第五十三話 オワリノハジマリ
「────ほぉら、起きて。……ええと。あ、そうそう。レイヤくん」
聞き慣れない女性の声と共に、体を揺さぶられる感覚がある。どれくらいまでこの状態だったのだろうか、目を開くことさえままならない。今、自分が横たわっていること以外、置かれている状況さえも把握できない。
「ねえねえ、起きなよヤヨイ レイヤくん。起きなさいってばぁ」
再び自分の名前を呼ぶ女性の声が聴こえる。柔らかく、どこかあどけなさを感じる声音だった。呼びかけの声に応じるために、レイヤはひどく重たい瞼をこじ開けて、ようやく外の世界を映し出す。
まず最初に映ったのは、声の主であろう白衣を着た女性がこちらの顔を覗き込む姿だった。腰の辺りまで長く伸ばした黒色の髪、美しくも艶めかに光が宿る濃い紫色の瞳。声の印象とは裏腹に、大人びた顔つきと垂れ目が特徴の女性だった。
「やっと起きてくれた。おはよう、レイヤくん。目を覚ましてすぐに綺麗なお姉さんと十秒以上も見つめ合った感想は?」
「……う、く。なに言ってるのか、さっぱりなんですけど」
深い眠りから覚醒してから僅かにして、体に巡り走る激痛と堪え難い嗚咽感に襲われる。見れば全身におびただしい数の包帯が巻かれ、赤黒い血が滲んでいる。ベルティナに折られたあばら骨も完全に癒えてはいないらしく、体の内からずきずきと痛む。
「見た感じ……医療室の先生、で間違いないですよね」
「それ以外の何に見えるのよー」
「……………………変わった人」
「ドラシルちゃんが言ってた通りの生意気な子ね」
彼女の名はメロウ・ユニゼリファ。ヴァルファリアの医療室にて生徒たちの傷の治療を任されている教師。他にも、戦場に赴き負傷した戦士たちの治療をする医療戦士長といった側面ももつ、かなり腕の立つ人物らしいが。
「目を覚ましてくれたばっかりで悪いんだけどさぁ、レイヤくんは今から私と避難してもらうわね」
「……ほんとにさっきから、言ってることがわからない。避難?何から避難するっていうんですか」
「────この学園が悪魔に襲撃を受けてる」
メロウの言葉を耳にした瞬間、背筋が凍ると同時にある光景が頭に浮かび上がった。悲鳴をあげながら逃げ惑う人々を、容赦なく惨殺し、汚らしく嗤う悪魔たち。周囲には瓦礫と死体の山が連なり、焼け焦げた人肉の燻った香りが漂う。あの地獄が、再び起こるというのか。
「突然、悪魔たちは天障結界を破壊して、狙ったみたいにファントムへと飛来してきた。だから、逃げるの」
天障結界とは、天界全域に張り巡らされた何重にも連なる巨大な魔力障壁の名称である。大天使により天障結界は機能しており、天使以外の種族の侵入を決して許さず、外界からの干渉を防ぐための防護壁であり、外界との境界線の役割ももっている。その天障結界が、破られたというのである。
「ちょっと待ってください!ファントムに飛来したって、戦士隊のみんなは!?」
「第一戦士隊及び、第二戦士隊が悪魔と交戦中。現在、教師三名が現場へと急行中、とのことよ」
「なんで俺だけが避難しなきゃいけないんですか!?俺もみんなと戦わせてください!!」
「だめ。これは学園長の命令だもん」
「どうしてネルア学園長が、俺を……!?」
目覚めてから数分、メロウとの会話を通じて理解できたことは何ひとつなかった。事態は混乱を増すばかりで、ただただ解せぬことが増えていく。
どうして自分だけが戦わずに逃げなければならない。あの日、ネルアの前で戦場への覚悟を伝えたことを今でも鮮明に覚えている。だというのに、同じ戦士として戦場に立てないことがこんなにまで辛いだなんて、想像すらしていなかった。あれほどまでに血の滲むを努力して、返ってきた結果がこれだとは。嘆きと悔しさが、反論と共に溢れかえりそうになる。
「それでも俺は……みんなと戦います。俺はみんなと同じ戦士なんだ、このまま俺だけが逃げるだなんてできない」
