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彼の友人は彼女の敵  作者: 石月 ひさか
彼のこれから
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4

「ただいま!」


「お帰りなさい」


「美姫は!?」


靴を脱ぎながら問うと、深雪は苦笑いを浮かべながら小さく溜め息を吐いた。


「今はテレビを見てるわよ。もうすぐ寝る時間なんだから、あまり興奮させないでね」


「わかってるよ。美姫!パパだぞーっ」


スーツの上着を脱ぎ、テレビの前で踊っている娘に駆け寄る。


抱っこをすると、美姫は嫌そうな顔をし、小さな手で体を押し返した。


「ちょっと、先に手を洗って。それにその格好じゃダメだって、いつになったらわかるの?」


何故か娘は、社長の姿の公一を父親だとは認識できないらしい。


前髪を下ろし、普段着に着替えないと、最悪泣きわめかれてしまうのだ。


「なんでまだわかってくれないのかなぁ」


「気づいてないかもしれないけど、仕事モードの公一は怖いからよ。ほら、早く手を洗って着替えてきて」


「はぁ。わかったよ。あ、これは俺が渡すからそのままにしといて」


脱衣所に向かうと、深雪は紙袋を見て眉を寄せた。


「ちょっとまたおもちゃを買ってきたの?」


もう山ほどあるのに……と溜め息を吐く声が聞こえる。


「良いだろ。おもちゃくらい」


「良くないわよ。義兄さんや義父様達からも届いているのよ。もう置く場所がないわ」


「え?」


顔を洗って髪の毛を下ろし、普段着に着替えてリビングに戻る。


よく見ると、テレビの横に大きな段ボールがいくつも重なって置いてあった。


「あれ、なんだ?」


「義父様からのプレゼントよ。開けてないけど、多分また美姫の服やおもちゃね」


「へぇ。孫フィーバーしてるなぁ」


段ボールに近付いて呟くと、やっと父だと認識したらしく、美姫が喜びの悲鳴を上げながら公一に抱きついた。


「ただいま美姫ー!今日も元気いっぱいだなぁ。パパに会えなくて寂しかっただろー!」


ぎゅっと抱き締め、頬にキスをする。


1才になった美姫は、最近やっと単語で言葉を話すようになってきた。


「パパ!」と満面の笑みを浮かべると、お返しに頬にチューをする。


「あーもう可愛いなぁ!あ、そうだ。今日もお土産があるんだぞ。ほら」


「きゃーっ」


渡された包みを受けとると、バリバリと包装紙を破る。


「美姫。ありがとうは?」


洗い物をしながら深雪が言うと、舌っ足らずな言葉で「あいがと!」と言った。


「ちゃんとお礼言えて偉いなぁ。今日はこれで一緒に遊ぼうな」


「うん!」


包みから出てきた人形を抱き締めると、深雪に見せるためにかけて行く。


「ママ!」


「はい、なぁに。あら、可愛いお人形さんね」


「ママ!」


「これはママなの?ありがとう」


笑顔で頭を撫でると、人形を抱き締めながら公一の所に戻っていく。


「パパ!」


「パパはこれ使うのか?じゃあお人形さんごっこしようか」


「うん!」


ソファに座り、お人形を使って遊ぶ2人を見ながら、深雪は苦笑いを浮かべる。


娘が生まれてから、近藤家の関心は美姫に集まっている。


義理の父は孫に大喜びし、イベントなど全く関係なく大量のおもちゃや洋服が届く。


義理の兄達も同じく姪を大層可愛がっており、休みの度に美姫を見に遊びに来る。当然の様に、大量のプレゼントを持って。


公一はそれを孫・姪フィーバーになってるなと皮肉っていたが、彼も例外ではない。


ほぼ毎日定時に帰宅し、今日の様に抜けられない仕事があっても美姫が寝る前には必ず帰ってくるようになった。


そして手には、必ずお土産を持って。


普段、家事全般は専業主婦の深雪が行っている。


しかし娘の世話に関しては、公一が率先しておむつを代えたり、遊び相手になったりと育児に参加してくれている。


その為初めての育児もそこまで苦ではないのだが、公一の娘フィーバーな姿を見ていると、なんとも複雑な気持ちになってしまう。


「ねぇ、お風呂に入ってくるから、美姫のことお願いできる?20時になったら寝かせて欲しいの」


「あぁ、わかった」


「絶対よ?嫌がられても寝せてね?」


「大丈夫だって。じゃあ1万円払いまーす」


娘とお買い物ごっこをしている公一を後目に、着替えを持って脱衣所に向かう。


「もう、また上着脱ぎっぱなしで」


早着替えをするためか、脱いだ上着がそのまま洗濯かごに放り投げられてある。


このまま洗濯機に入れても良いが、確かこれはブランド物の高いスーツのはずだ。


さすがにクリーニングに出さなければならないだろうと、ハンガーにかける。


「はぁ……。疲れた」


熱い湯に体を沈め、深く息を吐く。


数年前までは退屈でならなかった日々も、娘が生まれてから一変した。


何より一時も目を離せないのだ。


1才になり、最近は少し落ち着いてきたが、それまではまるで毎日が戦争のようだった。


こうして1人で風呂に入れるようになったのも比較的最近だ。


「最近、自分に時間を使えてないわね。脱毛しておいて本当に良かったわ」


無駄毛が生えていない腕を撫でる。


妊娠したと友人に報告した時、真っ先に言われたのが脱毛だった。


子供が生まれると自分に使う時間は皆無になる。


絶対に脱毛サロンには行くべきだと声を揃えて言われたのだ。


アドバイスの甲斐あり、腕も背中も足も常にツルツルで、夏場に慌てることもなくなった。


その代わり、かなりの出費にはなったが。


「久しぶりに髪の毛も切りたいなぁ。ボサボサだわ」


髪色も出産前に暗く染め直したお陰で、生え際が目立つこともない。だが美容室に行く暇がない為、それを隠す為にいつも結んでいる。


「公一に美姫を見ていて貰おうかな……。でも、心配だわ」


公一は父親としてよくやってくれている。美姫が生まれてからできたママ友達の話を聞くと、かなり協力的だ。


だがどこか抜けているというか、不安になる事がある。


その一番が甘いところ。


普段は容赦なく社員を怒鳴り付けているくせに、娘にはダメと言えないらしい。


美姫が何か欲しがればなんでも与えてしまい、わがままもなんでも聞いてしまう。


加えて義理の父や兄達も同じ扱いをする為、わずか1才ながら自分の事をお姫さまだと思っているらしい。


その証拠に、テレビでお姫さまを見ると、指をさして「みき」と言うのだ。


「取り敢えず公一には、ダメって言うことを覚えてもらわなきゃ」


風呂を済ませてパジャマに着替えると、髪を拭きながらリビングに戻る。


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