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「おじゃましまーす!うわっ!玄関もひろーい!」
玄関に入るなり、瑞穂は黄色い声を上げて騒いでいる。
初めて友人を招き入れる嬉しさに笑みを浮かべながら、リビングへと続くドアを開けた。
「どうぞ。今、何か飲み物を出しますね」
「あ、これお土産ね。ここのケーキ、美味しいって有名なんだ」
「ありがとうございます。寛いでいてください」
箱を受け取ると、食器棚からカップを取り出し、紅茶の準備をする。
瑞穂はベランダから外を眺めたり、テレビの大きさに感激したりと、とにかく大はしゃぎしていた。
「このソファ、すごく座り心地良いね。それに高そう」
「値段はわからないんですが、イタリア製です」
「へぇ。部屋の配色もなんかシックで良いね」
「ありがとうございます」
深雪はお茶の準備をしながら、カウンターキッチン越しに返す。
この家の中で、こんな風に賑やかな会話をするのは初めてだ。
公一が酔って帰って来た時はそれなりに騒ぐ事はあるが、基本的にはゆったりとした穏やかな雰囲気か、1人きりでつまらない雰囲気しかない。
こんな風に部屋にあるものや配置の感想を聞き、答えるなどという会話が楽しくて仕方ない。
「何か面白いものがあったら言ってくださいね。あちこち見て回っても、全然大丈夫ですから」
紅茶とケーキをテーブルに置くと、瑞穂はキョロキョロと辺りを見回しながら椅子に座る。
「広いリビングにキッチンね。何畳くらいあるの?」
「元々は4LDKだったのを、壁をぶち抜いて3LDKにしてるんで……多分、リビングダイニングは20畳くらいあると思います」
「そっかぁ。だから窓も多いのね。後の部屋は何に使ってるの?」
「あっちが寝室で13畳くらいです。右側はお風呂場で、トイレがあそこにあります。奥と廊下にある部屋は物置とか」
「本当に綺麗で羨ましいなぁ。後でお風呂場も見ていい?」
「勿論。大きな窓があって、夜は夜景が見れるんですよ」
こんな話は公一は勿論だが、たまに顔を見せる新道だってしない。
やっぱり女の子の友達は違う。
ケーキを食べながら、しみじみと感じた。
「すごく優雅な毎日を過ごしてるんだね。家は素敵だし、お金持ちだし。羨ましいなぁ」
そう言われ、深雪は複雑そうな表情を浮かべ、紅茶を飲む。
「確かに優雅かもしれませんが、有意義ではないですよ。毎日毎日、旦那が帰るのを待つだけですから。やっぱり、仕事をしていた方が楽しかったかもしれません」
勿論、結婚生活に不満はないが、何もなく、ただ過ぎていくだけの毎日が、たまに無性に虚しく感じるのだ。
そう呟くと、瑞穂は不思議そうな表情を浮かべた。
「お金持ちの奥様でも、専業主婦ってそんな感じなの?私はてっきり、毎日楽しいのかなって思っていたんだけど」
「楽しい事なんてあまりないですよ。だって話し相手は基本的に旦那だけですから。その旦那も昼間は仕事でいないですし。1日の殆どは1人きりですから」
どうにかして、この退屈から逃れようとしているが、結局いつも昨日の様な流れになってしまう。
何もない毎日は、数年前の自分からは想像ができなかった。
ふと、瑞穂はどこか伺う様に、深雪を見つめた。