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デマイズ・オブ・ワールド  作者: 雨兎
第三章 邂逅
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第六十一話 乾坤一擲



オリュンポス十二神との邂逅を果たし、一時敵対したレイヤとクオンだったが、女神たちの助力のもと互いの目的と思惑を打ち明け、ゼウスとポセイドンを除くオリュンポスの神々との協力体制を締結した。


そして、崩れゆく異空間からの脱出と、ゼウスを操る者の正体を掴むため、レイヤたちは死闘が繰り広げられている戦場ヘと駆けているのだった。



「──!?──ぁ!?────ぃ!!!!」


「あぁ? なんて言ってんのかわかんねぇよ。舌噛んでも知らねぇぞ」


「これ、もう少し速度は、落とせないのか!? クオンが怪我人だってこと忘れてないか!? 万が一このスピードで振り落とされたら、俺もクオンも無事じゃ済まないんだが!!」



必死の形相でアレスに向かって物申しているのは、座席に跨りながら懸命にクオンを抱きかかえながらしがみつくレイヤだった。


そんなレイヤたちが搭乗しているのは、アレスの力で召喚した大型の戦車だった。

その風貌は古代の戦争時代から用いられたとされるチャリオットを彷彿とさせ、黄金に光り輝く装甲と巨大な矛先が取り付けられている。

──そして、その車体を牽引しているのは四頭の風馬だった。

以前にアマノツキで見た風馬とは比べ物にはならないほどの神聖さを帯びており、美しい白い毛並みと凛々しい顔つきはまさしく神馬と呼ぶにふさわしいほどの神々しさに満ちていた。


猛スピードで走行する戦車の乗り心地はともかく、この速度ならばヘファイストスたちのもとへと辿り着くのは容易に思えた。


と、思惑を浮かばせていたその時。風馬たちの地面を蹴り上げる蹄の音がゆっくりと遅くなると共に、戦車の走る速度も比例して緩やかになっていく。


「なにかあったのか?」


気になったレイヤはアレスに問うが、手網を離すことなく握り締めたままで、アレスからの返答はない。

しかし、同乗した神々たちの様子の変化に、ただならぬ予感が走る。



「あの野郎……なにを考えてやがる」



遥か遠くを睨みつけ、アレスが恨めしそうに呟く。アレスのその一言に、不安が過ったレイヤとクオンは互いに顔を見合わせる。


レイヤたちを乗せた戦車はゆっくりと走り続けること数分。広大な草原にひとり、人の姿があった。レイヤは見覚えのあるそれを肉眼で視認した瞬間、重たい息を呑んだ。


純白に、青い一筋のメッシュが入った頭髪。長身の体躯を包んだ青く輝く鎧が照り輝き、手には黄金の三又の矛が握らている。海原を体現したかのような瑠璃色の瞳で真っ直ぐにこちらを見つめ、ポセイドンは立っていた。



「一応聞いとくが……馬鹿なこと考えてるんじゃねえよな?」



戦車を飛び降り、正面からポセイドンの前に立つアレス。

アレスの問に対し、ポセイドンが選んだのは沈黙だった。返答は無く、無表情のまま呆然とこちらを見つめるポセイドンに、アレスは苛立ちを覚えたかのように眉間に皺を寄せる。


その様子を見たポセイドンは一瞬だけ目線を下に逸らすと、再び視界を戻す。



「……俺からもひとつ問おう。お前たちはここを通り抜け、ゼウスのもとへと向かうつもりなのか?」



ポセイドンの思いがけない問に、一同が困惑に眉を寄せる。だが、その疑問はすぐに無くなる共に、全員が同じ思考へと至る。



「……今がどういう状況か、てめぇが一番理解してんじゃねぇのかよ。どうなんだ、ああ?」


「俺は……」



この時、ポセイドンが刹那に見せた憂いの瞳。

蒼く透き通った彼の瞳が、僅かにさざ波が立っていたのを、レイヤだけは見逃せなかった。



「俺はゼウスに従うと決めた以上、それを遵守しなければならない。ゼウスの意に背くものがあれば、見過ごすわけにはいかない。ゼウスを阻むものがあれば、速やかに排除せねばなるまい……それが、たとえお前たちでもだ」



