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星を掴む花  作者: 宮湖
紅梅の章

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紅梅の章12 八津吉

不定期更新ではございますが、宜しければお付き合い下さい。

 紅梅の章12 八津吉



 さて、ここで時間が多少前後する。

 紅梅が夜課に勤しみ、愚者が無様な醜態を晒すより、数刻前――。


 昨年、火除け地確保の区画整備を受けて、三芳町から改名した美芳町は、北側に二十年前の狐火事件の被害者、両替商末富士があった事で知られる。


 材木商紀の屋と末富士、両方から上がった火の手が、黒門間近にまで迫った事を重く受け止めた市松側は、この二町の火除け地の割合を、他町より多く取った。

 無論、当時の風向きや建物の密集具合等、火勢を煽った原因は多種有ったろうが、余程市松の内の方々が肝を冷やしたと言う事だろう。

 火除け地傍の土地を買い上げ、そこに長屋を数棟建てると、桐水の宿舎としたのである。


 長屋は、表戸を開けると土間と三和土、上がり框の向こうには六畳間、押入が基本。一応、狭い縁側と猫の額程の庭が有り、土間には煮炊きの為の竈も備えられている。

 これは単身者向きで、所帯持ちにはもう一間足した造りが用意された。


 大家が桐水で、家賃は相場より少々安い。

 独り身や若い夫婦がこれ幸いと移り住んだ為、今では若手紅黒向けの寮の様相を呈している。

 子供が生まれたり、ある程度の役が付き、懐に余裕の出来た者は、流石に手狭だからと、相応の家に引っ越したが、無役な若手はその程度で十分である。


 十三で桐水に入隊した八津吉は、今年三十を迎えた。人生の半分以上を火消しとして過ごした事になる。

 尤も、最初の二年は先輩紅黒の使いっ走りで、火事場に連れていってももらえなかった。所謂「白布野郎」に甘んじた訳だ。


 現場に出ても懇切丁寧に教えてもらえる筈もなく、「見て覚えろ」が基本の有様は、物作りの職人の世界と同様だった。

 これには多少の理由が有る。緊迫した、一刻を争う火事場で、一から手取り足取り教えてやる余裕等、どれ程年季の入った先達にも無いからだ。

 しかし、全くの無知を火事場に連れて行く事程危険な事も無い。それなら遠巻きの野次馬の方がまだマシだ。

 それを補う準備期間が「白巾」と言われる二年に相当し、その期間の奉職態度で実は密かに選別されていたりする。見て覚えるのもこの間にしろ、と言われているのだ。

 にも拘わらず、学ばず動かずの間抜けは、「此奴は使えねぇ」と看做され、他所に回されたり、辞職する様に誘導されるのだ。

 八津吉がそうと知ったのは選別する側に立ってからで、当時を振り返って内心で慄いたものである。


 十五で正式な紅黒(火消し)となって、それからはただ只管に我武者羅に。何時の間にやら若手の纏め役と言われるようになってしまった。

 若手の若頭と呼ばれて、流石にそれは止めてくれと頼んだが、揶揄われているのか本気なのか、一癖も二癖も、一枚も二枚も処か、数枚上手の先達に敵う訳も無く、低いが張りのある声は、不思議と火事場の大混乱の中でも良く通り、仲間内からは「八津吉の声が聞こえる内は大丈夫」と、妙な信頼を得る程だった。


 その八津吉、以前は全く別の町内に居たが、美芳町の寮完成の際、こちらに移り住んだ。

 妻を亡くして以来独り身だった為、単身者用の棟に振り分けられると思っていたが、蓋を開けて見れば、宛がわれたのは何故か所帯持ち向きの方だった。


 男鰥夫も長い為、その内後添いを貰うと思われたのか、無役ながら若手の相談役の様な状態の為、気を利かせられたのか、はたまた単なる事務方の過誤か。

 どちらにせよ掃除の手間だと、当初は渋い顔をしていた八津吉だが、結局は素直に受け取った。


 過失なら、近所とは言え、再度転居するのは面倒だし、上役の配慮なら貰っておこうと思えた。

 恐らくは寝に帰るだけの家だろうが、仏間に使える部屋が有るのは有難かったのである。

 床の間なんぞと厄介な物も無いのも助かった。

 知己の大工に廃材で適当な台と机を作ってもらって、そこに簡素な仏壇を置けば、粗末ながらも一応の仏間の出来上がりだった。


 八津吉は信心が無い。

 紅黒は夜番が有る為、朝晩妻の位牌に手を合わせる等とは無理な話だったが、位牌から見える辺りは出来るだけ小奇麗に整えるよう、心掛けていた。

 妻が健在だったなら、散らかし振りには、きっと角を出しただろうと思われたからである。


 狭い庭もその範囲に含まれた。

 造園なんぞと大層な事は初めから頭に無かったし、草花を育てる趣味も時間も無い。八津吉にとって、草は食べられれば青菜と同じ、花と言えば真っ先に仏花が浮かぶ為体なのである。


 流石に草茫々だとやぶ蚊が大変だし、近所から苦情が来そうだ。妻もあの世で呆れるに違いない。

 しかし、庭に手を入れる余裕は無い。


 そこで八津吉はいっその事、と、初めに草を全部引っこ抜いた。

 今でも時折草毟りに精を出す八津吉の姿が目撃され、庭は、むき出しの地面と、八津吉の鋭い監視の目を掻い潜った根性の在る雑草が散見されるだけである。


 雪も融け、芽吹く春。

 顔を見せた土色の上に、青々とした緑が一面に乗るのも一瞬だろう。

 しぶとい雑草の駆除が面倒なので、その内砂利でも敷こうかと思っている八津吉だ。


 庭師から賄うと高額だから、近くの河川敷に取りに行こうか。流石に一日では無理だろうが、非番の日に何回か通えば、この狭い庭程度なら敷き詰められそうだ。


 そうだ、そうしよう、と九割方心の中で決めた時、砂利ではなく土を踏む柔らかい音に、八津吉は即座に警戒態勢を取った。


「……手前(てめぇ)






お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


竜の花 鳳の翼

天に刃向かう月


も、ご覧下さると嬉しいです。


他作品の資料整理の関係で、次回投稿はいつもより少々時間が空く予定です。気長にお待ちいただければ幸いです。









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