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話も一段落つき、用意したパスタを食べた。
やはり同性は、旦那と誉める点も興味も違う。
麺はどこのを使っているとか、ソースはどう作ったのかなど、普段聞かれない事ばかりで嬉しかった。
久しぶりに会った為か、色々な話で盛り上がる。
会社のこと、趣味のこと、そして美容のことなど。
本来の目的を思い出したのは、夕方近くになってからだった。
「あ、そうだ!画集。今日はそれがメインでしたよね。今持って来ますね」
慌てて立ち上がり、鍵を持って部屋を出る。
確かあの本は、公一の書斎にあったはずだ。
「えーと……これと、あとはこれかしら」
本棚に並べられた洋書の背を指で撫でる。
読めるが、和訳しても意味がわからない。
中にはフルカラーの絵が印刷されているので、恐らく間違いないだろう。
見た事があるものを数冊持ち、足早に戻る。
「これです。よくわからないんですけど、瑞穂さんの好きなものがあるかしら」
「これって、絶版になっている古書ばかりじゃない」
瑞穂は声を上げると、身を乗り出し、ゆっくりページをめくっていく。
「うわぁ。綺麗……これはフランスかぁ。あ、こっちはドイツ。やっぱりヨーロッパ巡りをしなきゃだめなのねぇ」
夢中になって画集を見る瑞穂を横目に、食べたパスタの食器を洗う。
すると不意に瑞穂が声をあげた。
「あれ、深雪ちゃん。これ、画集じゃなくてアルバムみたいよ」
「え?」
近づき、赤い表紙の本を覗き込む。
そこには新婚旅行の時の写真が貼られていた。
「あ、本当だわ。間違えてしまったみたい」
戻そうと手を出しかけるが、瑞穂は意外にも興味深そうに写真を見ている。
そして、ぽつりと呟いた。
「み、深雪ちゃん」
「はい?」
「今、思い出したんだけどね──深雪ちゃんの旦那さんて、しゃ、社長……なのよね?」
「えぇ」
指を差された写真に目をやる。
そこでは白いタキシードを着た公一が、笑みを浮かべて写っていた。
「今日、社長は?」
「大丈夫ですよ。取引先と外食だって言ってました。夜中まで戻りませんから、鉢合わせする事もないと思いますよ」
その時だった。
僅かにエレベーターが止まった音がし、深雪はピクリと反応した。
「どうしたの?」
瑞穂は気付いていないのか、キョトンとしている。
慌てて時計を見ると、まだ19時だった。
公一は確か、夜中に帰ると言っていたはずだ。
聞き間違いであって欲しい。
そう願いながら、瑞穂に笑顔を向ける。
「何でもないです。ただちょっと、エレベーターが止まった音が聞こえた気がし──」
そう言いかけた瞬間。
「!?」
ドアのチャイムが鳴り、2人は顔を見合わせた。
公一が帰って来たのだ。
深雪は立ち上がると、慌てて瑞穂の手を引く。
「ど、どうしたの!?」
「大変なんです。公一が帰って来たんです!」
「え?公一って」
言いながら、深雪の旦那が誰なのか思い出したらしく、瑞穂の顔色がみるみる変わっていく。
「しゃ、社長が帰って来たの!?」
「そうなんです。どうしよう──と、とにかくこっちへ!」
腕を引き、隣の寝室に隠れる様に言う。
なかなか出ないのを不審に思っているのか、今度は2回続けてチャイムが鳴った。
「はーい!ちょっと待って!」
心配そうな表情の瑞穂に、目で『大丈夫』と言い、急いで玄関に行く。
鍵を開けてドアを開くと、そこにはやはり公一が立っていた。
「お、お帰りなさい。早かったわね」
無理やり笑みを浮かべて言うと、公一は僅かに眉を寄せてつぶやいた。
「出るの遅かったな。なにしてたんだ?」
「え、あの………ちょっとうたた寝してて」
そう言うと、公一は「ふぅん」と呟き、靴を脱いだ。
隣に瑞穂の靴があり、ギクリとした。
しかし公一には、深雪の靴との区別がつかないのか、特に何も言わなかった。
「会食じゃなかったの?晩御飯作ってないけど──」
鞄を持ちながら後を追う。
「先方の都合で延期になったんだ。全く、こっちは休日出勤してるって言うのに」
「そ、そう……」
公一は文句を言いながら上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、ソファに座った。
その時ふと、テーブルに広げられているアルバムに目を止めた。
「どうしたんだ?これ」
「え!?あ………あぁ、急にアルバムが見たくなって!懐かしいでしょう?」
深雪は自分でも、異様に慌てふためいている事に気付いていた。
もともと隠し事ができない性分なのだ。が、公一は気づいていないらしく、笑みを浮かべて言う。
「新婚旅行のじゃないか。そういや、長い間旅行も行ってないね。明後日から3連休もあるし、近場でどこか行こうか」
不意に腕を引いて抱き寄せられた。
隣に瑞穂がいる事を意識してしまい、慌てて胸を押す。
「良いわね。是非行きたいわ。でも今から予約とれるかしら?」
スーツの上着を拾うふりをして離れる。
公一は僅かに不満気な表情を浮かべたが、鼻で笑った。
「まぁ、今はシーズンじゃないし、前日予約でもできるんじゃないか?」
言いながら、何やらスマホをいじっている。
深雪は寝室にいる瑞穂を気にしながら、手にしていたスーツをハンガーにかけた。
「どこがいいかなぁ。韓国?それともベタにハワイとか」
「えっ!?海外!?」
てっきり国内だと思っていたため、思わず声を上げてしまう。
「今は下手に国内に行くより海外の方が安いし近いだろう?北海道に行くより韓国の方が近いんだしさ」
「それは、そうだけど」
まさか3連休に海外旅行をするとは思っていなかった。
思わずパスポートの期限が気になり、ポツリと呟く。
「パスポート大丈夫だったかしら。最後に使ったのはずいぶん前よね」
「あぁ、そうか。パスポートがいるのか。俺のは大丈夫だけど──どうだったかな」
そう言いながら、公一は寝室に向かって歩き出した。
「ちょっ………ちょっと待って!」
今寝室に入られたらやばい。
瑞穂がいる事がバレてしまう。
慌てて行く手を遮ると、公一はふと、表情を変えて深雪の肩を掴んだ。
「お前、一体何を隠しているんだ?」
先ほどとは打って変わり、怖い表情で詰め寄られ、思わず身震いをする。
どうやら公一は、最初から深雪の様子に気付いていたらしい。
「何も隠してないわよ。なに言ってるの?」
明らかに戸惑いながら呟く。
うまく隠さなくてはと思うのだが、どうしても挙動不審になってしまう。
公一は鋭い目で寝室のドアを睨むと、深雪を押しのけて手をかけた。
「ま、待ってってば!何にもないわよ!」
「何にもないなら別に良いだろ!」
必死に止める深雪を振り切り、ガチャリとドアを開け放つ。
「誰だ!?出てきやがれ!」
「お、お邪魔しています!!」
寝室に乗り込むと同時に瑞穂は叫び、頭を下げた。
それを見た公一は、一瞬わけがわからなくなったらしく、目を見開く。
が、すぐに悲鳴の様な声を上げた。
「陽子!?」
男を連れ込んでいたとでも思っていたのだろうか。
まさか部下がいるとは思わなかったらしく、公一はピタリと固まる。
深雪と瑞穂はどうすればいいのかわからず、微妙な空気が流れた。