垣間見えた葛藤。だが、それは無かったかのように敵対の意を示したポセイドン。

ゼウスへの絶対的な忠誠を掲げ、立ち塞がることを拒否したポセイドンに、険悪な空気がたちこめる。


空の亀裂が刻一刻と広がりを見せ、焦りと不安が息を詰まらせる。


現状、この空間からの脱出は前途多難であった。

ゼウスと再び対峙することは想定していたものの、ポセイドンという範疇外の存在が立ち塞がったことにより、更に攻略の難易度を上げていた。

このまま立ち往生が続いてしまえばタイムオーバーとなり、もろとも塵と化してしまう。だがしかし、ここでポセイドンに時間を割いている猶予がないこともまた事実。


──アレスと同様、こちら側に引き込むことができれば限りなく頼もしいことこの上ないのだが。



「今の彼が、自分の知っている彼ではないことにいち早く気付いたのはあなただったわよね?」



ふいに口を開き、レイヤたちの前に出たのはデメテルだった。

真相を告げて近付く彼女に、ポセイドンは警戒を高める。すぐにでも突き殺せるように、臨戦態勢をとったポセイドンに対し、デメテルから戦意というものは感じられなかった。



「なにより、彼の異変を私に教えてくれたのもあなただった。私以外には知られないようにと念押ししてきたのもあなただった。それでも、まだ私には全てを教えてはいないんでしょう? 知られてはいけない何かを、あなたは既に掴んでいるんでしょう? ここまでやっておいて、私たちに黙ったまま追い返すつもりなのかしら?」



間発入れずにデメテルが問い詰める中、ポセイドンは視線を地面に外したまま俯いていた。

デメテルの言っていることが本当だったとすれば、彼の行動はどこか矛盾しており、辻褄が合わない。発言といい、挙動に少し異変を感じていたのはこれが理由だったのかもしれない。


しかし、そうだった場合。

ひとつの疑問が生じる。



────なぜデメテルだけに伝えたのかということだ。



彼女たちの関係性は定かではないが、全能ともあろうものが何者かによって操られているとなれば、それが異常事態であることに違いないはずだ。そんな大きな問題を秘密裏に抱えて共有されていることが、あまりに不自然なのである。


真相に辿り着くことなく、謎が尽きないばかりか、考えるほど深層へと落ちていく。そんな思考が迷走している時、突如として転機は訪れる。



「──そう怖い顔で睨まないでくれる? どういうわけか説明してくれないかしら」


「……御託はいいから本当のこと早く教えて。次はねぇぞこの阿婆擦れ女」



忽然と現れた鋭利な黒色の短剣を、デメテルの首元めがけて突き立てているのは──自己紹介の後独り沈黙を続けていたヘラだった。


目の前で起きたあまりにも衝撃的な出来事に、レイヤたちは一瞬反応が遅れるも、驚きに唖然とした表情を浮かべる。

ヘラの思いがけない行動に驚愕したのは間違いないのだが、驚いた理由は他にもある。


音も無く忍び寄り、誰からも視認することが出来なかった死角からのヘラの一撃を、デメテルは表情ひとつ変えずに魔力を障壁として展開させて防いでいたのだ。

それはまるで、彼女の殺意が自分自身に向けられていたことを知っていたかのように。




「ヘラ……!? お前、なにやってんだ!?」


「アレス、見て分からない? こいつを殺そうとしてるだけ」


「んなもん見たらわかんだよ!! そんなこと聞いてんじゃねぇ! 正気かてめぇ!」


「私はいつだって正気よ。ええ、正気だったの。でももう我慢ならないの。この女があの人の隣に居座り続けているのがね」




出会ってからのヘラは、臆病で会話もままならないような印象を受けていたのだが、今の彼女にはそのような一面は一切見受けられない。

鈍色の瞳には暗黒が宿り、映すもの全てを呑み込んでしまうような狂気に満ちており、しどろもどろだった口調が消えたかと思えば、心做しか口が悪くなっているような気もした。



「ああ、きっと錯乱しているのね。私のことは大丈夫だから、この子をどうにかしてくれるかしら?」


「減らず口も大概にしろよこのクソアマ。次はないって言ったよね」



異常とも言える状況にも関わらず、ヘラの心配をする余裕まで見せ、笑みを崩すことなくこちら側に声をかけたデメテルに、ヘラは更に瞳を血走らせて凶器を振るう。

だが、それもノーモーションで展開された魔力障壁によって彼女には届かず。一方的なヘラによる攻撃が行われる最中、収拾がつかない事態にレイヤはただ唖然とするだけだった。



