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彼の友人は彼女の敵  作者: 石月 ひさか
最初の友達
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10

「友達、かな?でも、なんで男友達との写真なんて」


顔は可愛いが、金髪の坊主頭だ。


見るからに不良そうな少年と、異様にくっついている。


近藤社長は満面の笑みだが、金髪の男の方は不満そうに仏頂面をしている。


一体、この2人の関係は何なのだろう。


そんな事を考えていると、すぐ近くで口論の様な声が聞こえ、自分の置かれている環境を思い出した。


そうだ。私は今、社長の自宅に居て、隠れている最中だった。


雰囲気から、瑞穂が居るのがバレたのだろう。


どうしようかと慌てふためいていると、勢い良くドアが開き、怖い顔をした近藤社長が入って来た。


「お、お邪魔しています!!」


とりあえず挨拶をしなければ。


思い切り頭を下げると、少し間が空いた。


そしてすぐに「陽子!?」という声が聞こえたのだ。


リビングに戻った瑞穂は、深雪と一緒に『社長』にお叱りを受けていた。


なんだがあの頃を思い出して懐かしく感じる。


職場では基本的に逆らわないが、今は別だ。


自分が悪いのだと言うと、近藤社長は深い溜め息を吐いた。


そして不意に口調が変わった。


そして『今日だけだからな』と念を推し、社長としてではなく、深雪の旦那として対応すると言ったのだ。


寝室で出前を頼んだ近藤社長は、スマホを片手に戻って来た。


「あと30分くらいで来るってさ。それまで俺は仕事しているから。女同士でゆっくりしてるといいよ」


そう言って鞄を持つ近藤社長は気味が悪い。


勿論、怒鳴られるよりはマシだが、家庭ではこんなに穏やか好青年だなんて。


やむを得ないとは言え、素を見せるなんて。


正直、後が怖い。


「あの、しゃ、社長………」


他に呼び名が見つからず、いつもの調子で声をかけた。


すると近藤社長は、振り向き、苦笑いを浮かべた。


「社長はないだろう。ここは会社じゃないんだから。とは言ってもまぁ、友達の旦那の呼び方なんと思いつかないよなぁ」


声のトーンも勿論だけど、語尾まで違う。


本当に、出勤した時が怖い。


「なぁ。普通、友達には旦那を何て呼ばせると思う?」


「え?そうね……私も呼んだことないからわからないけど。普通は旦那さんとか、名前なのかしら?」


近藤社長に向かって『旦那さん』か。


すごく違和感がある。


近藤社長もそう思ったらしく、首を傾げた。


「間違ってないけど『旦那さん』はちょっとないな。まぁ、無難に『公一さん』とかでいいか」


「こ、公一さんですか?」


近藤社長の下の名前を呼ぶなんて恐ろしい。


ただでさえ職場は近藤さんの集まりだから、苗字を呼ぶことすらないのに。


「あぁ。まぁ、それでいいよ。陽子──いや、この場合は名前か。瑞穂さん」


「………」


瑞穂さんなんて、社長に名前を呼ばれる日が来るとは思っていなかった。


万が一、うっかり社内で言ったら大変だ。


なんだか妙にくすぐったくて、気味が悪い。


複雑な表情を浮かべていると、近藤社長は鞄を持って部屋から出て行ってしまった。


「社長どこ行くのかな?」


てっきり隣の寝室かと思ったが、玄関に行って部屋から出て行ってしまった。


唖然としながら言うと、深雪は笑みを浮かべながら呟いた。


「隣の部屋だと思います。ほら、そっちが公一の書斎だから」


「なるほど……」


本当の意味で1人1部屋なんて。


やはりセレブは違うと、妙に感心してしまった。


出前が届いたのは、それから数分後だった。


随分早いなと思っていると、それを察したらしく、深雪が「マンションの1階にお店があるんですよ」と教えてくれた。


なんでもここのマンションは、住人専用の飲食店とクリーニング屋、それにカフェがあるらしい。


2階には託児所とプール付きフィットネスと、コンビニ、シアタールームも完備しているらしい。


本当にセレブは凄い。


驚きと羨ましさで複雑な心境を抱いていると、深雪は隣に隣接する壁を見ながら、心配そうに呟いた。


「公一、まだ仕事しているのかしら。呼んできた方がいいわよね」


「あ、私行くね」


隣の部屋にいる近藤社長を呼ぶのは、大体が瑞穂の仕事だ。


立ち上がると、いつもの調子で部屋を出て行った。


「社長、いらっしゃいますか。お食事です」


ドアをノックし、普段と変わらない口調で呼ぶ。


業務中に社長を食事で呼び出した事はないが。


返事を待っていると、不意にドアが開き、いつもの表情の近藤社長が顔を出した。


「何故お前が来る?花子──いや、深雪じゃないのか」


「あ………すみません。なんだがいつもの癖で」


また忘れていた。2人が夫婦なのだと。


ついつい出しゃばってしまった事を後悔していると、近藤社長は声を潜めた。


「今ちょっと良いか。確認したい事がある」


「は、はい?」


一体何だろう。


疑問を抱きながらも、招かれるまま部屋に入った。


「プライベートな時間にすまない。来週の会議の件だ」


溜め息混じりに呟くと、瑞穂の前に会議で使う書類を出した。


見覚えのある書類に目を通す。


「時間は11時。人数は6人か?」


「時間は間違いありませんが、人数は確か7人と聞いています。社長の分をあわせ、8部コピーしましたから」


そう告げると、社長は目を丸くした。


「それは本当か?」


「はい。間違いありません。昼食も、近くの仕出し屋に8人前で出前の予約をしましたので」


「そうか。うっかりしていたな」


呟き、近藤社長は溜め息を吐きながら前髪をかきあげる。


自宅という事でリラックスしているのだろうか。


いつもと違う雰囲気が新鮮だった。


瑞穂は資料を見るふりをしながら、近藤社長を盗み見する。


今限定で、華江の気持ちが少しだけわかるかもしれない。


よく見ると、近藤社長は若くてイケメンだ。中身を除けばイイ男かもしれない。


瑞穂は出前が来た事を告げに来ただけだったが、気付けば仕事の話につき合わされる羽目になった。


「それで、こっちの会議の予定はこれで間違いないか?」


「はい。先方は3名。資料はこちらで、13時です」


「そうか。ではこっちは」


「こんな場所で仕事の話?」


気付くと、いつの間にか部屋には、呆れた表情をした深雪がいた。


とたんに近藤社長は『旦那』の顔になり、書類を片付ける。


「ちょっと、来週の会議の確認をしていて……」


「瑞穂さんは私のお友達として遊びに来ているのよ。仕事の話なんてやめて。お寿司来たわよ」


深雪は少し不機嫌そうに睨んでいる。


鬼社長と恐れられている社長も、妻の前では、ただの男だ。


「ごめん、つい……。陽子──いや、瑞穂さんもありがとう。戻ろうか」


「はい」


『ありがとう』なんて、近藤社長には似合わない言葉だ。


妻には頭が上がらない社長の姿を見て、瑞穂は思わず笑いそうになった。

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