紅梅の章19 白の意味は
仕事の多忙に紛れて、あっと言う間に三か月過ぎていました。お待たせして申し訳ありません。
不定期更新ではございますが、宜しければお付き合い下さい。
紅梅の章19 白の意味は
辰は、ふと何気ない風に、傍らに佇む者を見上げた。
細身の煌は、栄養不足による発育不良の所為もあって、十五歳男子の辰には、まだ、見上げる相手だ。
だが、その身長差が有ればこそ、辰にしか得られぬ事も有る。
仰ぎ見なければ気付けぬ、前髪に隠された顔。そこに満ち溢れるのは圧倒的な、覇気。
夜を支配する王の如き、凄みさえある強さ。
一度瞬けば、長い睫毛の先から零れる様に煌めくのは、女達を蕩かす艶ではなく、総てを跪かせる傲慢なまでの威風。
そして――。
「……何だ?」
無言で己を凝視する少年が、まさか自分の容貌を詩的に讃えてくれているとは夢にも思わない。美貌の片眉を上げて問えば、配下の少年は、事態を少し面白がる様に、小さく笑った。
「いえ、誰が主なんだかと思って。煌さんも人が悪ぃや」
「……露見すなよ?」
「言いませんよぅ。飯の種喰いっぱぐれちまう」
辰は一番初めに紅梅に会っているから、初めて煌にお目に掛った時には、驚いた……と言うより、幼心にも呆れたものだ。
巫山戯た体で軽く口を尖らせた辰は、矢張り余計に幼く見える。
「……これでは、何時になったら引退出来るやら」
「引退⁈ 御冗談! 俺達に餓死しろってんですかい⁈」
すかさず反応した少年の頭を、宥める様に白手套で撫でた。
紅梅の、牡丹楼の下働きの、更に手伝いの様な事をして、ようやっと食べる物を得ている街の子供達。
危険な事はさせていない心算だが、目端の利く子供は矢張り重宝する為、どうしても関りは深くなる。
裏稼業、闇稼業と言う程後ろめたくはないが、手が後ろに回らないまでも、正道からは少々外れた「お使い」を頼む事は、稀に、有る。
荒事は嘗ての政寅や、そちら方面担当の大人に任せるが、どうしても動き易い子供の方が都合が良い事があるのは、確かなのだ。
――本当の汚れ仕事は、信次達が処理をするが。
困った事に、目下の辰の目標は、その信次なのだそうだ。他の子供から紅梅が聞いた。
偶々なのだが、信次が牡丹楼に因縁を……少々悪さを、しようとしていた破落戸を、裏路地に連れ込んで殴っ……鉄拳に依る教育的指導をしている現場を、お使い中の辰が目撃して以降らしい。
聞いた紅梅が思わず「何で煌じゃないのさ!」と叫んだ、という話を、後にその別の子供から伝え聞いた辰は、「煌さんに憧れてもなぁ」と苦笑いしたと言う。
真っ当な生計を立ててほしい紅梅としては、色々と方策を誤ったかと悩むところだ。
そんな大人の想い等お構いなしの子供が、再度ふふっと笑ったものだから、目顔で問えば、辰は嬉しそうに――幸せそうに言った。
「あの紅黒の旦那、勿体ないなぁって」
「何?」
「大人でさ、可哀相だなぁって。俺、チビの子供で良かったなぁって」
矮躯であろうとも、成年男子と発育不良の子供の対格差は歴然だ。
子供で、敏捷さを買われて傍に置いてもらえて、だから良かった。
長い間満足に食事を摂れず、だから未だに平均よりも小柄で、良かった。
だって、それがあるから、こうして見上げる事が出来る。
――自分にしか見えない紅玉は、きっと世界で一番美しい。
大人には、決して見られぬもの。
「……辰ちゃーん」
「お、来たな」
向こうの小路から、如何にも遊び相手を見つけた風に呼び掛ける見知った子供に気付くと、辰も態とらしい子供らしい笑みを浮かべて手を振り返す。
「じゃ、手筈通りに動きますんで」
大人より余程頼もしい子供達が、数人、その後を追う様に散っていく。
それを見送った煌は、先程辰の頭を撫でた白い手套を見遣った。
掌を上に、在る筈の無い、載っていない、何か。
白が象徴するもの。
隠し続けているもの。
この手は常に白く在り――在るように見せねばならない。
裏の仕事をしている筈の煌は、寧ろ「白」だ。
全ての闇を抱えて担って引き受ける者は、牡丹楼の頂点に坐す。
闇とは毫末も感じさせぬ華麗、典麗さを以って、夜に君臨する。
玉座に在る者には、相応の責が有る事は、承知で。
この手套が汚れた時、外さねばならなくなった時、それは煌の存在意義が消えた時。
煌の役目が終わる時。
白と闇――黒の、表裏の逆転。
それまでに、あの子供達は、誰に対しても胸を張って一人で生きていく道を、進んでいるだろうか。
一人でも、不幸が減っているだろうか。
何れ必ず来る「その時」を、煌は思った――。
お読みいただき有り難うございます。
ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。
全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、
竜の花 鳳の翼
天に刃向かう月
も、ご覧下さると嬉しいです。




