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星を掴む花  作者: 宮湖
狐火の章
30/53

狐火の章29 赦しの無い裁き

新章に向けて、読み易いように改行等手直しの際、30 葬送の琴 と内容を分割しております。


宜しければご覧下さい。

 狐火の章29 赦しの無い裁き



「……何故だ……」


 武早は呻いた。


 違うと、そうではないと、渇望さえして駆けた夜の闇。

 心当たりが有った訳ではなく、恐らく夜光が動いている筈だと、心なしか闇が濃い辺りを――異質な闇を探しただけだった。

 そうして、何故か四角く凝った昏い闇を見付けた時、行くな、と頭の何処かで声がして。


 その声に従うべきだったのだ。


 それは、頭の何処かで解っていたからこそ、自分自身が――心が発した警告だったのに。


 最悪の形で裏切られる事を、既に自分は知っていたのに。


 相談役の左の二の腕に有る、妙な跡。

 それは生真面目な紅黒――大和ならば、別段可怪しくはない事。

 非番の時でさえ外さぬ紅巾の、日焼けの跡。

 即ち。


 紅子と対峙しているのは――大和だと。


「何故裏切ったぁぁっっ!!」


 最悪を思っても、まだ何処かで信じていたのに。唯一の可能性に、縋っていたのに。

 全てが否定された者の魂の慟哭に、真実の裏切り者は地に這い蹲りながら言った。


「げほっ……うら、裏切りじゃねぇ……が、お前には言っても解らねぇだろうな」


 幸せに育った武早には。

 無論、武早にも火事で家族を亡くした不幸があった。だが、その後を八津吉と言う良き理解者に支えられた。

 見守られた。

 存在さえ無視された俺とは違う――と。

 それに関しては紅子も同感だった。

 だが寧ろ、解らぬ方が良いのだ。


――それは、とても幸せな事なのだから。


 泣く寸前の子供の表情にも見える武早を無視して、立てぬ大和の手から紅子が匕首を蹴り上げる。

 弧を描いて跳んだそれを、見事な足技を披露した自身が受け止めた。

 ぎらり、と月光に不気味な刀身が曝される。


「ま、待て! 殺すな!」


 無感動に見上げた大和ではなく、武早が思わず止める。

 紅子は、殺しゃしないよ、と言った。


「擬き一味には、これから、相応の報いって奴を受けてもらわなければならないんだから」


 武早だって赦せなかった。だが今この時武早は、自分の怒りが凶行に対してなのか、裏切った大和に対してなのか、明言する事が出来なくなっていた。

 それとも、両方なのだろうか。

 私憤と公憤。……人が覚える感情は、どちらの方が率直で、どちらの方が激しいのだろうか。

 解るのは裁きを激情に任せてはいけないと言う事だけで、紅子の言葉も、賊に公正な裁きを受けさせる事だと理解したのだが。

 殺される事の意味を、殺された者の痛みを知る紅子の意図は、違ったのだ。


「生憎、わたしには、死後の世界の有無なんて分からない。だから、どんなに痛めつけても()()()()()()()()()()()、こいつ等への報いが相応だとは思えない。死んだ後で魂だか魂魄だかが永劫切り刻まれるってんなら、今此処で喜んで八つ裂きにでもしてやるが」


――一度しか?


 訝る武早を無視して、紅子は夜光を呼ぶ。と、不意に大和が四肢を硬直させた。虚ろな目、涎さえ垂らした大和を、紅子は冷たく嗤って見下ろした。


 宣告する。


「今のあんたの体は、何一つ、思う儘にならないよ。――そう、心の臓の鼓動さえも」

「がっ! ああっ!」


 途端に大和が苦しみ始め、紅子は、夜光、遊ぶな、と、本心とは真逆の等閑な口調で窘めた。


「どうだい、体を操られる気分ってのは。ああ、声が出せないんじゃ答えられないか」


 夜光、と四度(よたび)呼べば、何処をどう拘束が緩んだのか、息も絶え絶えな大和が悪態を吐く。


「こ、の、化け物……!」

「言ってくれるじゃないか」


 否定はしないが、と紅子は更に嗤う。


「でも、あんたは、心が人じゃないだろう?」

「あ、赤紫ちゃん、一体何を……」

「勿論、相応の報いを受けさせるのさ」


 相応の報い。


 それは。


 赦しの無い裁き。


「――夜光」


 五度目は、その場には不釣り合いな、美しい声だった。

 慈母が吾子に優しく優しく呼び掛ける様な。

 天女が奏でる弦楽の様な。

 或いは、人の手では決して作り出せぬ、蒼天の最も澄んだ部分を薄く切り取り、精緻に、慎重に、天界の名工が心血を注いで組み合わせたが如く妙なる音で歌う――()()()()()()()()


「――約束の、極上の闇だ」


――後で格別美味い闇を喰わせてやるから。


 武早は目を剥いた。

 闇とは――心の闇だったか。


「待っ――!」


 紅子から、黒い陽炎の様な物が立ち昇る。


「存分に喰らいな」


 先刻大和が銀光を見た様に、武早は、夜を切り裂く黒い雷光を、見たと思った――。





お読みいただきありがとうございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


天に刃向かう月

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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