「……じゃあ聞くけど、こんなに傷だらけの君に何ができるの。足手まといになるか、死ぬかの二つだと思うんだけど」
メロウのあまりにも的を射た言葉に、先程の気迫は失われ、レイヤは押し黙ってしまった。無念にも今のレイヤでは、到底悪魔と太刀打ちできる可能性など微塵もないことは己が一番理解していたからである。この会話の最中にも、身体中の傷が痛んでしょうがなかった。今にも痛いと弱音を吐きたくなる。だが、皮肉にもレイヤの戦士としての誇りがそれを許さなかった。戦士としての覚悟は十分だったとしても、戦士の器としては、レイヤは不十分であった。それを身を呈して味わったレイヤに、残された選択肢などひとつしかない。
「………………わかり、ました。ここから避難します」
「……賢くて助かる。それじゃあ、行きましょうか」
レイヤはメロウの背中におぶられ、医療室を後にする。メロウの揺れる背中で、レイヤは悔しさのあまり顔を埋め、歯ぎしりし、気づかれないようにと静かに涙を流していた。突きつけられた現実を受け止めるしかなくて、気づけばいつも涙を流している。こちらの世界にきて、泣いてばかりの自分に嫌気がさしてくる。
「……私はね、ほんとはすっごく泣き虫なの。私がまだ医療戦士長になる前、助けることが出来なかった人たちがいた時は毎晩目が真っ赤になるまで泣いてた。泣き虫で非力な自分が情けなくて、そんな弱い自分が大嫌いだった。でも、そんな時にね。励ましてくれたのが学園長だったの」
まるで、背中におぶった小さな子供を寝かしつける母親のような声音で、メロウは静かに語らう。
「誰かのために泣けることを誇りに思いなさい、その優しさをもてる貴女は強いって。その言葉に私は救われた。泣き虫の私でもいいんだって、思えるようになった。自分の弱さを受け入れることで、見えてくるものだってある。だから、いつまでも嘆いていたってなにも変わらない。今はがむしゃらに、ひたすらに前を向いて進みなさい。そうすればきっと、あなたの望む自分になれる」
「………………っ」
嗚呼、本当に。自分の心の脆さに何度、何度嘆いたことだろうか。あれほどまでに嫌悪した自分を、こんなにもあっさりと受け入れられてしまうなんて。まるで、ただひたすらに咎めの道を迷走していただけではないか。
「お姉さんは優しいから。泣いてたことはみんなに黙っててあげる」
「…………っ、泣いてなんかない、です」
「────そういうことにしといてあげるわ」
────時は遡り、一時間。戦闘演技空間ファントム、森林エリア。
「なんだ、あれは」
宙に空いた亀裂から、襲来するそれを目に、再び神剣を構えるのは、レイヤとの激戦の末、勝利した怪物──ベルティナだ。睨んだ先、飛来した方角は中心部にあった城下街エリア。距離はあるものの、そこから放たれる殺気のようなものが全身に噛み付くように感じ取ることができた。
「この邪な魔力は……」
ベルティナは深く考えることなく、全速力をもって城下街エリアの方角へと駆けた。一秒でも早く、仲間の元へと駆けつけるために。即刻に、跋扈する魑魅魍魎を討つために。だが、今の彼には知る術など微塵もなかった。既にそこが、────彼の死地になることを。
「──呆気ないものだな。こうも容易く破れてしまうとは。口ほどにもないではないか」
「これ、私が出なくてもよかったんじゃあ……」
「貴女だけ帰るだなんて妬ましいわ。私も一緒に帰らせなさい」
「せっかく来たのにぃ。人数が多いほど賑やかで、きっと素敵だと思うの。帰っちゃうだなんて悲しいわ」
天障結界を破り、天界の地へと降り立った者たちは、各々で様々な主張を述べる。だが、内に秘めたるその思想はこの場の誰もが共通している。それは口に出さずとも、滲み出た殺意がそれを物語っていた。