「あわわわわわ……ど、どうしましょアテナお姉様ぁ。ヘラ様とデメテル様がぁ……」


「落ち着きなさいアフロディーテ。皆さん聞いてください、ひとつ……私に考えがあります」



しがみつくアフロディーテの頭を撫でながら、アテナは真剣な眼差しでレイヤたちに提案を申し出る。

女神が告げた、この場を打開する秘策。唯一、可能性に満ちた作戦だった。

──しかし、その内容は誰もが予想だにしないものだった。







「……はぁ。ねぇ、ヘラ。いい加減気が済んだでしょう? もうこんなことやめましょう? 時間がないのはわかっているでしょう」


「そっちこそ、いつまでもとぼけられるなんて思わないことね」



障壁越しに言葉を投げかけるデメテルに、ヘラは苛立ちが増すばかりで、更に攻撃を激しくさせる。


──その様子を、蚊帳の外から眺めているのはポセイドンだった。


デメテルから問い詰められていた時とはまた違い、この状況をまるで理解できていないとでもいうような焦りと動揺の表情を浮かべていたのだ。

凛々しい顔つきは不安に駆られ、蒼き双眸には戸惑いの暗雲がかかり、三又の矛を握った手は震えていた。


自らに架せられた使命がなんなのか。この場で自分が全うすべきことは。最善の行動を尽くすにはどうすべきか。

自問自答を繰り返し、ひたすらに考えを巡らせる。しかし、答えが見つかることはなく。焦燥が全身を刺すように広がるばかり。


見つからない答案を、闇雲に探しているような気分だった。

暗い、暗い水底に。明かりの指さない深淵に。欠け落ちて、沈んでいく。

為す術なく、ただこの身を委ねて。


落ちて、落ちて、落ちて、落ちて────





「──ポセイドン」





その時、一筋の光が照らしてくれた。





「ア、テナ……?」



朦朧とした意識が覚醒し、感覚の全てが再起する。

そして、瞳に映った女性の名を口にし、ポセイドンは無意識に神器を握りしめた。



「アテナ……本当にいいんだな?」


「私に二言はありませんよ。案じてくれるのは嬉しいことですが、心配は無用です」



──アテナを除く、レイヤたちを乗せた戦車の手網を握るアレスが背後から声をかける。

彼の言葉に思わず頬が緩んだが、すぐに気持ちを切り替えてポセイドンに眼差しを向ける。


アレスはそれ以上語ることはなく、ヘラたちの方に視線を送ると、風馬たちに合図を伝えて発進させた。



「────っ」



発進を見たポセイドンは一瞬躊躇いを見せたが、即座に敵意を戦車に向けた。

その場で跳躍し、一瞬で戦車のもとへと迫ってきたポセイドンは、三又の矛先をアレスに向けて刺突の構えをとった。

阻まれることは想定していたアレスだったが、これには予想の範疇になかったのか驚きと焦りに苦渋の表情だった。




「──させませんっ!!」




間一髪、滑り込むようにアテナがポセイドンの刺突を受け止める。



「おいっ、アテナ……!?」


「行きなさい! 早く!」



戦車を背に庇いながら、アテナが声を上げる。アレスは一瞬だけ横目を送り、すぐに戦車を加速させたままその場を抜けた。

過ぎ去った戦車を遠目に、ポセイドンは負傷ながらに奮闘した女神を見やる。



「そこを退け、アテナ。あいつらを連れ戻す」


「いいえ、私は退きませんよ。この状況を見過ごすわけにはいきませんから」


「そんな身体で、俺に叶うはずがない。俺自身も、傷だらけのお前をこれ以上痛めたくない」


「随分と低く見られたものですね。私がどういう神か、お忘れですか?」



不敵に笑みを浮かべたアテナの手元──黄金の槍を纏うようにして、淡い燐光が集まっていく。

やがて極光の槍と化した神槍を振り回し、投擲の構えをとる。


彼女の神器の名を──アイギス。

主神より与えられ、その名は彼女の鎧、盾、そして槍を指し示し、あらゆる邪悪を跳ね除け、払い去る。

なにより、邪なるものを性質とするものに対して真価を発揮する力こそが、この神器の真髄とも呼べるのだ。



「我が盾、我が鎧。悪を退き、浄化せしめる光なれば。我が槍は、悪を貫き、撃滅の光とならん!『貫穿光槍(スピア・アイギス)』!」



