるし、しつこく仕事に行きたいと言われなくなって安心した。


ビールを飲みながら、女は誰でも金がかかるんだなと改めて思った。

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