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「退屈だわ」
ソファに横になりながら、深雪は何度目かの言葉をポツリと呟いた。
不本意な理由で仕事を辞めてから、元の専業主婦に戻ってしまった。
いつもは午前中に家事を済ませているのだが、何だか今日は妙に何もしたくない気分で、掃除も洗濯もしていない。
だが眠れるわけでもなく、こうやって横たわっていても退屈である事には変わりない。
その為、何度かは片付けようかな、と思い体を動かすが、どれも中途半端な数でなかなかやる気がおきなかった。
実は食事を取るのも面倒で、15時を過ぎた今まで何も口にしていない。
ここまで来るともう、空腹も空腹に感じられなくなってきた。
なんだか、何もかもが面倒臭い。
もともと深雪はアウトドア派だ。
だからきっと、部屋に閉じ籠る生活に飽きてしまったのだろう。
何か趣味を持てばいいのだろうが、生憎興味をそそられるものは見つけられていない。
更に間が悪い事に、公一は今日、何かの集まりがあるらしく帰りが遅い。
昨夜、何やら説明していたが、あいにくその時はテレビドラマに夢中になっていたため、あまり聞いていなかった。
辛うじて、帰りが遅くなると言っていた事は記憶に残っている。
具体的に何時頃になるのかはわからないが、あと軽く8時間位は確実に1人きりなのだ。
「本当に暇だわ」
このまま寝ていても仕方ない。
取り敢えず起き上がり、テーブルに放置していたスマートフォンを手に取る。
案の定、誰からも連絡はない。当然、着信も。
深雪には連絡を取り合うような友人がいない。
強いて言えば前の職場の同僚だった瑞穂などがいるが、仕事を辞めた深雪にくる連絡などない。
つまり自分には、公一しかいないのだ。
なんとなくそれに腹が立ち、公一にメッセージを送る事にした。
『死にそう』
それだけを入力して送り、またうつ伏せになる。
すると案外早く返信があった。
いや──メッセージではない。
電話だ。
「もしもし?」
『今のなんだよ!?』
公一の慌てた声が聞こえてきた。
なんだか可笑しくなり、笑みを漏らす。
「深い意味はないわ。暇で」
そう言うと、少し間が空き『なんだよ』と不満そうな声が返ってきた。
『いきなり死にそうなんて来たから、何があったのかと思っただろ。それに、死ぬなんて軽々しく使うなよ』
「ごめんなさい」
公一の口から、そんな言葉が出るなんて。
またちょっと可笑しく感じた。
公一は数年前まで、当たり前の様に『死ね』や『殺す』などと使っていたのだから。