詠唱し、必殺の名を叫ぶと共に放たれた槍は、光の螺旋となりてポセイドンへと超速で迫る。

魔を滅ぼす一条の光は、たとえ神と言えど喰らえば致命傷は避けられないだろう。

アテナによる必殺の一撃を迎え撃つには、()()()()()()()()をぶつけるほかない。


覚悟を決めたポセイドン。全霊の魔力を槍に込め、海神による渾身の一突きが──





「────なに」





驚愕と困惑に似合わない、短く漏れだした声。


目の前で起きた信じ難い光景に、ポセイドンはただ唖然と立ち尽くす。一瞬の出来事に、錯覚を起こしているのかと戸惑い、自らの目を疑った。

仮に、見間違いではなかったのであれば。

目の前で起きた事象が確かなのであれば。



アテナの放つ光の槍が、自らを避けるようにして軌道を変えたのだ。



ポセイドンめがけて一直線へと迫っていた槍は、寸前で直角を描きながら別の標的へ向かったのである。

光の槍が向かった先。ポセイドンの背後、そこには()()()()()の姿があって。





「──さっさとタルタロスに帰りやがれクソ女神」





吐き捨てるようにヘラが呟き、魔を滅する必殺の光槍が、障壁ごと()()()()を穿いた。



閃光が瞬き、遅れて凄まじい衝撃波が生まれる。投擲された聖槍はいとも容易く魔力障壁を打ち破り、デメテルの胸部を見事に刺し貫いたのだ。



「────どういう、ことだ。なにが、どうなっている」



そして、戦慄きに震えるポセイドンは、動かなくなったまま倒れているデメテルを見つめ、独り言のように問いかける。


「……恨むのならご存分にどうぞ。これしか、思いつかなかったので」


力無く答えるのは、ヘラに体を支えられながらふらふらと歩み寄るアテナだった。

アレスとの対峙で既に消耗していたのにも関わらず、全力の神技を放ったことで、彼女の魔力は底を尽きていた。文字通り、全てを出し切った状態へと陥っているのだ。


「デメテル……いいえ。彼女も、()()だったのですよね」


「お前たちは、いつから……」


()()()から、彼の異変は既に感じていました。ですが、私だけではありません。デメテルの異変にいち早く気付いたのはヘラでしたし、私だけでは止めることは叶いませんでした」


「……わ、わ、私は、べ、別に。ただ、私は邪魔者を排除したかっただけで」


「ポセイドン。あなたが誰よりも異変に気付き、助けを求めた。しかし、その様子を偽者のデメテルに察知され、行動に制限をかけられていた……当たっていますか?」


「……流石だ、アテナ。俺はゼウスに成り代わった者の正体を掴むためにも、最初にヘラを頼ろうとしたんだ。だが、そこに現れたのが────」


「──そう、アタシってわけ」




不意に、それでいてあたかも自然に。背後、倒れていたはずのデメテルから声がかけられる。

声が聴こえた瞬間、ポセイドンは即座に警戒の構えをとると共にアテナとヘラを背に庇う。


視線の先。仰向けに倒れた体を気怠げに起こし、上体をだらりと垂らしたまま立ち上がるデメテル。見るからに異常さを醸し出した女神の姿に、ポセイドンたちは息を呑む。

だが、そこから更に彼女に異変が訪れる。


突然、デメテルの美しかった肢体が変色をはじめたのである。白く透き通った素肌は見る影もなく、濁った灰色へと染まる。やがて、肉体はかたちを保つことを放棄し、どろどろと崩れ落ちていく。


あまりにも異様な光景に、喉が詰まるような感覚に襲われるポセイドンたち。

だが、それはほんの前触れに過ぎなかった。


肉塊の泥となって崩れたデメテルの肉体。

その中から、出てきたのは──




「あーあ。アレクトーはだめそう。はぁ、せっかく今までうまくやってたのに……ほっんと、タイミング悪すぎでしょ」




本体とでもいうのだろうか、デメテルとは全く別の人物が機嫌を損ねながら現れたのである。

綺麗な桑色の長く伸びた髪に、デメテルとは対照的に健康体とは呼べない細く青白い肢体。胸元が開いたオープンショルダーの紺藍のドレス。そして、深緑の瞳に敵意と怨念を宿しこちらを睨みつけていた。



