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星を掴む花  作者: 宮湖
狐火の章
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狐火の章19 悪意

新章に向けて、読み易いように改行等手直しをしております。


宜しければご覧下さい。

 狐火の章19 悪意



「お前、まだ紫竹ののに付き纏ってんのか」

「失礼な。最近打ち解けてくれてきたんだぞ」


 狐火擬きの登場以降、多忙を極める清竹だが、実は桐水は夜警の他は意外にも仕事が減っていた。火事を恐れた人々が擬き以外での出火に神経質になり、結果、昼夜問わず火事の件数が激減したのだ。

 まるで、その分を振り替えたかの様に激増したのが犯罪で、目の下に墨でも塗ったかの如き隈を作り、頰を痩けさせ、時折、気を抜くと廊下の壁に凭れて立った儘居眠りを始める紫竹を見ると、清竹に敵対心の無い武早は、自分の所為ではないのに申し訳無い気になる。

 捜査に関しては素人なので、溜まっていた書類仕事を片付けると、手持ち無沙汰になる事も度々なのだ。


 これは他の紅黒も同様で、最近は皆、自分の夜警区域を昼間でも見回ると、夜まで桐水の談話室に集まるのが常になっていた。

 清竹の大房で情報を得たいのは山々だが、疲労の頂点で心がささくれまくっている紫竹は、擬きと紅黒どっちが敵だか判らない状態な為、些細な事で大喧嘩が始まってしまうのだ。

 今では擬き捕縛までに、八津吉の頭髪が白くなるか無くなるかがこっそり紅黒の間で賭けられている始末。

 こんな馬鹿馬鹿しい事でもしていないと、やってられないのだ。

 打ち解けるって、と大和が呆れて続けた。


「志(ひく)っ。口説くとか、ものにする以前かよ」

「大きなお世話。これも確かな一歩なんだよ」


 実態は恋愛以前の話だが、自他共に認める女誑しの体面上、それは言えない武早である。

 この会話に、周囲の紅黒が寄って来た。


「何だ武早。あの紫竹の()、本気だったのか」

「何で皆してそんな意外そうなんだよ」

「お前が今まで遊んでた女と、何か真逆」

「そうそう。大体お前、今、牡丹楼にも日参してんじゃないのか」

「俺もそれ聞いた。てっきり百合姫か清りさんが本命だとばっかり」

「牡丹楼通う金なんて何処に……あ! 紫竹の娘はカネヅルか!? 外道!」

「鬼畜。紅子ちゃん泣くぞー。最低」


 と、てんでに好き勝手言ってくれる。


 実際は泣きも怒りもしないだろーなー、否、わたしの妹分に何をしてくれるかとなら怒るかもしれない。改めて考えると、報われなさに心が折れそうだ。


 周囲が喧しいので、それはそれ、と、言うと、以前の武早を知る皆さんは簡単に納得してくれたが、内心結構複雑になった。

 おまけに、紫竹のの何処が気に入ったんだ等と訊かれても、正直に答える訳にもいかず。


「紫竹と紅子で赤紫? 名付けんの下手」

「渾名なのに、何で本名より言い辛いんだよ」

「どうせ赤紫ならさー、臙脂とか」

「そりゃ赤過ぎ」

「古代紫? あ、京紫だ」

「やっぱり言い難いって。紫濃いし」

「樺色」

「遠くなってるぞ」


 滅茶苦茶である。


 ちょうどそこを通り掛った八津吉が、それはそれは深い溜息を吐いたのも致し方無い事だろう。

 常ならば「下らねぇ事くっちゃべってねぇで外でも走ってきやがれ!」と一喝するところだが、昼間に余計な体力を遣うと夜警に差し障る為、迀闊な事を言えぬのだ。


「お前等……。暇なら掃除でもしてやがれ」


 桐水は完全な男所帯。しかも、今は清竹での毒殺事件の煽りを喰って、桐水でも外部の人間の出入りを厳しく見張る事になった為、宿直(とのい)への差し入れを持参した家族はおろか、掃除夫にまで監視が付いてしまうのだ。

 そんな状態で清潔さと快適さが保てる訳が無い。「心が荒みそう」とは武早の言だが、陣屋内が少々乱雑になってきたのは事実だった。


「じゃあ武早、箒取って来まーす」


 じゃあ俺は雑巾、俺窓拭くわ、と皆がぞろぞろと談話室を出て行く中。

 唯一人。


「……ちっ」


 どろりとした悪意から、苛立ちが漏れた。




  ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖




「……肉親らしい肉親は居らず、育ての親らしき者とも現在は疎遠。仕事振りは極めて真面目。非番でも紅巾を外さぬ程で、雑務も進んでこなし、悪い評判は煙が立った事さえございません。酒は嗜む様ですが、博打等の金銭の問題、女とのいざこざも一切無く、同輩からの信頼も殊の外厚く、次期頭候補の一人と目されているそうでございます」


 夜警から戻り、朝出勤するまでの僅かな間。

 紅子は自室で、ある人物の調査報告を受けていた。畏まって報告するのは、百良と清りが揃って教育している四階の妓女で、何処か不機嫌な様子の紅子に、書付を読み上げる声が時折上下に激しく揺れる。

 引き続きの調査を命じて下がらせると、紅子は脇息に頰杖を付く様に凭れかかった。

 不機嫌の理由は、百良達程に育たぬ次の世代ではなく、欠点の無い調査対象者である。


「次期頭、か……」


 圧倒的統率力で荒っぽい紅黒を纏め上げる八津吉。その後釜を期待される一人の紅黒。

 紅巾に恥じぬ、瑕疵の無い評判。

 実際は白い手拭いを「紅」と呼ぶのは、炎を恐れず挑む火消しの心意気だ。

 だが。


 ぴ、と書付を弾く。


「……やっぱり気に入らないねぇ」





お読みいただきありがとうございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


天に刃向かう月

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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