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星を掴む花  作者: 宮湖
狐火の章
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狐火の章1 首都擾乱

新章に向けて、読み易いように、改行等の手直しをしております。


宜しければご覧下さい。

 狐火の章1 首都擾乱



 国土の半分が天領である耀青(ようせい)国に於いて、首都州悠寧(ゆうねい)の都蕭洛(しょうらく)には、他州とは別格の賑わいが有る。

 四方に門を構えた高い城壁に翩翻と翻るのは、一角だけ緑に染まった五菱を囲む鉄線花の意匠の州旗と、各州花を納め、五色に塗り分けられた五菱に、それを護る交差した二本の剣も見事な国旗。

 菱形の数は建国当初の五州の象徴で、間も無く建国二百年を迎え、十二州まで増えた現在も変わらぬ理念「融和・団結・高潔・剛健・安寧」を示している。


 無骨なばかりの城壁を華やかに飾る二種の旗を更に仰げば、北に空を衝く様に聳える王城が見える。

 他州はこれが州城に代わるが、蕭洛では勿論王の居城。王が執務を執る外朝と生活する内朝に加え、各庁の最高府が並ぶ官衙、近衛兵団の練兵場も備えた屯舎、州政府庁舎等も内包する城は、他の州都に匹敵する規模で、その為、王城を蕭洛城とも言った。

 蕭洛はなだらかな丘陵を利用して建設されており、それを、丘の上から巨大な城が睥睨する形である。

 都の城壁とは別に、城を囲うのは白い花崗岩と黒の玄武岩を組み合わせた石垣で、その模様から俗に市松と呼ばれる。


 やや歪な市松に、大門は左右二つ、東の白石に作られた方を白門(はくもん)、西は逆に黒石に開いているので黒門(こくもん)と言った。

 定められた訳ではないが、東に官衙、西に屯舎が在る為、官吏は文武毎にそれぞれの門から登城する。

 当然、市松の外も往来する官、兵に応じた拓き方をなし、街並みは国旗を真似て塗り分けた様に、明確な特色を持った。


 二色の門の傍に、先ず高級官僚が邸宅を構えると、周囲に中級官吏、出入りの大店が付随し、更にその外周に大店と取引する問屋街が形成された。

 華やかな雲上人達の生活圏に、へばり付く様に下級役人の家が並ぶと、彼等を相手にする商家がそれに続いた。

 これ等が、多少の差は有れど、都の左右でほぼ対称に生じたのである。

 その為、蕭洛の大路も門と同じく二つ、南北の城門ではなく左右の門前を通る。

 当初は通称だった、白門側を白大路(しろおおじ)、黒門側を黒大路(くろおおじ)との呼び名も、今では公文書に載る立派な正式名称だ。

 

 しかし、城を蘂に、どれ程色鮮やかな花弁の花が咲き誇ろうとも、これでは花を愛でる財の無い者は、南に追い遣られる。

 南の城壁、南大門から左右の大路への目抜き通りには、旅籠や商店、娼館が並び、夜通し灯りが絶える事は無いが、一本裏路地へ入れば、貧民が犇めき、与太者が幅を利かせ、公の地図には描かれぬ線を争って各町の顔役が暗躍し、公然と名乗れぬ肩書きの親分衆が、都の金の流れを手中にせんと躍起になった。

 蕭洛と言う名の名花も、これでは腐葉土ならぬ腐った土に咲く婀娜花。

 蕭洛目下一番の悩みは、貧民救済と、一向に治まる気配の無い犯罪発生率の抑制なのだ。


 さて、その難題を抱える州政府の庁舎は市松の内に在るが、白黒の門を介したのでは後手に回る機関は、都内に建物ごと点在している。

 その最たるものが清竹(せいちく)――警察機能である。


 清竹とは、陣屋(ほんぶ)を市松外に移築した際、当時の王が「竹の如き清く真っ直ぐな精神」を以て職務を遂行せよ、と、陣屋の庭の一角に竹を植えたのが名の由来で、以来、増加する犯罪数に比例して設置された番屋には、必ず竹林か、敷地に余裕が無い時は、竹矢来、もしくは竹垣が作られる様になった。