「あの者が、なぜここに……!?」


「俺にも分からない。ただ、やつが我々の敵であることは間違いない」


「……ちっ」



ある者は驚きに唇を震わせ、戦意を研ぎ澄まし、憎悪の火を滾らせる。

かのオリュンポスの柱を前にしても尚、恐慄くこともなく。彼女の中にあるのはたったひとつの復讐心のみ。彼女の存在を恐れ、深き冥府の底へと追いやった神々への復讐が、この瞬間より始まるのだ。



「それじゃあ、改めて自己紹介を。私はエリーニュス。あの日あの時、暗くて冷たい牢獄へと閉じ込められた。身に余るほどの屈辱を受けた。それでも、止まらない怒りが。尽きぬほどの嫉妬が。抑えられない殺意が。この日まで私を生かしてくれた。少し予定が変わったけど、あんたら全員殺すことには変わりはないから。早速だけど……ここで死んでいってね」



ふわりと宙に浮かび上がり、不気味に笑みをこぼしながら鏖殺を宣言するエリーニュス。その彼女の手元に黒い靄がかかり、かたちがみるみると形成されていく。大きく弧を描き、姿を現したのは禍々しい風貌の神弓だった。





「『狂気射す漆黒の矢(ゲヘナ・オルフェン』」





天空に弓を掲げ、一本の黒い矢を撃ち出したエリーニュス。天高く打ち上げられた矢は割れた空へと昇ると、何百、何千、何万と無数に枝分かれ、矢の雨となってポセイドンたちめがけて降り注ぐ。

得体の知れない数の矢が地上に迫るその様は、逃げ場はおろか、生還の余地すら与えない。復讐の女神による無慈悲の殺戮行為だった。





「ヘラ、アテナを頼む」





誰もが絶望を抱くような状況で──彼だけは、先の未来を見据えるように。黒く瞬く星を眺める彼の姿に、不安や躊躇いなどは一切なく。覚悟と希望を胸中に秘め、海神(わだつみ)としての威厳を放っていた。


神槍トライデントを回転させ、石突きを地面へと叩きつける。甲高い金属音が鳴ると共に、周囲の魔力がポセイドンへと全集中する。

すると、ポセイドンの足場から莫大規模の海水の柱が何本も出現し、周囲を海原へと変える。一方で、迫っていた無数の黒い矢は全て海流が呑み干し、泡沫となって消え去る。



「そ、そんなん、ありかよっ……!?」



あれほどの数の矢を全て無力化され、予想外の結末に驚きと怒りで唇を噛むエリーニュス。


「女神エリーニュス。俺は最早、貴様を恐れることはない。この槍で、もろとも打ち砕いてみせよう」


「……ふ、ふっざけんじゃないわよ!? こんな、こんなところで、終わってたまるかぁぁぁぁ!!!!」


エリーニュスは鬼気迫る形相で叫び、弦を引き絞る。彼女の周りにも黒の矢が装填され、ポセイドンへ全弾を放つ。

しかし、ポセイドンはそれを容易く槍の一振で蹴散らし、エリーニュスに渾身の突きをお見舞いする。

咄嗟に神弓で貫通を防いだものの、衝撃で海中へと叩きつけられたエリーニュス。すぐに浮上を試みるも、突きの余波による全身の痺れが、思うように体を動かすことを許さない。焦りに身を任せ、藻掻く度に彼女の心身は削れゆく。


