4
約束の日、公一を見送った深雪は、久しぶりに気合いを入れて掃除する事にした。
瑞穂との約束は13時。
それまでに綺麗にしなければならない。
もともと普段から家事は行っているが、今日は初めて客人を出迎えるのだから。
「そうだ。お昼ご飯も作った方がいいわよね」
洗濯機を回しながら、無難なパスタソースを作る。
今までなかなか他人に料理の腕を披露する機会はなかったが、密かに自信があった。
下拵えを済ませ、もてなしの準備を整えた頃、スマホが鳴った。
瑞穂からだった。
「はい、もしもし」
『あ、深雪ちゃん?今駅に着いたんだけどどうすればいいかなぁ』
電話口から、微かに電車の音がした。
深雪はバルコニーに出ると、駅を眺めながら言う。
「そこから、茶色のマンションが見えませんか?多分、一番目立つと思います」
深雪の住むマンションは、駅から徒歩3分という、好立地にある。
さすがにこの階から駅前の人達の様子はわからなかったが、電車が通り過ぎていくのは見えた。
『えっと、目の前に高層マンションはあるけど、そこの近くなの?』
「いえ、近くと言うか、そこが家です」
そう言うと、電話口から「えぇ!?」と悲鳴の様な声が上がった。
『あの高層マンションに住んでいるの!?』
「え、えぇ。そうです。下まで迎えに行きますね」
マンションのエントランスで待ち合わせをすると、エプロンを外して部屋を出た。
「久しぶり深雪ちゃん!わあ、雰囲気変わったね?」
エントランスには前と変わらない瑞穂が立っており、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お久しぶりです。最近イメチェンして。変じゃないでしょうか?」
「ううん!全然っ。ハイライトよね?いいなぁ、すごくオシャレ!」
「ありがとうございます。あ、うちは最上階なんです。最初は少し耳が詰まるかもしれないので気をつけて下さいね」
瑞穂と合流し、エレベーターに乗り込む。
瑞穂はホールで会った時からずっと、あんぐり口を開いたままだ。
呆然とした様子で辺りを見回している。
「すごい所に住んでるのね」
ポツリと言われ、深雪はなんだか照れくさくなり、曖昧な笑みを浮かべる。
「えっと、義理の祖父がどうせ買うなら駅に近い方が良いって言って、結婚のお祝いに貰ったんです」
「へぇ。結婚祝いにマンションなんて、お金持ちなんだね。旦那さんの実家って」
「えぇ」
もしかしたら、瑞穂は公一の事を忘れているのかもしれない。
わざわざ上司の事を思い出させ、気を使わせてしまうのも申し訳ないと思い、敢えて訂正はしなかった。
「一番奥が、うちの住居なんですよ」
そう言いながらエレベーターを降りて廊下を歩いていると、瑞穂は物珍しいそうにしながら呟いた。
「それにしても静かな場所ね。やっぱり最上階は高いから、誰も買えないのかな?」
「いえ、このフロアは全部うちのなんです」
「えぇ!?」
瑞穂の驚愕の声が廊下に響き渡る。
「このフロア全部、深雪ちゃんの家なの!?」
「私のではないんですけど──そうですね。一応近藤家になります。あっちが私の部屋で、その隣が旦那の書斎で使用しているんです。あとの1つは、普段は物置兼客間として使っているんですよ」
本来であれば、一家族が暮らすべき部屋を1つ1つ指差しながら言う。
最近は麻痺しかけていたが、瑞穂の反応を見ると、やはりフロア丸ごとの購入はやり過ぎだったと思った。
このマンションを購入してくれたのは、公一の母方の祖父で、千葉県のとある地域の地主らしい。
昔から末っ子孫の公一を可愛がっており、兄弟の中で一番早くに結婚した事をとても喜び、ぽんと買い与えてくれたらしい。
税金などの関係で、名義は義祖父の桜岐のままだが。