第七話 レイヴ
目の前に広がる光景は終焉そのものであった。
無数に築かれる屍の山々、崩落し枯れる大地、終わりを告げる紅く染まりあがった空。自分は一体何を見ているのだろうか。肉体を感じることは出来ずただ視覚だけが機能しているようだった。と、不意に視界に人影が映った。容姿は詳しくまでは確認出来ず空を見上げる男のようだった。その男がこちらを振り向こうとした瞬間、視界に亀裂が入り世界は崩れゆく。意識が覚醒へと向かう。そんな崩れかけの世界で男がこちらの方を見ていることに気づいた。人目見ようと肉体のない体で必死に足掻く。だが世界の破壊は止まらない。そして、世界は闇の瀑布へと呑まれていく。
───紅に輝く瞳が、こちらを覗いていた。
「レイヤ?どうしたの急にぼーっとして、緊張してる?」
「……え、ああ、うん、大丈夫。」
「…………………?」
世界の崩落、その直後に視界に入ってきたのはドラシルだった。不思議そうに首を傾け、怪訝そうな表情を見せる。
大事な儀式があると連れられて部屋に入った直後、突然と覚えのない謎の光景が映し出された。一体、先程の映像はなんだったなのだろうか。周囲の環境や状況を見るに、とても凄惨な現場だということはひどく伝わってきた。この空間で起きたものだったのか、これから起きるものなのか。何も分からないレイヤにとって一層の謎を作らせる。
「さ、レイヤ。石像たちに囲まれるように真ん中に立って。これから、君と契約を結ぶ神器を召喚する」
ドラシルの指示に従い石像の中央へと並び立つ。足を止めた瞬間、足下に魔法陣が浮かび上がり極彩色の輝きを放っていた。空気がびりびりと張り詰めるのを肌で感じることができ、体内の魔力がふつふつと湧き上がるような感触も覚えた。すると、自身の目の前に立つ神剣の石像の輝石が赤く輝き始めた。烈火の如く赤い光がレイヤを包み込む。
だがその時、隣りに並ぶ神弓の石像も青く輝き始めたのである。それを機に連鎖反応のように次々と並んだ石像が輝き始める。眩い石像の光がレイヤを強く照らしている中、レイヤの視界は輝きに満たされ思わず眼を瞑る。
「…………ん」
しばらくして、元の視界にへと戻る。そこには驚きのあまり口が開いたドラシルが映り込んでいた。ドラシルは驚いた表情はそのままに紅い瞳を爛々と輝かせ直ぐ様レイヤのもとに駆け込んで来る。
「レイヤ!一体何がどうなっているんだ!?石像が全て君に反応していたぞ!?本来であればもっとも波長の合う、つまり適性のある神器が召喚される。それに、契約できる神器の数は基本的に一つだけ。稀に二つ所有している者もいるがこれは数が違いすぎる。レイヤには神器の適性が無いはずなのに。いや、待て。もしや六つの神器適性を持つがゆえに私の魔術に反応しなかった……?むむぅ?」
ドラシルは興奮を抑えきれずに、ひたすらにブツブツと独り言を漏らしながら分析を始める。だが、それよりももっと大事な異変に気付いてしまう。嫌な予感が頭をよぎり、ますます不安が募っていく。
「……ドラシル、神器の召喚はこれで終わったのか?」
「ん、ああ。召喚された神器をまだ見てなかったね。私としたことが、つい興奮してしまったよ」
レイヤの問にようやく落ち着いたドラシルは、照れ笑いしながらこちらに歩み寄ってくる。何気ない彼女の笑みが、レイヤを更に追い詰める。再度、確認するがやはりない。
「おや、どうかした?何やら様子が変だが……」
「無いんだ……」
「…………え?」
信じたくない。ありえるはずがない。誰か、間違いだったと否定してくれないか。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「どこにも見当たらないんだ、俺の神器が」
レイヤの言葉を受け、それを肯定するかのようにドラシルが目を丸くする。否定の言葉もない。その反応を見て、確信する。確信してしまった。
ここにはなにも、呼ばれてなどいなかったのだ。
「そんなはずはない!確かに石像たちは反応した、であれば召喚されないことなどありえない!」
ドラシルは声を荒らげ、懸命に神器を探ろうと魔術を行使する。だが、彼女の声には動揺が混ざっているのを感じた。レイヤだけではない。ドラシルもまた、この状況を信じがたいと拒絶しているのだ。
「……もういい。もういいんだ」
「待ってくれ!君はこれで諦めるっていうのか!?」
ここにはない。であれば、必然的に諦める選択しか残されていない。戦うと誓いを立てた。しかし、たった今戦う術を失くしたのだ。生身の人間が悪魔や堕天使と太刀打ちできるなど到底思えない。無力な自分が、あまりにも情けなくなった。
「クッ…………!!」
居てもいられず、レイヤは逃げ出すように倉庫を出た。
夕焼けの空が、教室を優しく照らし出す。照らし出された教室の片隅で、レイヤは空を見ていた。
神器の適性は無く、神器との契約も叶わない。何が戦うだ、何が助けるだ。ただ綺麗事を並べ困難に立ち向かおうとする自分に酔いしれていただけに過ぎない。
いざ困難を前にするとこれだ、尻尾を撒いて逃げてきただけである。自分の命すら守れることが出来ないというのに誰かを救うなど呆れるにも程がある。自身の非力さ、愚かさを怒り、恨み、呪い、悔い、絶望し、嘆き。どれほど自身を咎めても、この気持ちが消えることはなかった。
「───お、レイヤ。そこで何やってんだ?」
ふと背後から声がかかった。誰か教室に入ってきたのも気づかずにいたのだろうか。声の方へと体を傾ける。
「……………………レイヴ」
「おう、こんなとこで何やってたんだ?みんなお前のこと心配してたぞ、帰り際までみんな待っててくれてたんだぜ?まあ、オレも帰ろうと教室寄ったらお前がいたって寸法なんだけどよ」
レイヴは気さくに笑いかけながら今の状況を説明してくれた。あの後、教室にも帰らず独り彷徨っていた時にはクラスのみんなが自分を待ってくれていたことを聞かされますます自分のことが愚か者だと咎め続けた。
「───なんか、あったか?」
その言葉に思わずレイヴの顔を見らずにはいられなかった。何かを悟ったのような顔でこちらを見つめていた。だがしかし、レイヤは話すまいと思った。よもや自分の関係のないことに巻き込んでしまうのは嫌だったからだ。他人に関係のない私情に付き合わせるなど断じて──────、
「─────関係ない、って思ってねえか」
心の中で何かが疼いた。何か胸が苦しくなるようで、胸が熱くなるようで。
「──お前が思ってても、オレは思っちゃいねえ」
心の奥底にしまっておいたものが、胸いっぱいに広がっていきそれはやがて、瞳から溢れ落ちる。
「───────だってオレら友達だろ」
────なんだ、やっぱりいたんじゃないか。
自分の中ではどこか諦めていたところがあった。本当の友人にはなれないと。けれど、そんな思いも今は裏切られた。友人に本当や嘘なんてない、友人なら友人でいい。こんなことにも気づけないない自分が嫌になった。本当に嫌で仕方がない。けれど最高の友人に囲まれた自分も嫌いではなかった。
「─────ありがとう、レイヴ…………」
「へへっ、友達なんだから当然だろ?」