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「具合悪そうね?大丈夫?」
「ちょっと、アンタ誰よ」
見上げると、今まで介抱していた(らしい)女が眉を寄せて睨んでいる。
深雪はにっこりと笑い、立ち上がって彼女達を一瞥した。
「うちの主人がご迷惑かけたみたいで。申し訳ありません」
「え……」
女は絶句した。
「あの、もしかして……彼の奥さんなんですか?」
近くにいた黒髪の大人しそうな男が呟く。
きっと、電話をくれたのは彼だろう。
「はい、公一の妻です。電話を頂いたので、飛んで来ました」
するととたんに、周囲から『結婚してんの!?』と声が漏れ、ざわめきだした。
その騒ぎに、公一は眉を寄せながらうっすら目を開けた。
「なんだよ騒がしいな……。頭に響くんだって」
「迎えに来たの。帰りましょう」
「え?」
顔を見た瞬間、公一は目を丸くした。が、すぐに立ち上がり、深雪の肩を掴んだ。
「深雪!?な、なんでここに」
「俺がお前の自宅に電話したんだよ」
黒髪の男が苦笑いしながらスマートフォンを差し出す。
公一はそれを受け取ると、チラリと深雪を見た。
その目は何か言いたそうだ。
「どうかした?」
「ちょっと来て」
手を引かれ、少し離れた場所に連れて行かれた。
「なに?」
公一は団体から深雪を隠すようにして声を潜めた。
「何で来たんだよ。香ヶ崎や港もいるんだぞ」
「でも誰なのかわからないから大丈夫よ」
先程一通り見たが、どれが港なのか、誰が香ヶ崎なのか分からなかった。
向こうは絶対に深雪には気付かないだろう。
そう言うと公一は「そうだけど」と呟いて溜め息を吐く。
「それ。なんて格好してるんだよ」
「え?」
指を差され、改めて自分の格好を見た。
ピンクのキャミソールに黒のパンツ。
上には一応カーディガンを羽織ってきたが、言われてみれば確かに少しラフ過ぎるかもしれない。
「もっとちゃんとした格好してくれば良かったわよね」
目を伏せて呟くと、公一はおもむろにカーディガンのボタンをとめた。
「ちょっと、なに──」
「胸見えてんだよ。つーかなんでこんな胸元開いた服着てるんだ」
1番上まで止められたが、大して変わらない。
胸の事なんて、全然気にしていなかった。
「タクシーで来たんだろ?どこに止めた?」
「え?あ、お金払って下りちゃった」
「そうか。迎えに来たのだから、そのまま待っていて貰えば良かったのか。
気付けばあんなにたくさん居た人の姿はなく、タクシーも出払ってしまったみたいだ。
「まぁ仕方ないか。途中で拾おう」
苦笑いしながら頭を撫で、クラスメイトの方に戻って行く。
「じゃあ、俺帰るよ。お前等は3次会行くんだろ?」
「当たり前だろ。お前も復活したんなら来いよ。深雪ちゃん?も一緒に」
佐伯は何かを企んでいるような笑みを浮かべる。
なんだか嫌な予感がし、黙って公一の腕を掴む。
「そうだ。奥さんも一緒に来ませんか?コイツの昔の話とか、色々聞けますよ」
「本当ですか?」
深雪が公一と初めて会ったのは、彼が16歳の時だ。
だけど学校の話は聞いた事がない。
3次会に参加したい方向に気持ちが傾いた。
「馬鹿、余計な事言うな。帰るぞ」
手を引かれ、戸惑いながら振り向く。
「でも……」
「待てよ。ほら、奥さんだって行きたそうじゃん。来いって」
誰かわからないが、この人は凄く良い人かもしれない。
優しそうだし、部外者の深雪を仲間に入れてくれるなんて。
だが公一の表情は浮かない。
「駄目だ。どうせグラブにでも行くんだろ?この格好じゃ連れて行けない」
呟き、深雪を見る。
確かにこんな服では場違いかもしれない。
「なんで。別にいいだろ。可愛いって」
「そうそう。スタイル良いから、何着てもサマになるしな。バーが嫌なら居酒屋でもいいよ。なぁ」
振り向くと、後ろにいた団体の男の人達は笑顔で頷いた。
女の人達は、なんだか不満そうだが。
確かに、せっかくの同窓会に、わけのわからない女が居たら嫌だろう。
「やっぱり帰りましょう。ほら、明日も早いし。お邪魔してごめんなさい」
「え?あぁ、そうだね。じゃあな」
団体から離れ、深雪達は大通りに沿って歩いて行った。
いくら歩いても、タクシー所か、車の気配すらない。
「さっき、なんで急に帰るって言い出したんだ?」
手を繋ぎながら、公一がふと口を開いた。
「行きたかったけど。でもやっぱり、いいわ。直接聞けばいいものね」
旦那の話を人伝に聞いても仕方ない。
微笑み、指を絡めて強く握った。
「そんなに聞きたい事があるの?学校なんかまともに行ってなかったから、別に面白い事なんてないよ」
「うん、もういいの。だから気にしないで」
正直話は聞きたかったし、仲間に加わりたかった。
しかし、空気を読めない女にはなりたくなかった。
公一は「そうか」とどこか納得していないように呟いた。が、すぐに何かを思い出して笑った。
「でも行かなくて正解かもね。お前にしきりに話し掛けてた奴が香ヶ崎だよ」
耳を疑った。
香ヶ崎大介は、昔一番仲が悪くて、顔を合わせればケンカばかりしていた男だ。
互いに顔も声も名前すらも気に入らなくて、まさに犬猿の仲だった。
あの良い人が、香ヶ崎だったなんて。
「随分変わったのね。気付かなかった」
「お互いにな」
あの時は気付かなかったが、あのまま3次会に行っていたら、もしかしたらバレて大変な事になっていたかもしれない。
「行かなくて良かったわ」
「そうだね」
歩きながらふと同級生と話す公一の楽しそうな様子を思い出した。
やはり大人になると、昔の仲間が懐かしく思うものだ。
だけど深雪には、そんな友人はいない。
同窓会に呼ばれる事もないだろう。
現に今まで、そんな催しがあったかどうかすら分からないし、連絡を取り合っている友人もいない。
過去は綺麗さっぱり捨てたつもりだった。
だが、自分には友人がいないんだと思うと、少し寂しく感じた。