 清竹に奉職する官は、官位を焼印した竹簡を身分証とし、竹簡は、昇進や異動で肩書きが変わっても新たにせず、特殊な釉薬を掛けた上から再度印を焼き直し、退職まで使われた。

 この釉薬の色が紫の為、警吏は()(ちく)、紫竹が肌身離さぬ竹簡は紫札(しふだ)と呼ばれた。


 似た様な理由で桐水(とうすい)と呼ばれるのが火消しである。

 耐火性に優れた桐を、陣屋と下部組織の待機所である組番屋に用いたからだが、桐水は、実は、長を除いて、一般からの志願者で構成されている。

 身分証は官にのみ発行される為、火消しは、自分の所属する組番屋を示す白手拭いを二の腕に巻き、白巾(はくきん)に照り映える炎、染める色から紅巾(こうきん)、今では転じて紅黒(こうこく)と名乗った。

 紅巾も煤けて黒くなる程火事場に居る、つまり、勇敢である事を指す様になったのだ。


 因みに、何故か清竹と桐水は、伝統的に仲が悪い。互いの番屋は決して同じ通りには面さぬ様に配されたが、流石に陣屋はそうもいかぬ。

 南大門から北進する道は竹桐路(ちくとうじ)と言い、その名から知れる様に、市松の手前で終わる道の終点は、清竹と桐水の陣屋である。

 しかも、これは隣接している。どちらも鍛練に広い庭を必要とした為、犬猿の中を知らぬ御方の鶴の一声で、共用の広い練庭を挟んで睨み合う形になったのだ。

 清竹には、沙汰を待つ罪人を収監する大牢が有る為、周囲は堅牢な石垣で護られてはいるが、城を背に左が清竹、右が桐水の間の広場には、常に熱く且つ冷たい火花が迸っている事は、蕭洛っ子なら誰でも知る話である。


 しかし現在、清竹も桐水も、鍛錬の最中に相手への雑言を叫ぶ様な暇は許されていなかった。

 この十日で、三件の火付け押込みが起きていたからだ。


 手口は何れも同じ、夜陰に紛れて塀を乗り越え商家に侵入、家人奉公人を皆殺し、蔵を暴いて中を根刮ぎ奪った上、証拠隠滅を図って火を放つと言う、残虐極まりない賊である。

 三件の悪行の死者は三桁に達する見込み、手を拱いている両組織には、大店からの金銭を含む意向を受けた市松の内の御方々から、早急に片を付けよとの圧力が掛かるし、延焼を恐れる民からは、もっと純朴な不満の声が上がる。

 しかし、紫竹総出の探索にも手掛かりは摑めず、紅黒も行った夜回りも効果無し。

 広い都に対して人員不足を訴え、両長とも増員を城に願い出たが、一両日で使える人材が揃う訳も無い。

 寧ろ己の無能を誤魔化す気かと、民からは更に冷ややかな視線を向けられる始末で、今、隣の無様を罵るのは己を嘲笑するのと同じなのだった。

 それよりも、どちらが早く賊を捕らえるかと対抗心を剥き出しにしているのだ。

 こんな時位協調すれば良かろうに、とは子供でも考える筈だが、どうやら紫竹と紅黒は違うらしい、と、紫竹唯一の女性警吏紅子(こうこ)は、議論する同僚を民より冷たく一瞥した。

 役に立たぬ矜持は、犬に喰わせた方がましである。


 紅子は今年二十一。三年前、当時の清竹の長の「女性の目線を」との発案で募集された女性警吏の第一号であり、そして恐らくは最後の一人だろうと囁かれていた。

 内実を知らぬ者は、危険過酷な仕事に女の身で就きたいとは思わず、派手に喧伝されて誕生した女性警吏が、この三年、雑用に終始していたとの事実を知る者は、矢張りそんな職場を望まぬからである。