「────マモン、レヴィアタン、ベルフェゴール、アスモデウス。天使共にやる慈悲はない。全てだ、遍く全てを焼き払え」
遠く見据えた先にある学園の校舎を睨みつけ、男は殺意と憎悪に満ちた低い声で悪魔たちの名を呼ぶ。
「──さぁ、地獄を始めよう」
ここに、悪魔の号令が告げられた。
そして、物語は────
「────レイヤくん!!頭下げてっ!!」
突然のメロウによる大声に驚くも、レイヤは慌てて頭を引っ込める。次の瞬間、凄まじい轟音と共に爆風が二人に襲いかかる。莫大な光と熱による魔力の一撃は容易く校舎を半壊させ、既に数十名の天使が諸に直撃を喰らい即死した。かくいうレイヤたちは、咄嗟に発動させたメロウの魔力障壁により無事は保たれていた。だが、それも束の間。次なる脅威は、レイヤたちに安息など与える間もなく襲いかかる。
「レイヤくん、無事?」
「────先生っ、前!!!!」
いち早く危機を察知したレイヤが叫ぶ。崩壊した学園の廊下は瓦礫が散乱し、煙幕があがる。その中に、黒い人影が突然と現れる。
「ゔぅゥぅぅう……」
あまりにもおぞましい姿に、メロウは一歩後ずさりした。傷だらけの甲冑を身に纏い、崩れかけの鎧からは、血が通っていないかのような真っ青な肌が覗いている。胸部には昆虫の脚のようなものがうじゃうじゃと蠢いており、両手には血と錆にまみれたロングソードを握っていた。極めつけは、その恐ろしい顔だ。両目はくり抜かれたのように真っ暗な空洞で、上顎から下が無くなっているのである。その大きく曝け出された喉の奥からは、絶え間なく不気味な呻き声が漏れていた。
「…………うっわ。私史上、こんなに相手にしたくないと思った敵は初めてだわ」
「先生、戦えるんですか」
「伊達に戦士長なんかやってないわよ。危ないから下がってて」
そう言ってレイヤを地面にゆっくりと下ろす。メロウは服の土埃をはらうと、目の前の動く屍を見据える。胸元に犇めく多くの脚が、メロウを求めるように忙しなく動く。そして、引きずった足が少しずつ彼女の方へ躙り寄り、なんの前触れもなく物凄い勢いで襲いかかった。それに対しメロウは、それを待ち構える素振りさえ見せず突っ立っているだけだった。
それを見たレイヤは思わず、体が前に出る。咄嗟に神器を取り出す構えをとり、眼前に迫る危機に立ち向かおうと試みた。だがその刹那、屍の首が宙を舞った。
「……え」
地面へと落ち、転がる屍の頭を眺め終えた後、レイヤは澄まし顔でいるメロウの方を向く。彼女の姿を見るやいなや、すぐに手元の凶器へと目が移った。細みを帯びた黒い柄に、血管のように浮きでた紫の彩飾が施され、大きさはメロウの身長よりやや小ぶりな片刃の片手斧だった。
「…………」
「……どうか、したんですか?」
「………………いえ、先を急ぎましょ」
メロウは動かなくなった死体をしばらく眺めた後、再びレイヤを背負い足を進めようとしたその時、酷く耳障りなあの呻き声が、二人を呼び止めるように背後から聴こえた。
「ぁアぁああ、ジャイせ」
「アぁ、だリかヒ」
「なくィ、てぃお、ナくい」
崩落した壁の外から次々と這い出てくる屍たち、言葉にもならない呻き声を漏らし、レイヤたちをその空洞の目で睨みつける。
「最悪。こんなのにそこらじゅう包囲されてるとか考えたくないんだけど」
溜め息をつき、項垂れるメロウは背中のレイヤを地面に降ろす。再び戦闘となると考え、レイヤは物陰に隠れようとしたが、メロウはレイヤの手を握って止めた。何を、と眉を顰めたが、それよりも先に身体の方に異変が起こったことに驚いた。全身を襲っていた痛みが無くなっていくのである。それも、メロウの握られている手から力の波が流れてくるような感覚と共に、みるみると傷が癒えていく。
「急に、全身の痛みが引いて……」
「ええ、たった今治したの。全快とはいかないけど、もう一度だったら戦えるくらいにはなってるはずよ。でも、勘違いしないこと。君はこれから一人で逃げてもらう。だから治したのよ」
