狐火の章22 詭計
新章に向けて、読み易いように改行等手直しをしております。
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狐火の章22 詭計
「ったく、馬鹿武。何処で油売ってやがる」
ふらふらと落ち着かぬ相棒を持つと苦労する。
姿の見えぬ武早を探して、書庫と大房は勿論、清竹中を歩き回る破目になった大和は、思わずそう呟いた。別に緊急の用事はないのだが、幾ら暇だからって、遊び呆けて良い訳は無いのである。
書類も片付け掃除もして桐水はぴかぴか、長屋町を昼間から見回ると逆に邪険にされるから、大方紅子にちょっかいを出しているのだろうと思ったのに、大抵は捕獲出来る書庫に誰も居なかったのだ。
紅子は仕事で忙しく動き回るから、今日まだ顔を見ていなくても別段不思議は無いのだが。
人が出払った桐水は静かで、窓から差し込む光は紅葉を透かして仄かに赤く、外気は冷酷な悪意の様に冷たい。刹那、その外気と己が同化した錯覚に囚われ、大和は唇を歪めた。
「……あ、居……何やってんだ?」
漸く見付けた尋ね人は、何故か少し先を抜き足差し足で歩いていた。
大和は周囲を確認する。特に何か憚るものは無さそうだが。
それでも念の為、声を顰めて呼び掛ければ、気付いた武早に手振りで音を立てぬ様に招かれた。
「なーにやってんだよ」
大の男二人が、揃ってコソ泥の様に足音と声を顰める様は、かなり怪しい。
同僚達が見回りに出ていて良かったと、大和は心底思った。
「今、オヤジの所に赤紫ちゃんが来てるんだけどな。最近、赤紫ちゃん冷たくってー。内密に、極秘裏に、緊急にって急かすだけ急かして、何の話か教えてくれないんだよ」
「だから出歯亀しようとしてたのか。何だよ、最近上手くいってんじゃなかったのか」
「う。さ、三歩進んで三歩下がる感じ」
「それじゃ振り出しじゃねーか。二歩戻れよ」
報われない男である。
執務室と言う程大層なものではないが、次官の立場上、八津吉には小さな個室が与えられている。
普段八津吉が其処に居る事は殆ど無く、専ら物置状態だったが、今、漸く来客の応対と言う正しい目的で使われる事になった部屋の戸は指一本分程細く開いており、その隙間から漏れる美しい声と嗄れたそれに、二人は目配せし合うと、息を殺して戸に身を寄せた。
「……では、やはり、桐水でも遺体の確認は出来ていなかったのですね」
「無茶言うな。お嬢ちゃんもあの消し炭見たろうが。肉親だって遺体の判別出来ねぇよ」
どうやら箕松屋の件らしい。
しかし、何故今頃、と訝る二人は、次の台詞に目を剥いた。
「そうなると……これも不幸中の幸いと言えましょうか。美代が生きていたとは」
「!」
大和は咄嗟に口を手で押さえた。
全く同じ事をした武早と目を見交わす。
美代?
混乱する。
まさか……箕松屋の、あの美代か?
「……何だよ、目出度ぇ事じゃねぇのか」
「独り生き残った環境が、これ程苛酷では」
「その話、何処まで信用出来るんだ?」
「誤報のご心配ならご無用です。偽者の可能性も、仮に成り済ましても、箕松屋にはもう奪う身代がごさいませんので」
本当に美代が生きていたのか?
聞けば、美代が凶禍を免れたのは全くの偶然でしかなかった。
あの夜美代は一人、城外の縁者の家へ泊りに行っていたと言うのだ。
「事件を知り、あまりの衝撃に人事不省に陥りましたが、最近漸く意識を取り戻し、兎に角自分が生きている事を知らせようと、伝手を頼ってわたしの許へ。今は信頼出来る者に匿われておりますが、時折、夜に脱け出しては、箕松屋の跡地で泣いているそうです」
匿われている? ――何故。
「ですので、一刻も早く護衛を付けて――」
「直ぐには無理だ。夜警に人手を取られちまってる。そっちも同様だろうよ」
残念ながら、と絞り出す様な紅子の声。
出歯亀二人は更に混乱した。
医者なら兎も角、美代に護衛とは何の話だ。
「これが擬きの耳に入る事があってはなりません。美代は、擬きの唯一の汚点ですもの」
「汚点?」
「失点、失態と言い換えても宜しいのですが」
「待てよ。どういう事だ?」
八津吉の声が低くなる。
不吉な予感に、武早は胸が苦しくなった。同じ思いであろうと窺った大和は、だが何故か、異常な程――。
表情が無く。
そんな二人の間を引き裂く様に、続く紅子の声からは温かみが欠けていた。
「本家狐火から今回の擬きまでを総じるに、箕松屋の美代だけなのです」
全ての資料に目を通していた紅子。
それは無情で巧妙な、謀。
「狐火が、皆殺しし損ねた、と言う汚点は」
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全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、
天に刃向かう月
竜の花 鳳の翼
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