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星を掴む花  作者: 宮湖
紅梅の章

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紅梅の章1 妓楼の朝

他作品と並行なので、こちらは不定期更新となります。


宜しければお付き合い下さい。

 紅梅の章1 妓楼の朝



 妓楼の朝は、存外賑やかだ。

 夜通し働いた女達が体を休める静寂と安寧の時間と思われがちだが、居続けを除いて、客を見送った後、暫しの小休止を得れば、女達は次の夜の支度に余念が無い。

 無論、動き出すのは妓女だけではない。

 掃除から夜の酒肴の仕入れ、出入りの商人の相手等々、下働きは休む時間は無い。

 牡丹楼では、暫く前に始めた、近隣の料亭や割烹との提携は概ね好評で、板前達は技術の向上に意欲的だ。

 客への酒肴は無論の事、妓楼内で働く者への賄にも存分に腕を揮ってくれる為、使用人達の意気も上がる。

 それが反映されるのか、最近は楼内の雰囲気が更に華やかだと客の評価も弥増して、一層牡丹楼の繁栄が目にも鮮やかに思われるのだった。

 

 その栄華を体現する妓女達も、早朝の一時は、客を帰した後で微睡みに僅か横たわりはするけれど、軽食で腹を満たせば直ぐにでも、稽古に励むのが常だった。

 妓楼の中でも特に妓女の切磋琢磨著しいと言われる牡丹楼では、それがより顕著で、明るい内の稽古は客の相手と同等の大事な仕事。「春」だけでなく、「芸」も大事な売り物なのだ。

 琴、三味線、笛、太鼓、と楽器に始まり、歌も長唄から和歌まで、歌と付くものなら()()()()()。舞踊も剣舞まで嗜む者も居るのだから侮れぬ。その為に体術を習うすらするのだから、道を極める為の手段は選ばぬ勢いである。

 お茶に、花、書は当然、香道も禿の時から姉芸妓に付いて学び始め、上位妓女の証「局持ち」ともなれば、手慰みと謙遜して書いた画が高値で売れるのは日常茶飯事。


 何せ、現筆頭が掲げるのが「芸は売れども身は売らず」。それを貫き通して頂点に君臨し、今尚陰らぬどころか増すばかりの人気を誇るのだから、上に倣えと後輩達の稽古に熱も入ろうというものである。


 その、牡丹楼の憧憬と、他妓楼の羨望を逸しに集めて怯まぬ稀な御仁は、階下から伝わる賑やかな音に、ふと、口許を綻ばせた。


 早咲きの蝋梅は既に終わったが、続く花の甘やかな香りを押し退けるのは、濃く真新しい木の匂い。

 三味線と唄の、舞踊の稽古曲を叩くかの様な玄翁の強い音。鋸で木を挽く荒々しい音に、鉋で木肌を整える涼しげな音等々の、大工仕事の小気味良い、職人故の多重奏を更に景気付けるのは、威勢の良い大工達の掛け声である。

 今、牡丹楼では大規模な改築工事が行われているのだ。


 流石にまだ客の居る早朝は避けるが、最後の客が名残惜しみつつ引き上げるのを境に、大工や人足、左官職人達が、普段は登楼出来(あがれ)ぬ牡丹楼に続々とやって来る。

 見習いや新入りなどは、物珍し気に裏口をきょろきょろするものだから、一目でそれと判る始末だ。

 今も、普段は目通りどころか影すら見えぬ高嶺の花、高位妓女(局持ち)のしどけない姿に、ぼぅ、となり、先輩やら親方の拳骨を貰っている若者が若干名。

 上階の障子の影からその光景を軽く笑うと、部屋の主は手元の図面に目を置いた。

 途中、視界の端に閃いた黄色を追えば、鮮やかな姿を振り撒く迎春花(黄梅)が、床の間に飾られていた。


「庭の通用口もさ、出入りの業者用と、()()の者が出入りする用と、分けたいんだよねぇ。勿論、あたしの手の者が目立たないように。この見世の売りも、もっと押し出したいし」


 互いが秘めれば、親子で同じ女の客になっても分からない、と。


「悪趣味だと、嗤わば嗤え。出来ない負け犬の遠吠えなんて、意に介する価値も無い」


 虚勢で嘯くのではなく、本心からの披瀝。

 その相手は、嘆息交じりに述懐する。


「……昨夜遅かったってぇのに、元気な事だねぇ」


 これは、嫌味である。

 この部屋の主は、昨晩は客を取っていない。

 気が乗らぬと約束を反故にし、剰え、深夜に散策と洒落込んでいたのである。


 他の妓女なら、この言に震え上がるだろう相手だが、部屋の主は目もくれずに、ふん、と鼻で嗤っただけだった。


「絡繰りでも仕込んで……職人を入れ替えれば、仕掛けは露見(バレ)ないだろ。選定をあの子達に頼んで……」

「費用はどうするのさ」

「――おやおや。()()()()()()()()()()()()()が、どんな了見でお言いだい?」


 この時漸く、牡丹楼最上階に君臨する部屋の主が、絵図面から顔を上げた。


 華やかに、艶やかに、笑って、言う。


「あたしを誰だと思ってるのさ」


 全ての妓女の目標、嫉視の対象。

 生い立ちからの全てが謎の美女。


 煉獄の炎よりも苛烈に、昏く、濃く、だが、針の先の様な細い三日月の銀光を奥に密かに封じたかの如き煌めきを湛えた、大きな紅玉の瞳。

 紅要らずの朱唇を綻ばせれば、途端に艶冶な表情となるが、普段は武人の様な凛々しさを備えた(かんばせ)

 そう思わせるのは、目元に漂う、某かの強い意志だろう。


 極上の絹糸に、染料の紅を、気が遠くなる程の回数を重ねて染め上げ、深みを出したかの様な艶を見せる、美しい黒髪。

 その豊かな髪を纏わせるのは、五尺強と小柄ながら、長い手足の均整の取れた肢体である。


 今も、梅の丸紋を多く仕込んだ特別誂えの道成寺柄、濃い朱の強い着物を悠然と纏い、折れそうな細い腰には、帯用に仕立てさせた白地に銀の鱗紋を鮟鱇帯にして、客の居ない部屋着の状態でありながら、何とも華やかな拵えだ。

 しかし、立ち居振る舞いは妓女のものなのに、何故か他者が受ける印象は、優美、妖艶からは程遠い。

 どんなに嫋やかな表情でいようとも、奥に秘めるのは、凛然、凛呼とした強さ。


 にも拘らず、多くの上客を虜にし、大規模な改修費用の全額を、ぽん、と気前良く出し、更なる改築にも動じない最上階の主こそが、現筆頭妓女にして梅の二つ名を献上された、紅梅その人であった。






お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


竜の花 鳳の翼

天に刃向かう月


も、ご覧下さると嬉しいです。



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