「じゃあ、先生は……」
「まずはこれを片付けてしまわないと。大丈夫よ、後から追いつくから」
不安がるレイヤに、優しく微笑みかけるメロウ。それを一目見たレイヤは、一人で逃げることに躊躇いの念を抱いてしまった。いくらあの動く屍を瞬殺させたとは言え、今こうしているうちにも次々と増えていく屍たちを、たった一人で相手にするのは厳しいのではと思ってしまっている。
「……先生、俺も一緒に──」
「ありがとう。でも大丈夫。生徒を守るのが、教師の役目だもの。ここは私に任せて」
メロウは指でレイヤの口元を塞ぎ、言葉を遮る。嫋やかな微笑みを見せ、メロウはレイヤを安心させるかのように言葉を投げかける。ここまで言われてしまっては、彼女を信じる他ない。メロウに信頼がないわけではない。ただ、レイヤはこの場で共に戦うことが何より────
「────あれ……?」
「レイヤくん?」
「…………え?あ、はい。なんですか先生」
「いい?君は今から学園長の部屋まで向かいなさい。君を避難させるこの作戦は、第一に君を学園長室に連れて行くことが目的だったの。私はともかく、君が学園長室へ向かえば事が進むはず。きっとあの人は、何か策を用意してるはずよ」
「……」
「必ず君に追いつくから心配しないで。さあ、行きなさい」
「……先生も、気をつけてくださいね」
メロウの言葉を信じ、レイヤは最後に憂えの言葉を残してその場を去った。
「はぁ、カッコつけてあんなこと言っちゃった」
深く溜め息をし、右手に片手斧型の神斧を取り出す。彼女が視認できる範囲内で、およそ百体以上の動く屍たちがそこには埋め尽くされていた。命無き亡者たちがなんの意思もなく彷徨うその様は、身の毛がよだつような不快感と恐怖を植え付けさせるようだった。
だが、それでもやるしかない。なにせ自分は──教師なのだから。生徒を守るという使命がある。それに、死人を出すようなことは断じてならない。どんなことがあろうとも、それだけは絶対に。────あの日誓った、自らの戒めを胸に。
「これ片付け終わったら、ドラシルちゃんとミルファちゃん誘って飲みにでも行こ」
二人の親友の顔を脳裏に浮かべながら、屍の群がるもとへと突撃した。
天界、聖天の塔。
「どうしてっ!?このままじゃ中央国のみんなや、ネルアが危ないだろ!?」
「なりません、ウリエル。天障結界が破られた今、我々が容易にこの場を留守にすることはできません」
「そんなの、他の天使たちに任せればいいじゃないか!カマエルたちでもいい、誰だっていい!代わりになるやつは他にいるだろ!?」
「────その言葉、撤回しなさい。ウリエル。我々がなぜ、大天使たるものなのか。その意味を履き違えるような発言は見逃せません」
「…………っ!もういい、このままじゃ埒が明かない。私は出るぞ、ミカエル。頼むから、邪魔だけはしないで。今の私は加減ができない」
悪魔襲撃による影響は、ここでも起こっていた。混乱の最中、激しくぶつかり合う二人の思い。大天使としての使命を全うすることに大義を抱いている者、かけがえのない人々を救うために身を焦がす者。どちらの正義も、純粋で真っ直ぐな、人々を救うためのものであることは違いない。
だがしかし、それを成すために。犠牲は必要不可欠なのである。
「……ボクはウリエルに賛成。今この間にも、苦しんでいる人たちがいる。それを見て見ぬふりはできない。それに、ネルアはボクの大切な友人。助けない道理はない」
「ガブリエル!貴女まで何を!?考え直してください!このまま我々がここを離れれば、それこそ悪魔たちの思う壺です!より多くの犠牲者を出す結果になっても構わないのですか!?」
「…………君はどうなんだ、ラファエル」
「わ、私は……」