「だから! 殺して火ぃ付ける手口は、五十一年前の狐火(きつねび)と全く同じだってんだよ!」

「お前も解らねぇ野郎だな! 何十年も経った老い耄れが、危ねぇ橋渡るかって!」

「解らねぇのは手前(てめぇ)だろ! 誰が狐火本人だと言ったよ。二代目……否、三代目か、模倣犯か。兎に角、昔の事を知る奴がだな……!」


 これ以上は有益な情報は得られまい、と、紅子は静かに席を立った。

 紫竹はその機能毎に、捕り方、探索方、警邏方、牢番に分かれており、紅子は一応、探索方に籍を置く。

 平時はそれぞれの任をこなすが、今回の様な連続した凶悪事件は、牢番の他全てが協力体制を取るのだ。

 その際の大本営となる大房(おおべや)の末席に雑用係の席が在り、六日前、最前列に据えられた掲示板の前で怒鳴っているのは、一連の事件に割かれた、捕り方と探索方の二人だった。

 掲示板には、捜査資料と連絡事項の紙片が滅茶苦茶に貼り付けられ、内容は全く頭に入らない。


 探索方は、文字通りの捜査担当、対して捕り方とは、実際に捕縛に出張る部署である。

 下手人が激しく抵抗する事も多い為、紫竹は全員逮捕術を身に付けるが、捕り方は格闘を極めると言った方が近い。

 部署の性質からか、捕り方は良く言って血気盛ん、悪く言うなら、血の気の多い猪突猛進の考え無し(紅子評)で、探索方は時に隠密捜査も行う為、冷静な者が多い筈だが、どうやら捕り方に引き摺られたらしく、声も言葉も無駄に粗野で大きくなっていた。


 築百年を超える清竹の陣屋。増改築を繰り返した中は、比喩ではなく、迷路の様。

 実の無い議論を後に、角を曲がるにつれ階段を上下するにつれ、紅子の先には、古い木造家屋独特の匂いが濃度を増してゆく。

 三年の忍耐が実を結び、今では紅子が何処に居ようとも、雑用に追われているのだろうと、誰も気にも留めぬ。

 そうでなくては困る、と紅子は軽く笑った。

 その為に、同輩の頤使に甘んじてきたのだから。


 紅子は五尺と少しの背に、細い手足。小さな顔は、長く伸ばした黒髪に埋もれ、常に俯きがち、寡黙、と、相俟って、一見およそ警吏には向かぬ風情の娘である。

 そんな小娘が、何故、紫竹に志願したか、親しく付き合う者の無い清竹では、誰も知る者は居ない。

 清竹では、入署当初から「女のくせに」「女の分際で」と、紅子の能力を測ろうともせず、捜査に関わる一切をさせず、陣屋の雑用係との認識で一貫してきた。

 それを覆す気は、紅子にも端から無かった。

 現実に直面し諦めたのでも、気概が無いのでもない。

 周囲から認められ賞賛を浴びる事ではなく、それとは真逆の今の状況こそが、紅子の目的だったのだ。

 そうして得た特典の一つ、書庫の戸を、紅子は慣れた手付きで滑らせた。


 清竹陣屋の最奥にして、最古の建物の一つがこの書庫、即ち、資料室である。

 清竹成立以来の全事件の資料が収蔵されている……と言えば聞こえは良いが、どうも歴代紫竹に整理整頓の重要性を知る者は居なかった様で、紅子が来るまでは、資料から証拠から何から何まで、空き箱に放り込んでこの部屋に押し込んで終わり、との、事件が迷宮入りになっても已む無しと思われる状態だった。

 資料の膨大さと乱雑さに、誰もが敬遠する開かずの間が、書庫本来の機能を取り戻せたのは、間違いなく紅子の手柄である。

 書架を増やしてもらうどさくさに紛れて、紅子専用の閲覧用の卓と椅子を入れても、誰に咎められる筋合いは無い。

 少々暗い書架の森の中、常の人前での覇気の無い足取りから、迷いの無い律動的なそれに変えて直ぐ、紅子は目的の棚の前に辿り着いた。

 手に取ったのは、変色し始めた和綴じの書。

 表紙には、墨痕鮮やかに「狐火」とある。

 関連性は期待していない紅子だが、手口の類似点を、念の為、確認しようと思ったのだ。

 中々に達筆の記録者に依ると、事件の概要は次の様なものだった。



お読みいただきありがとうございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


天に刃向かう月

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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