胸が張り裂けるほど、今にも溺れてしまうほどに息が苦しい。藁にも縋るかのように手を伸ばしても、掴んだものは泡と消えるのみ。


終わる。また、無慈悲に終わってしまう。なにも成し得ぬまま、終わりを遂げるのか。





「──────っ!!」





否、二度も同じことを繰り返すものか。

なんのために、怨嗟を絶えず上げてきたのか。

余すことなく受けた屈辱を晴らすため、神々への復讐を果たすまでは死ぬことなどできるものか。


この手で必ず、奴らに引導を渡すのだ。





「──────ぁ」





そう、決めたのに。


残っていた最後の空気と共に、擦り切れた声が泡となって漏れ出る。


────そこに海神(しにがみ)は立っていた。









「きゅ、急に、あんな大技、つ、使わないでよ。正直、殺されると思った……」


「すぐに泡の防御壁を展開させたのだが……濡れてしまったのならすまない。そこまで配慮する余裕がなかったのでな」


「ポセイドン、無事で何よりです。エリーニュス……いえ、メガイラは──」



ポセイドンが呼び出した海水はすぐにひき、元の地上の姿へと戻る。それと同時に姿を現したのが、腹部を鮮血に染め、息を引き取った女神を抱えたポセイドンだった。



「……俺が直接、エレボスのところへ連れて行く。彼女曰く、デメテルは無事だと言っていた。これ以上、俺たちが手を下すことは必要ないだろう」


「ええ。きっとそれが、彼女たちにとっての唯一の救いになるはずです。ヘラも、それで構いませんね」


「……こ、ここでわがままを言うほど、聞き分けは悪くない、から。まあ、ほ、ほんの少し、不本意だけど」



口を尖らせたヘラは、ふと遺体へと目を見やる。

復讐に燃え、死力を尽くした女神の横顔は、どこか安堵しているように見えた。全てから解放され、安らぎを得たような、そんな表情をしていた。


濡れたエリーニュスの瞳から雫が落ちたのを見て、ヘラは一瞬祈るように目を瞑ると、いつも通り顔を塞ぎ込むようにして体育座りをしていた。


「そういえば、エリーニュスは私たちに明確な殺意はありましたけど、彼女の殺しへの動悸が黒幕の指示であるとは考えにくいのですが……ポセイドン、あなたは今回の黒幕をご存知なのですよね?」


「……俺がお前たちを足止めしたのは、エリーニュスの目を欺くためじゃない。俺自身の意思で、立ちはだかることを選んだ」


ポセイドンから語られる驚きの事実。

その重々しい口を開くことに躊躇う様子を見せるポセイドンに、ヘラとアテナも緊張と不安に表情が曇る。


「お前たちが束になって黒幕と対峙したところで、勝算は全くの皆無だ。俺たちオリュンポス十二神が揃ったとしても、勝つことはほぼ不可能に近いだろう」


「それほどの脅威を秘めた存在を、我々が認識出来なかったとは到底思えませんが……」


「ああ、そうだ。本来、()()()()()()()()()()()()。だがその在り方故に、()()()()()()()()()()()


「……う、嘘でしょ。そ、そ、それって、そんな、こと、有り得る、の?」


「かつて終焉帝さえも利用し、世界を一度滅ぼした。そして、今度はゼウスを操り二度目の破滅を企んでいる。敵の名は──」





そして、同時刻。

レイヤたちを乗せた戦車は、大きく荒れ果てた戦場へと行き着く。


大地は抉られ、赤黒い血で染まっており、数え切れないほどのクレーターが生まれていた。それに、戦闘での激しい余波の影響なのか、空の亀裂が他と比べて著しく進行していた。


その地で、立ち尽くしている一人の男の姿があった。


さら地に吹く風が白髪を撫で、鮮血を垂らした神剣を片手に、こちらの存在に気付いたかのように赤眼の眼差しを向ける。


それよりも、視界に飛び込んできたのは────







「……じい、さん…………?」







男の傍らで、どす黒い血に濡れた巨体が仰向けに倒れていた。





「一足遅かったようだな。たった今、私が殺したところだ」





ひどく冷たい、張り付いた笑みを浮かべるゼウス────を羽織る者。



名は──⬛︎⬛︎⬛︎(エデン)



遥か楽園を冠した人類の守護者にして、世界を蹂躙する者。












・ポセイドン

種族:神

契約神器:神槍トライデント

好きなもの:海、イルカ

嫌いなもの(苦手なもの):蛇


ギリシャ神話が誇るオリュンポス十二神の一柱。海を支配し、全能神であるゼウスにも匹敵するほどの実力をもつ。かなりの天然であるが、本人は至って真面目。そのためかあまり冗談が通じない。


『沈み呑む海鳴りの咆嘯』(タラサ・エナリオス)

推定補足数:1〜

海神であるポセイドンの権能を最大限に放つ技。トライデントにより海水を発生させ、津波や海流などを思うままに操る。水一滴すらない干ばつした大地さえも、海へと変えてしまう規格外の大技。


『神岳穿く煌叉海槍』(トリアイナ・オチェアノス)

神技階級:第一位

推定補足数:1〜3

ポセイドンの神技。海そのものとなった神の槍。荒ぶる海洋を体現させた、万物に大破壊をもたらす究極の一撃。

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