衝突する二人の傍で静かに涙を流す少女、大天使ラファエル。ウリエルの問に、ラファエルはぽろぽろと涙を零しながら押し黙ってしまう。戦いを大いに苦手とする彼女にとって、この事態もまた苦難であることは目に見えている。それでも、止めようと必死に力を尽くすことができたのは、何より彼女たちの存在があったからだ。ミカエルたちの支えがなければ、今までやってこられなかったと断言できる。
しかし、今はそれが仲間たちで争いが起きている。その事実が、何よりラファエルにとって悲しかった。誰にも争って欲しくない。ましてや、大切な人たち同士で争うなんて見たくない。彼女が今より願うこと。それはたったひとつ。
「私は、誰かが傷つくところなんか、見たくありません。みんなが、平和で、幸せに毎日を送ってくれれば、それだけでいいんです。だからこそ、私たちが、争っている場合じゃ、ないと思うんです。それに、皆さんは、私にとって、大切な人なんです。大切な人たち同士で、争うのは、やめて、ください」
声を震わせ、涙ながらに思いを語るラファエル。それには思わず、ミカエルたち三人は顔を見合わせ、沈黙する。
「……愚かでした。大切な友人をこんなにも悲しませてしまうだなんて。私は、大天使失格ですね。本当にごめんなさい、ラファエル」
「いや、私の方こそ大天使失格だ。大天使としての自覚もなければ、大切な子を傷つけちゃうなんてさ。本当にごめんね、ラファエル」
「ミカエルちゃん、ウリエルちゃん……」
「それと、ウリエル、ガブリエル。貴女たちにも謝らねばなりません。目の前の問題を前にして、周りが見えなくなっていました。本当にごめんなさい」
「……謝るべきなのは私だよ。ミカエルは何も間違ってることなんか言ってなかった。頭に血が上って、周りが見えなくなってたのは私の方。本当にごめん」
「これからどうするか、みんなで考えよう。それからでも、遅くはないはず。ボクも、寝ないでがんばるから」
「ふふっ。ええ、そうですね」
大天使たちの思いは、今ここにひとつとなった。彼女たちの希望の光は、まだ潰えてはいない。
だがもう、────遅すぎた。
「…………は?」
学園長室の扉の向こうに広がる光景に、レイヤは理解が追いつかない。鼻をつくように臭う血の香り。窓には血潮の飛び散った痕、床は血溜まりができている。
「なん、で……」
そして、その血の池に浮かんでいたのは──
「ネルア学園長……」
凄惨な死を遂げ、鮮血に染まった死体へと成り果てていた。
「………………………………え」
死体となったネルアを唖然と眺めていた最中、突然と下半身に力が入らなくなり、倒れてしまう。身体に違和感を感じ、ふとその箇所を見て、戦慄する。
「ぎゃあああああああっっああああああぁぁああああああああああっああああああっ!?」
先程まで繋がっていたであろう下半身が、こちらに綺麗な断面図を覗かせていたのだ。自分のであると理解した途端に、耐えることの出来ない痛みに絶叫し、藻掻く。その度に、血が溢れかえるほどに止まらない。
「ああっ、う、っづ、ぁ、ああっあ、ぉえ……」
嗚咽し、餌を求める魚のように口を動かす。頭の中に霧がかかり、視界は霞み、思考が溶けていく。どばどばと血が流れ去っていき、死の淵へと近づいていく。
「──────」
目の前が真っ暗になった。全身に力も入らない。レイヤは再び、死んだ。あまりにも唐突な死に、思い返す暇さえなかった。あるとすれば、誰に殺られたか、くらいか。
「またしても、人か」
遠ざかる意識の中、微かに声が聴こえた。忌々しげな、男の声だった。
「足りぬ。まだ殺さねば。まだ奪わねば。我らの怒りは収まらぬ」
激しい怒りに満ち溢れたその声音はどこか、寂寥の風が吹いているかに感じた。だがもう、その違和感さえ感じない。深い、深い暗闇へと落ちていく。そして、何もかもが消失した後、レイヤの命は停止した。




